ヒーローと名探偵   作:タルマヨ

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正体

 パシフィック・ブイの屋外デッキ。荒れ狂う海風が叩きつけ、飛沫が二人の頬を濡らす。コナンは周囲の目を盗み、スマホを耳に押し当てていた。隣に立つ圭人は、その表情から一刻を争う事態であることを察し、鋭い眼差しで周囲を警戒している。

スマホの向こう側から、安室透の低く、それでいて有無を言わせぬ確信に満ちた声が響く。

『……聞こえるか、コナン君。急ぎの件だ。ジンがヘリでそちらへ向かっている。連中を潜水艦に迎え入れるため、近いうちに必ずハッチを開け、水面近くまで浮上するはずだ。ポイントはすでに絞り込んである。……チャンスはそこしかないぞ。浮上している時間は極めて短い。一瞬の隙を突くんだ』

「ジンの合流……。わかった、ありがとう安室さん。こっちも準備を急ぐよ」

通信が切れた後、コナンはスマホをしまい、圭人を見上げた。圭人は拳を血が滲むほど握りしめ、荒波の向こうを見据えていた。その瞳には、昨夜アマレットに完敗した際の屈辱ではなく、仲間を救い出そうとする静かな怒りが宿っている。

「……ジンか。またあいつが来るんだな。……志保さんをあんな奴らに渡したままになんて、絶対にさせねぇ」

圭人の絞り出すような言葉に、コナンは短く、だが力強く頷いた。

「ああ。……潜水艦が浮上するポイントへ移動する。圭人、行くぞ」

「うん」

二人は施設内の予備ブースへと走り込み、コナンは探偵バッジのダイヤルを極限まで回した。潜航中には届かなかった微かな電波が、潜水艦の浮上に合わせてノイズの壁を切り裂き始める。

「灰原! 灰原、聞こえるか!?」

「哀ちゃん! 応答してくれ、哀ちゃん!!」

重い鉄の壁を越え、その呼びかけにバッジが激しく震えた。

『……江戸川、君……? 星野、君……?』

「無事か!? 今、どこにいる!」

『……潜水艦の中よ直美さんも一緒……。でも、長くは話せないわ。すぐに、また潜航……して……』

「灰原! 灰原!!」

通信は再び砂嵐の中に消えた。だが、確かに彼女の声を聞いた。生きているという証明が、圭人の胸の奥で燻っていた火を一気に爆発させた。

施設内に戻った二人が目にしたのは、さらなる謀略の影だった。コナンはメインルームの隅にあるモニターを指差し、声を潜めて圭人に告げる。

「……圭人、見ろ。このエリアの映像、よく見ると数十秒おきに一分前の映像を繋ぎ合わせてループさせてる。誰かが意図的に改ざんして、現在の動きを完全に消してやがるんだ」

「……ってことは、犯人は今もこの施設内でカメラを自由に操れるってことか。内部に、あいつらの共犯者がいる……」

圭人が眉をひそめたその時、エンジニアのレオンハルトが自分の端末を叩きながら声を荒らげた。

「……おかしい! バックドアのログが書き換えられている。誰かがシステムに侵入した形跡があるぞ!」

「なんですって!?」

グレースが驚き、隣にいたエドも顔を強張らせる。

「……そんなはずはない。僕たちの管理下で、こんなことが……」

レオンハルトは何かを確信したように、青ざめた顔で席を立った。

「……いや、これは身内の仕業だ。心当たりがある、確認してくる!」

 

彼が部屋を飛び出した数分後、メインモニターに衝撃的な映像が強制割り込みで流れ出した。

『私はあいつらに加担した。……もう、逃げられない』

カメラの前で、震える手で自白の手紙を置くレオンハルト。彼は小さな小瓶を取り出し、一気に煽ると、喉を掻きむしりながらカメラの視界から崩れ落ちた。

「レオンハルトさん!!」

牧野局長の絶叫が響き、捜査のために待機していた面々が現場へ急行した。

「……警部殿、これは一体どういうことですか!」

小五郎が叫ぶ中、目暮警部が険しい表情で現場を統制する。

「毛利君、落ち着きたまえ。高木君、佐藤君、周囲を封鎖しろ! 白鳥君は鑑識の到着を急がせてくれ!」

「了解です!」

その喧騒の最中、黒田兵衛が遺体を鋭い眼差しで見つめ、低く呟いた。

「……自白の映像に遺書、か。あまりに出来過ぎているな。……コナン君、君はどう思う?」

黒田に問われ、コナンは目暮たちの捜査を邪魔しないよう、影から遺体の状況を観察していた。

(……? この匂い……)

