ヒーローと名探偵   作:タルマヨ

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潮流

 八丈島へと向かう鈴木財閥の専用車の中。窓の外には、都会の喧騒を離れた穏やかな海が広がり始めていた。

後部座席でスマートフォンを操作していたコナンは、ふと目に止まったニュース記事に指を止める。

「……インターポールの海洋施設、『パシフィック・ブイ』?」

「あ、それ、さっきテレビでもやってたよ! 世界中の防犯カメラを繋ぐすごい施設なんだって!」

歩美が身を乗り出して画面を覗き込むと、隣で元太と光彦も興味津々に画面を凝視した。

「防犯カメラかよ! じゃあ俺が内緒で食ったおやつの犯人もすぐ見つかっちまうのか?」

「元太君、それは防犯じゃなくてただの食いしん坊の証拠ですよ。でも、世界各国の警察が持つカメラをネットワークで繋ぐなんて、科学の進歩は凄まじいですね!」

「ガッハッハ。ワシらのような発明家も、うかうかしておれんのう。最新のシステムには興味が尽きんわい」

賑やかに盛り上がる探偵団と博士。ニュース映像では、八丈島近海に建設された巨大な円形施設が映し出され、施設局長の牧野洋輔と、開発者の直美・アルジェントが誇らしげにシステムの説明をしていた。

「世界中の防犯カメラを監視できる世界初の施設、か……。そんなものができたら、迷子探しも一瞬だね」

圭人が窓の外を眺めながら、穏やかなトーンで言った。すると、隣に座る蘭が思い出したように口を開く。

「実はね、お父さんも一足先に八丈島に行ってるのよ。警視庁から依頼があったみたいで、パシフィック・ブイ関係の警備協力として、探偵の視点から意見を聞きたいって招集されたんだって」

「えぇーっ! おじさまがインターポールの仕事!? 似合わないわねぇ、あのおじさまが世界規模の施設で警備協力だなんて」

園子がケラケラと笑う。圭人も「へぇ、おじさん、大役を任されたんだね。すごいじゃない」と少し意外そうに微笑んだが、コナンの表情はどこか硬かった。

(……世界中の警察データを一箇所に集約するシステム……。もしそれが、奴らの手に渡ったら……)

「……巨大な監視の目、ね。それが正しいことにだけ使われればいいけれど、使い方を一つ間違えれば最悪の兵器にもなりかねないわ」

灰原が窓の外を見つめたまま、静かに、そして鋭く呟いた。その言葉の重みに、車内の空気が一瞬だけ引き締まる。

 

 

 

八丈島に到着し、リゾートホテルの豪華なロビーへ入ると、元太たちはさっそく窓の外に見える青い海に夢中になった。

「すっげー! ホエールウォッチング、早く行こうぜ!」

「まずはチェックインですよ、元太君。はしゃぎすぎです」

「哀ちゃん、一緒に海を見に行こうよ!」

「ええ、そうね。……星野君、悪いけど博士をお願いしていいかしら?」

「うん、任せてよ。哀ちゃんもゆっくり楽しんでおいで」

圭人が柔らかく返すと、灰原は子供たちに連れられて奥へと向かった。その隙を見計らい、コナンは人目を避けてテラスへと移動する。

コナンのポケットで、スマートフォンが短く振動した。画面に表示された名前は、沖矢昴。

「……昴さん?」

『ああ、……ボウヤ、八丈島に着いたようだな』

「うん、今着いたところだよ。……何かあったの?」

『……あまり良い報せではない。先日、ドイツのユーロポール施設に侵入した男の正体が判明した。ラムの側近、ピンガだ』

コナンの背筋に冷たいものが走る。ラムの懐刀がついに動き出した。

『奴らはユーロポールのネットワークを掌握し、さらに今、パシフィック・ブイがユーロポールのネットワークと回線を繋いで本格稼働することを知らされた。目的は恐らく、世界規模の監視システムそのものだ。それから……施設を脱出しようとした捜査官、ニーナが殺害された。実行犯はジンだそうだ』

「……っ、ジンが……!」

コナンが思わず声を漏らした時、背後から静かに近づいてきた圭人がその様子をじっと伺っていた。コナンは通話を終えると、眼鏡を押し上げ、圭人に対してだけは隠し事のない鋭い視線を向けた。

