ヒーローと名探偵   作:タルマヨ

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因縁

 八丈島の断崖絶壁に、怒号のような波濤が打ち付ける。その飛沫は、アマレットが放つ異様な冷気によって空中で瞬時に凍りつき、無数の鋭利な氷の礫となって吹き荒れていた。圭人はその極寒の嵐を正面から受け止め、懐からスパークレンスを取り出した。

「……お前の思い通りにはさせねぇ。ここで、全部終わらせる」

静かな、しかし確固たる決意。圭人は叫ぶことなく、ただ精神を研ぎ澄ませてスパークレンスを掲げた。

眩い光が弾け、闇に包まれた海岸を一瞬にして白銀の世界へと塗り替える。光の渦が収束した中心に、赤、紫、銀の三色を纏う戦士――ティガが降り立った。

「……やっぱり……! お前がティガ。三千万年の時を経てなお、私の前に立ちはだかるというのか……。憎きティガ……ッ!!」

氷鳳体のアマレットが、憎悪を込めて絶叫した。彼女の背中から広がる巨大な翼がはためくたびに、周囲の気温が物理法則を無視して急降下していく。地面の砂は凍りついて爆ぜ、海水は岸に届く前に氷の板へと変わる。

《……お前がどんな理屈を並べようと、ここで食い止める。この前みたいにはいかねぇぞ……!》

ティガは低い姿勢から砂を蹴り、弾丸のような速さで突っ込んだ。右拳をアマレットの胸部へ叩き込もうとするが、彼女は翼を盾にする。激突した瞬間、金属が擦れるような鋭い音が響き、ティガの手首から先が瞬時に氷に覆われた。

「無駄よ! 私の身体に触れることは、死に至る零度に触れることと同義だと知りなさい!」

アマレットが翼を薙ぎ払う。凄まじい衝撃波と氷の礫がティガを襲い、その重厚な身体を数百メートル後方の岩壁まで吹き飛ばした。岩が粉々に砕け、ティガは土煙の中に沈む。

《くっ……。なんて硬度だ。それに、この冷気……動くたびに熱を奪われる》

ティガは立ち上がり、構え直す。アマレットは間髪入れず、指先から極低温の光線を連射した。ティガは側転で回避し、岩の陰に身を隠すが、光線が触れた岩は瞬時に脆くなり、粉々に砕け散る。

《……逃げてばかりじゃ拉致があかない》

岩の破片を掴み、牽制として投げつけながら、ティガは再びインファイトを仕掛けた。掌底でアマレットの防御を崩そうとするが、彼女の周囲に展開された氷の結界が、ティガの筋力を物理的に「凍結」させて減退させる。打ち込む拳が重く、鈍くなる。

「どうしたの? 動きが止まってきたわよ。そのまま彫像にでもなるつもり?」

アマレットの蹴りがティガの腹部にめり込む。凄まじい衝撃と共に、ティガの腹部から霜が広がり、防護の皮膚がひび割れる。そのまま海へと蹴り飛ばされ、浅瀬の水柱が上がった。

《あ……がっ……。くそ、マルチタイプじゃこの冷気の障壁を突破できない……。もっと、速く動くしかないのか……!》

冷気で感覚が麻痺し始めた右腕を必死に動かし、ティガは額のクリスタルに手をかざした。

全身の赤みが一気に引き、鋭利な紫のラインが浮き上がる。スカイタイプへの変容。その瞬間、ティガを縛り付けていた冷気の重圧が、物理的な速度によって振り切られた。

ティガは水面を滑るように加速し、垂直に近い角度で断崖を駆け上がった。

「あら、少しは抗う気になったのかしら」

アマレットが翼から数千本の氷の針を放つ。スカイタイプのティガは、それらすべてを紙一重の機動で回避し、残像を残しながらアマレットの周囲を旋回した。

《ハァッ!!》

無言のまま、音速を超えた飛び蹴りを叩き込む。アマレットの首筋に直撃し、初めて彼女の巨大な身体が大きく傾いだ。畳みかけるように、空中からの連続打撃。一打ごとに衝撃波が円を描き、周囲の雪煙を吹き飛ばす。スカイタイプの超能力を拳に込め、氷の外骨格を内側から震わせる打撃を重ねていく。