コナンは小さく鼻を動かし、その違和感を脳に刻み込む。

(服毒自殺なら、青酸系特有のアーモンド臭がするはずだ。だが、今のこいつの口元から漂っているのは……シンナーのような、有機溶剤の匂い……。つまり、これは毒じゃない。無理やり何かを吸わされたか、あるいは眠らされた後に毒を流し込まれたか……。あまりに出来過ぎた自殺の映像……。犯人はまだこの施設の中に……「ピンガ」として潜んでいる!)

 

 

捜査が続く中、圭人はコナンの指示を待ちつつ、島内へと戻る連絡船のデッキで、再び「彼女」を見つけた。港の雑踏の中、周囲から完全に断絶されたような、冷たい静謐を纏う女。アマレットだ。

「……っ!!」

その背中を視界に入れた瞬間、圭人の胸の奥で、彼の「光」がかつてないほど激しく波打った。それは単なる強敵への恐怖や怒りではない。彼の魂の根源、ティガの力が、彼女の存在そのものに警鐘を鳴らしていた。

昨夜、壁に叩きつけられた時のあの感触。

格闘家や兵士であれば、どれほど感情を殺していても、そこには生命としての熱や、意志の揺らぎが伴うはずだ。しかし、彼女と拳を交えた際、圭人の感覚が捉えたのは、底の知れない深淵に触れるような、無機質な虚無だった。

(……何なんだ、あいつ。あいつらにしては、何かが決定的に違う……)

圭人は物陰に隠れ、アマレットを注視し続けた。彼女の歩き方、呼吸の周期、そして何より、生命として発するオーラ。

人間がどんなに冷酷であっても、そこには「揺らぎ」がある。だがアマレットからは、精巧に作られた人形が冷たい命令に従って動いているような、恐ろしいほどの無機質さしか感じられない。

(人間のはずなのに、俺の中の力が『生命じゃない』って叫んでる。奴らは一体、何を連れてきたんだ? 人間を超えた何かが、あそこにいるのか……?)

確信は持てない。しかし、前回よりも強く反応した圭人の感覚は、彼女を「ただの殺し屋」として扱うことを完全に拒絶していた。

「……これはただの誘拐事件じゃない。あいつがいる限り、俺たちの常識は通用しないかもしれないね。……でも、だったら俺がやるしかないんだ。光としてね」

圭人はアマレットの動きを密かに、かつ慎重にマークし始めた。その瞳には、灰原を救い出そうとする熱い決意と、理解しがたい「未知の影」への深い疑念が静かに混ざり合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レオンハルトの遺体が安置された一室。重苦しい沈黙の中、黒田管理官、目暮警部、白鳥警部、そして佐藤・高木両刑事が鋭い視線で周囲をうかがっている。

「レオンハルトの自殺……本人の自白映像がある以上、これ以上の捜査は……」

小五郎が沈痛な面持ちで口を開きかけたその時、背後から放たれた麻酔針がその首筋に命中した。小五郎はカクンと膝をつき、壁を背に器用に座り込む。コナンは小五郎の背後に回り込み、変声機のスイッチを入れた。

〈……目暮警部、早合点は禁物です。この事件は、まだ終わっていませんよ……〉

「も、毛利君! 何か分かったのかね!?」

目暮が驚き、エンジニアのグレース、エドも息を呑む。

「……何よ、彼が自殺じゃないって言うの?」

グレースが女性らしい高い声で眉をひそめ、エドも困惑したように続けた。

「……しかし、映像にははっきりと彼自身が映っていた。システムを改ざんできるのも彼だけだ」

〈いいえ。映像は老若認証の技術を悪用したディープフェイクです。……そして、レオンハルトさんを殺害し、あんな映像を仕立て上げた真犯人は……グレースさん。あなただ〉

「な、何言ってるのよ! 私がそんなことするわけないじゃない!」

グレースが激昂するが、小五郎(コナン)は冷静に言葉を重ねる。

〈証拠は、レオンハルトさんが最期に残した仕草ですよ。映像の中で彼はコーヒーを飲んだ後、唇を指先で拭った……。だが、彼は口紅などしていない。あの仕草は、普段女装して口紅を塗っている『犯人』自身の癖が、変装中に思わず出てしまったものだ〉