「悪い、聞こえちゃったよ。……ただ事じゃないんだね、これ」

圭人がテラスの柵に手をかけ、深刻な響きを含んだ声で呟く。

「……ああ。どうやら今回の休暇は、のんびりホエールウォッチング、とはいかないみたいだぜ」

コナンはパシフィック・ブイが浮かぶ海を睨みつけた。二人の間に流れる緊張感が、八丈島の穏やかな波音を塗り替えていくようだった。

 

 

 

 

 

 翌日。八丈島の港は、雲ひとつない快晴と穏やかな潮風に包まれていた。

ホエールウォッチングのために集まった一行は、朝から賑やかな声を響かせている。

「すげー! あんなに大きな船に乗るのかよ!」

元太が桟橋に停泊する定期船を指して声を上げると、光彦が呆れたように訂正を入れる。

「元太君、あちらは観光用の定期船ですよ。僕たちが乗るのはもっと小回りの利く、クジラの近くまで行ける船です。もう、何度言えばわかるんですか」

「ねえねえ、歩美、クジラさん近くで見られるかなぁ? 潮吹くところ、絶対写真に撮りたい!」

「安心せい。ワシのこの最新カメラで、その瞬間をバッチリ収めてやるからのう!」

博士が自慢げに一眼レフカメラを掲げる横で、園子が蘭の肩を叩いて笑う。

「楽しみねぇ、蘭! 鈴木財閥が手配した特等席から見るクジラは格別なんだから!」

「うん! 哀ちゃんも、楽しみだね?」

「……ええ、そうね」

灰原は少し落ち着かない様子で海を見つめていた。その喧騒から離れた場所で、コナンの鋭い視線はある一点に固定されていた。

一般客の乗船口とは離れた、物々しい警備が敷かれた桟橋。そこに停泊している警備艇に乗り込む人影を見て、コナンは目を見開いた。

「(黒田管理官……に、白鳥警部!? なんであの二人がここに……!)」

そこには、事前に蘭から聞いていた小五郎の姿もあったが、警察庁の要職にある黒田たちが同行しているのは明らかに異常事態だ。あの警備艇の行き先は、間違いなく海洋施設「パシフィック・ブイ」。昨夜の赤井からの報せが脳裏をよぎり、コナンは「中を確かめるしかない」と決意する。

コナンは隣にいた博士の袖をぐいと引いた。

「博士、悪いけどみんなのことは頼んだぜ。蘭たちには何か理由をつけて、うまく誤魔化しておいてくれよ!」

「お、おい新一君! 」

博士の制止を振り切り、コナンは人混みを縫うように走り抜け、出航直前の警備艇の死角へと滑り込んだ。

警備艇は波を切り、八丈島の沖合に浮かぶ巨大な円筒形の施設「パシフィック・ブイ」へとひた走る。

コナンはデッキに積まれた資材の隙間に身を潜め、中の様子を伺っていた。船内からは、白鳥と小五郎の話し声が漏れ聞こえてくる。

「……しかし、驚きました。まさか管理官自ら八丈島まで出向かれるとは」

「フン、それだけインターポールもここの警備に神経を尖らせているということだ……」

黒田の重厚な声が響いた直後、足音がコナンの潜伏場所へと近づいてきた。船が大きく揺れた拍子に、資材を覆っていたシートがわずかにめくれ上がる。

「……誰だ、そこにいるのは。出てきたらどうだ」

逃げ場はない。コナンは観念して、頭をかきながらゆっくりと姿を現した。

「あ、あはは……見つかっちゃった」

「コ、コナン君!? 君、なんでここにいるんですか……!」

白鳥が目を剥いて驚き、続いて小五郎が椅子から立ち上がる勢いで絶叫した。

「な、……な、なんでいるんだボウズ! 貴様、いつの間に乗り込みやがった!」

「あ、いや……おじさんたちがかっこいい船に乗るから、つい気になっちゃって……」

「つい気になってインターポールの警備艇に密航するか、普通!」

小五郎が頭を抱えるが、黒田は隻眼の奥に宿る鋭い光でコナンをじっと見据えた。

「管理官、すぐに港へ引き返させます!」

白鳥が慌てて無線に手をかけようとするが、黒田はそれを片手で制した。

「……いや、いい。この少年の洞察力は、時に我々の助けになる。白鳥、同行を許せ。……それに、もう引き返せる距離でもないようだ」

黒田の視線の先には、海上にそびえ立つ鋼鉄の要塞が迫っていた。

「管理官がそこまで仰るなら……。おいボウズ、勝手に動き回るなよ。ここは遊び場じゃねえんだからな」

小五郎は呆れ果てたように吐き捨てたが、黒田の鶴の一声でコナンの同行が認められた。

 

