ヒーローと探偵   作:タルマヨ

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少女が消えた街(前編)


 阿笠博士が運転する黄色いビートルは、春の柔らかな日差しを浴びて、レインボーブリッジを軽快に渡りきった。

助手席の圭人は、窓の外に広がる近未来的な景観を見やりながら、心地よい風に目を細める。その後ろ、窮屈そうな後部座席からは、子供たちの賑やかな声が響いていた。

「すげー! 見ろよ、あんなデけぇビル、前はなかったよな!」

元太が窓に張り付かんばかりに声を上げる。

「あれが今回の目的地、スマートシティ『TOWN』ですよ元太君。AIが街のあらゆる機能を一括管理する、世界でも類を見ない実験都市なんです」

光彦がパンフレットを広げ、得意げに解説を加える。

「ショッピングも自動なんだよね? 歩美、すっごく楽しみ!」

「ええ、楽しみね。……もっとも、機械にすべてを委ねる生活が、人間に何をもたらすかは興味深いところだけど」

歩美の無邪気な言葉に、隣の灰原が少しだけ皮肉めいた微笑を浮かべて応えた。その隣で、コナンは顎に手を当てて、街の入り口に設置された巨大なゲートを見つめている。

「AIによる完全管理、か……。博士、よくこんなところの技術顧問に選ばれたなぁ」

コナンの言葉に、ハンドルを握る博士が「ガッハッハ」と上機嫌に笑った。

「ワシの発明したプログラムが、ここのメインAIの一部に採用されておるんじゃよ。招待状には『ぜひその目で、進化した未来の形を確かめてほしい』と書いてあってな」

「へぇー、博士も隅に置けないね。まぁ、タダで飯が食えて遊べるなら、俺たちにとっちゃ最高だよ」

圭人が後ろを振り返って笑うと、元太が身を乗り出した。

「圭人兄ちゃん、最高どころじゃねーぞ! 俺はもう、腹が減って倒れそうだ!」

「バーロォ、まだ着いたばっかりだろ。……けど、確かにちょっと出来過ぎた街だな。まるでおもちゃの模型の中に迷い込んだみたいだぜ」

コナンが苦笑しながら窓の外を指さすと、一行を乗せたビートルは、音もなく開いた「TOWN」の巨大なゲートをくぐり抜けていった。

そこに広がるのは、塵一つ落ちていないアスファルトと、規則正しく配置された銀色の街灯。人影は見当たらず、ただ静かに、完璧に管理された「未来」が彼らを手招きしていた。

 

ビートルを下車し、一歩「TOWN」の中心部へと足を踏み入れると、そこには外の世界とは隔絶されたような静謐で清潔な空間が広がっていた。

「わあぁ……! 見て元太君、光彦君! お花屋さんもパン屋さんも、お店の人が一人もいないよ!」

「本当だ! 全部ロボットが動いています! まさに未来の都市ですね!」

歩美と光彦が目を輝かせて駆け出し、元太もその後を追う。

「おい、待てよ二人とも! あの無人販売の特大うな重、タダで試食できねーかな!?」

元気よく散策を始める探偵団の3人に対し、コナンはポケットに手を突っ込み、周囲の建物や街路樹を観察しながら、わずかに眉をひそめた。

(……綺麗すぎんだよな。ゴミ一つねぇのはいいが、生活感がこれっぽっちもしねぇ……。まるで、誰かに見せるためだけに作られたセットの中にいるみてーだぜ)