「ふん、そんなのただの言いがかりよ!」

〈……さらに、昨夜。施設に侵入した不審者を蘭が撃退した際、その首に強烈な蹴りを一撃食らわせている。……あなたのスカーフの下には、その時の鮮やかなアザが残っているはずだ〉

「……っ!!」

グレースの顔から余裕が消える。

「高木君、彼女のスカーフの下を見せてもらいなさい!」

目暮の鋭い指示に、高木刑事が一歩踏み出す。

「スカーフで隠している首元、見せてもらえますか?」

高木が問うが、グレースは「嫌よ! 触らないで……!」と女口調で拒絶。その隙を逃さず、佐藤刑事が背後からスカーフを強引に引き剥がした。

そこには、蘭の蹴りによって刻まれた生々しい打撲痕が、隠しようもなく露わになっていた。

「……チッ。バレちまったか」

突然、女装の麗人から野太い男の声が響く。グレースは自らカツラを脱ぎ捨て、変装を剥ぎ取った。そこには、組織の潜入工作員、ピンガが冷笑を浮かべて立っていた。

「……何者だ、貴様は!」

黒田が鋭く問うが、ピンガは即座に懐から煙幕弾を叩きつけ、システムをハッキングして室内の照明を落とした。

「停電だ!」「逃がすな!」

暗闇の中、ピンガはメンテナンス用の裏ルートへ脱走。コナンはスケボーを手に、その背中を追った。

 

 

 

施設深部の連絡通路。追い詰めたコナンの前で、ピンガはゆっくりと振り返る。

「お前か……流石だな。いつからグレースが怪しいと睨んでた?」

コナンは眼鏡の縁を光らせ、冷静に言い放つ。

「コーヒーを頼んだときだよ。コーヒーの数を表した俺の指を見て、オメーは『コーヒー1つ』と言った。殆どのフランス人は『2』を示す際、親指と人差し指を立てるんだ。その事をフランス人のグレースが知らないわけ無いからね。オメーはそれが分からなかった。その時思ったんだ。この人は何かの理由で嘘をついてる得体の知れない人だってね」

「…流石だな……。フン、工藤新一」

その名を聞いた瞬間、コナンの全身に戦慄が走った。

「……!? 何ッ?」

ピンガは嘲笑いながらスマホの画面を見せる。そこには老若認証システムの結果が表示され、「江戸川コナン」と「工藤新一」の顔認証が一致した決定的なデータが映し出されていた。

「俺もお前が気になって調べたよ。まさか、小さくなって生きていたとはなぁ」

「(やべぇな……どうする?……)」

コナンは歯を食いしばり、最悪のシナリオを想定しながらも、あえて挑発を返した。

「……通常、殺人を犯しちまった人間は平常心ではいられない。だから普通と違う行動をとってしまう。……アンタは逆だ。慣れすぎてんだよ、人の死に。……ジンにそっくりだよ…って言いたい所だけど、奴ならこんなヘマはやらねぇ。ジンもどきのチンピラって所かな」

「!!……ムカつく野郎の名前を出すんじゃねぇ!!」

ピンガの額に青筋が浮かぶ。

「あのクソ野郎より下のもどきだと!? お前を連れて行って、身体が縮んだカラクリをラムの前で吐かせてやる。最高の手土産だぜ……!」

激昂したピンガがコナンの胸ぐらを掴み、壁に投げ飛ばす。さらに、地面に伏したコナンの脇腹を何度も力任せに踏みつけた。

「がはっ……くそ……っ!」

「そこまでよ!」

佐藤刑事と高木刑事が、通路へ踏み込んできた。

「コナン君!」

「チッ、邪魔が入ったか……!」

ピンガは舌打ちし、通路の奥へと逃走。そのまま海中へ脱出するための潜水スクーターへと飛び乗った。

「コナン君、大丈夫!? すぐに医務室に……」

駆け寄る佐藤の腕の中で、コナンは激痛を堪えながら、無理に作った子供の笑顔を見せた。

「大丈夫だよ、佐藤刑事……。それより、この前は潜水艦のことで大きな声を出しちゃって……ごめんなさい」

佐藤は一瞬目を見開き、優しく微笑んだ。

「いいのよ。……私も、あなたの言うことを信じてあげられなくてごめんね」

 

その頃、ピンガは漆黒の海の中、組織の潜水艦を目指して突き進んでいた。

(待ってろよジン……。このガキの正体を突きつけて、お前の無能さを証明してやる……!)

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