 

警備艇が施設の下部ドックに滑り込む。

施設内は、想像を絶する厳重なセキュリティに守られていた。網膜認証、静脈認証、そして幾重もの電磁ゲート。コナンたちは案内されるまま、施設の中枢である「メインルーム」へと足を踏み入れた。

吹き抜けの巨大な空間。そこには世界中の監視カメラ映像がリアルタイムで集約され、壁一面を埋め尽くす巨大モニターには、異国の街並みや空港の雑踏が映し出されている。

そこで、施設責任者の牧野洋輔から、多国籍なエンジニアチームが紹介された。

「開発者の直美・アルジェントです」

日伊ハーフの直美が理知的な微笑みを浮かべる。続いて、フランス人のグレース、ドイツ人のレオンハルト、インド人のエド。

直美はメインモニターを操作し、この施設が持つ革新的な技術の説明を始めた。

「私たちが開発したのは、『老若認証』と呼ばれるシステムです。顔認証技術を応用し、年齢による骨格の変化をAIで補正することで、過去の映像と現在の人物を特定することができます」

モニターに映し出されたのは、ある少女の十数年前のデータと、現在の成人した姿が重なり、システムが「同一人物」と判定するデモ映像。

それを見た瞬間、コナンの全身を凍りつくような戦慄が駆け抜けた。

(……待てよ。このシステムが本格運用されれば、世界中の防犯カメラから『シェリー』や『工藤新一』を見つけ出すことなんて、簡単になっちまう……!)

灰原の正体が暴かれる――その最悪の懸念が頭をよぎり、拳を強く握りしめる。

周囲の大人たちがシステムの精度に驚嘆の声を上げる中、見学の合間にグレースが和やかな様子で全員に声をかけた。

「皆さん、何か飲みたいものはありますか? 喉が渇いたでしょう?」

「俺はコーヒー。ミルクと砂糖をたっぷり頼むぜ」

小五郎たちがそれぞれの注文を口にする中、コナンは「ボクもコーヒー」と答える。グレースはコナンの右手の指先をじっと見つめ、不敵に微笑んだ。

「OK。コーヒー1つね」

その視線と、何気ない一言に、コナンは言葉にできない小さな違和感を覚えた。

 

数分後、施設の見学は終了し、コナンは再び警備艇に乗って島へと戻った。しかし内心では、老若認証という技術に対する猛烈な警戒と、正体不明の違和感が静かに残り続けていた。この時点ではまだ、それらが組織と結びつく確かな証拠はない。

島に戻るデッキで、再び昴から連絡が入る。

「……ボウヤ。ドイツの事件、ピンガの関与は間違いないようだ」

「うん……でもそれどころじゃないんだ。あの施設には『老若認証』なんてとんでもないシステムがある。もし組織がそれを知ったら……」

『ああ。だからこそ奴らは、そのシステムと開発者の直美を狙っている。パシフィック・ブイがユーロポールのネットワークと繋がった今、奴らにとってここは最大の餌場だ。気をつけろ』

赤井の言葉で、バラバラだった点と点が繋がり始める。パシフィック・ブイは、もはやただの最先端施設ではなく、組織が総力を挙げて狙う標的となっている可能性が、一気に現実味を帯びていった。

 

 

 

その頃、ホテル。

圭人は、テラスで蘭や灰原、子供たちと一緒に夕日を眺めていた。

「コナン君ったら、乗る船を間違えちゃうなんて…もうすぐ日が暮れちゃうよ」

心配そうに海を見つめる蘭に、圭人は柔らかい表情を崩さずに答える。

「うん、そうだね。でもあいつのことだから、どこかで珍しいものでも見つけて夢中になってるんじゃないかな。大丈夫だよ」

圭人はそう言って蘭を安心させつつも、隣で静かに海風に吹かれる灰原の様子を伺っていた。水平線の先に浮かぶパシフィック・ブイを、圭人は静かに見据えていた。

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