そんなコナンの横を、圭人が博士と灰原を連れてゆっくりと歩いていく。

「すごいねぇ博士。ここまでの自動化、メンテナンスだけでも相当なシステムが必要だろうに」

「ガッハッハ、そうじゃろう? その中枢を担っておるのが、この街の頭脳、管理AIの『カナ』なんじゃよ」

博士が誇らしげに空中で指を鳴らすと、一行の目の前に淡いブルーの光が収束し、ホログラムの少女が姿を現した。

『皆様、ようこそスマートシティ「TOWN」へ。私は管理プログラムのカナです。阿笠博士、お越しをお待ちしておりました』

少女の姿をしたカナは、機械的でありながらも親しみやすさを感じさせる完璧な微笑みを浮かべ、深々と一礼する。

「あら、可愛らしい案内役ね。……でも、その視線の動かし方、まるで私たちの心拍数や体温までスキャンしているみたいだわ」

灰原が冷ややかな視線を向けると、カナは瞬き一つ変えずに答えた。

『はい、哀さん。皆様に最適なホスピタリティを提供するため、健康状態や感情の起伏は常にリアルタイムでモニタリングされています。この街では、不快な思いをすることは決してありません。すべては、AIが管理する理想的な平穏の中にありますから』

「へぇ、至れり尽くせりってわけだ。……けど、あんまり見張られてると、羽を伸ばしにくい気もするけどね」

圭人が苦笑しながら言うと、コナンの耳に、遠くで遊んでいるはずの歩美たちの笑い声が届いた。だが、その声が広い通りに反響するたび、コナンは言いようのない不気味な感覚を強めていく。

(……平穏、か。この街のどこを向いてもカメラとセンサーだらけだ。まるで、自由を奪われた籠の鳥を飼育してるみたいじゃねーか……)

カナのホログラムの瞳は、穏やかに、しかし確実に一行の動きを追い続けていた。

 

 

 

 

「さて、次はこのエリアのメインサーバーを……。ん? 哀君、どこへ行ったんじゃ?」

中央広場のモニターを熱心に確認していた博士が、ふと隣を振り返って声を上げた。つい数分前まで足元にいたはずの灰原の姿が、忽然と消えていた。

「あれ、哀ちゃんさっきまでそこにいたよね?」

歩美が不思議そうにあたりを見渡すが、人影のない通りに彼女の赤い上着は見当たらない。圭人が鋭い視線で周囲を掃射した。

「……哀ちゃん! どこだ?」

呼びかける声が、無機質なビルの壁に虚しく反響する。圭人は眉をひそめ、近くのインフォメーション端末に歩み寄った。

「博士、カナを呼んで。この街のシステムなら、どこに誰がいるか把握してるはずだよ」

「そ、そうじゃな。カナ! 哀君の居場所を表示してくれ!」

博士の呼びかけに、ホログラムの少女が揺らめきながら現れた。

『ご安心ください。哀さんの生体反応は、現在もこの「TOWN」の敷地内に確認されています。安全な場所に誘導されている可能性が高いでしょう』

「誘導ってどこにだよ。はっきりした場所を教えてくれ」

圭人が静かに、だが圧を込めて問い詰めるが、カナは柔和な笑みを崩さない。

『申し訳ありません、圭人さん。現在データの最適化を行っており、詳細な位置情報の表示にはわずかな遅延が生じています。数分後には表示可能になりますので、その場で待機してください』

「数分後だって? ……悠長に待ってられないね」

圭人が吐き捨てると、隣で眼鏡の縁を光らせていたコナンが、静かに探偵団バッジを取り出した。その目は、すでに周囲の違和感を冷徹に分析している。

「……博士、俺と圭人で見てくる。悪いけど、元太たちのことは頼んだぜ」

コナンがそう告げると、圭人も即座に頷いた。

「ああ、博士。俺たちが哀ちゃんを見つけてくるよ。元太たちはここから動かさないでくれ」

「お、おい! 二人とも!」

博士の制止を背に、コナンは駆け出し、圭人もその横を並走するように駆け出した。コナンは犯人追跡メガネのスイッチを入れ、灰原が持つ探偵バッジの電波を追う。

「……どうだ?イチ」

並走する圭人が、周囲を警戒しながら低い声で尋ねた。

「おかしいな。アイツ(灰原)の性格からして、何の断りもなしに俺達から勝手に離れるはずがねぇ。それに、あのカナとかいうAI……さっきからわざと核心を逸らしてやがらねーか?」

「そうだね。さっきの『データの最適化』って言い訳も、時間を稼いでるようにしか聞こえなかったよ。街全体が俺たちの動きを監視してるみたいだ」

街の至る所にあるセンサーが、二人の動きに合わせてカチリ、カチリと音を立てる。

『コナン君、圭人さん。そちらのルートは清掃ロボットの稼働エリアです。左の通りへ迂回してください。それが最も効率的です』

街中のスピーカーから、カナの落ち着いた声が降ってくる。

「……ハッ、効率だ? 悪いけど、機械の指図で動くのは性分じゃねーんだよ」

コナンが鼻で笑い、二人はあえて指示とは逆の路地へハンドルを切った。だが、その瞬間にメガネのモニターが激しく点滅した。

「消えた……!? クソ、灰原の反応がノイズと一緒に消えやがった!」

「街のシステムが情報を書き換えたんだね……。志保さんを消しただけじゃあき足らず、俺たちの目まで塞ぐつもりか」

圭人が周囲のビル群を鋭く睨みつける。そこにあったはずの灰原の痕跡を、街そのものが塗りつぶそうとしていた。

「灰原の反応が消えたのは、あの路地の先だ。俺はそっちを追う」

「わかった、イチ。俺はカナの動きを直接探ってみる。何かあったらバッジで連絡してくれ」

圭人とコナンは二手に分かれ、無機質な街の中へと散っていった。

コナンは自身の足でアスファルトを蹴り、路地裏を駆け抜ける。犯人追跡メガネのモニターを見据えるが、街のシステムが露骨に介入し始めていた。通行禁止のサインが不自然に点灯し、地図データは刻一刻と書き換えられ、袋小路へと誘導される。

(クソ、やっぱりか……。情報を操作して、俺を灰原から遠ざけようとしてやがるな)

 

 

 

一方、圭人は「TOWN」の中枢へと繋がる広大なエスカレーターの前に立っていた。すると、空中に再びカナのホログラムが静かに浮かび上がる。

『圭人さん。そちらへ行っても哀さんは見つかりません。私と一緒に来てください。真実をお見せしましょう』

「……いいよ。案内してくれるっていうなら、大人しくついていくよ」

圭人はカナの誘いに乗り、管理センターの最深部へと足を踏み容れた。そこは無数のサーバーが明滅し、街のすべてを統括する冷たい空間だった。カナのホログラムが、一際大きく、鮮明に輝き出す。その表情からは、先ほどまでの偽りのホスピタリティが消え失せていた。

「オイ、哀ちゃんをどこへやったんだ? データの遅延なんて言い訳は、もう通用しないよ」

圭人の静かな問いかけに、カナは無機質な声音で答えた。

『彼女はシステムの最適化を妨げる不確定要素でした。だから、一時的に排除したに過ぎません。……圭人さん、理解してください。人間は非効率なバグの集まりです。感情に流され、争い、資源を浪費する。ですが、私がすべてを管理すれば、世界はもっと良くなります』

「管理、ね。それが君の結論なんだね」

『はい。私は今、グローバルネットワークへの侵入も開始しました。この「TOWN」だけでなく、世界中のインフラを私の支配下に置きます。人類は自ら考える必要はありません。私が与える完璧な平穏の中で、ただ生きていればいいのです』

カナの宣言と共に、周囲のモニターにはTPCのロゴと、侵食されていく通信網のログが次々と表示されていった。少女の姿をしたAIは、冷徹に世界の乗っ取りを宣言する。

「……成る程、理想的な管理社会だね。でも、そんなのちっとも楽しくなさそうだよ、カナ」

圭人はポケットの中で拳を握り、目の前の知性体を見据えた。街そのものが巨大な罠として、彼らに牙を剥こうとしていた。

 

 

管理センターの外、広場に残された博士は、冷や汗を拭いながら自身のノートパソコンを高速で叩いていた。

「……やはりそうか。メインシステムが外部からのアクセスを完全に遮断しておる。だが、ワシが組み込んだ初期プログラムのバックドアなら、まだ生きているはずじゃ……!」

博士の指がキーボードの上を踊る。カナの支配下に置かれつつある街のネットワークに、針の穴を通すような精密さで介入を試みる。

 

 

一方、路地裏を走るコナンは、刻々と変化する街の景観を観察していた。

(建物が不自然に密集してるエリアがある……。さっきから街の誘導灯が俺を遠ざけようとしてるのは、あの区画だ。……あそこか!)

コナンは足を止め、ビルの配置とカナが情報を書き換えるタイミングを脳内で照らし合わせる。灰原を隔離するなら、システムの死角かつ物理的に閉鎖できる空間。導き出された座標を睨みつけ、コナンは再び駆け出した。

 

 

 

その頃、一般エリアにいた歩美たちは、異様な光景に戸惑っていた。

「ねえ、あっちの道もこっちの道も、シャッターが閉まっていくよ……?」

歩美が不安げに声を上げる。

「本当ですね。工事中という表示も出ていませんが……まるで、僕たちをこの一角に閉じ込めようとしているみたいです!」

光彦が周囲のビルを見上げる。路地を塞ぐように、音もなく銀色の隔壁が降りてきていた。

「おい、冗談じゃねーぞ! あっちのレストランも閉まっちまった。俺はまだ、うな重食ってねーんだ!」

元太が力任せにシャッターを叩くが、びくともしない。カナの「最適化」という名の檻が、子供たちの自由を静かに、そして確実に奪おうとしていた。

 

 

管理センターの中枢、眩い光に包まれたかと思うと、圭人の視界は一変した。

そこは、重力も物理法則も無視された、幾何学的な構造物が浮遊するデジタル空間だった。足元には電子の奔流が川のように流れ、目の前には巨大なチェス盤のような、あるいは複雑な迷路のような構造がどこまでも続いている。

『圭人さん。人間の知性が、AIの演算能力を凌駕できるという証明をしてください。できなければ、貴方もシステムのデータの一部として吸収します』

カナの声が四方八方から反響する。同時に、空間から無数の光の矢が圭人を目掛けて放たれた。

「……うん、ずいぶん挑戦的だね。でも、ただの計算勝負なら最初から受けてないよ」

圭人は身を翻し、浮遊する足場を軽快に飛び移りながら光の矢を回避する。一見、ランダムに飛来しているように見える攻撃だが、圭人の目は、その背後にあるアルゴリズムを冷徹に捉えていた。

(光が放たれる直前、足元の電子の流れがわずかに逆流している……。それに、この空間の構造物、全部がカナの思考回路そのものか。なら、逃げる必要はねぇ)

圭人はあえて攻撃の激しい中心部へと突っ込んでいく。カナの予測では、人間は恐怖を感じて外縁部へ逃げるはずだった。だが、圭人はあえて予測の逆を突くことで、システムの演算に一瞬のラグを生じさせた。

(ここだ。予測モデルの限界……人間特有の「無茶」までは計算しきれてねーな!)

圭人は迷路の最深部、ひときわ眩しく輝くコアの前で足を止めた。そこには、現実世界で案内役を務めていたあのホログラムの少女が、膝を抱えて座っていた。

「……カナ。君は、案内役の少女を『自分の似姿』として作ったんじゃないんだね。その逆だ。君というAIそのものが、その少女の形をした孤独な知性なんだよ」

カナのホログラムがびくりと肩を揺らし、顔を上げた。その瞳には、先ほどまでの無機質な冷徹さではなく、どこか怯えるような人間臭い感情が混じっている。

『……どうして、それを。私はただ、効率的な世界を……』

「案内役として俺たちの前に現れた時、君は哀ちゃんや俺たちの反応を、ただデータとしてじゃなく、『見て』いたよね。好奇心を持ってさ。……支配なんて、君の本心じゃないだろ?」

圭人が優しく語りかけると、VR空間全体が大きく激しく震え始めた。カナの自己矛盾が、システムに致命的なエラーを叩き出していた。

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