だが、アマレットは狂気的な笑みを崩さない。

「速いわね……。でも、それだけ。私の『核』に届くには、あまりに軽い!!」

アマレットが翼を大きく打ち振るうと、周囲の空気が急激に膨張し、次の瞬間に真空状態へと反転した。大気の流れを生命線とするスカイタイプにとって、それは致命的な罠だった。

《……っ、カハッ……!?》

機動力を奪われ、虚空に固定されたティガ。アマレットはその隙を見逃さず、両腕を巨大な氷の鋏へと変形させ、ティガの胴体を真横から挟み込んだ。

「潰れなさい!!」

ミシミシと嫌な音が鳴り、ティガの身体から光の粒子が火花のように散る。防御の薄いスカイタイプには耐えがたい圧力がかかり、絶叫すら上げられない苦悶がティガを襲う。

ピッ……ピッ……ピッ……。

胸のカラータイマーが不吉な赤を灯し、点滅を始めた。

アマレットはティガをそのまま断崖の底へと叩きつけた。重力と衝撃によって、ティガの身体は砂浜に深く埋まり、もはや指一本動かすことさえ困難な状況に追い込まれる。

「終わりよ。あなたの光は、ここで完全に凍結する」

アマレットが最後の一撃として、絶対零度のエネルギーを込めた氷の長槍を生成する。それを天高く掲げ、ティガの喉元を貫こうとした、その刹那だった。

ピッ、ピッ、ピッ――。

カラータイマーの点滅が、限界を超えた速度へと加速する。

それと呼応するように、圭人の意識の深淵で、重く閉ざされていた「黒い結晶」の記憶が溢れ出した。

 

――超古代。

 

精神エネルギーを増幅させる「黒い結晶」を管理し、守護していた自分。

だが、結晶は負の感情を吸い、闇の意識体「ゾルブ」を産み落とした。

守るべき文明を自らが生み出した災厄が喰らい尽くし、最後にはそのすべてを地底へ封印するために、文明ごとすべてを無に帰したあの絶望。

圭人の脳裏を、漆黒の炎が焼き尽くす。

(……俺の、記憶……? 違う……これは、俺の中に眠っている……『結晶』の意志だ……)

「死になさい!!」

アマレットの氷槍がティガの胸に触れようとした、その瞬間。

ドォォォォォォォォォォォン……!!

ティガの身体から、光を一切含まない「黒い衝撃波」が放たれた。

アマレットの氷槍が、触れた端から黒い霧となって消滅し、彼女自身もその余波で数百メートル後方まで吹き飛ばされる。

「な、何!? この禍々しいプレッシャーは……!?」

砂煙の中から、ゆっくりと立ち上がる影があった。

もはや、そこに赤や紫の色彩はない。

全身が鉛のような深みのある黒に染まり、銀色のラインは鈍い鉄色へと変質している。

ティガダークへの変容。

圭人の理性は、この瞬間、完全に闇の力へと明け渡されていた。地底に眠る「黒い結晶」が、現代のティガに呼応し、負の感情を極限まで増幅させた結果であった。

《……アマレット。……お前が望んだのは、これか?》

その声は、深淵の底から響くような、冷徹なエコーを伴っていた。

「……あ……あの方……。ああ、その姿……! 待っていました、我が王よ!」

アマレットが狂喜に震えて跪こうとする。かつて「黒い結晶」を統べ、自分たちゾルブに無限の負のエネルギーを与えてくれた、あの暗黒の主。

だが、ティガダークはその動きを許さなかった。

《……跪く必要はない。お前はここで、消えるんだからな》

次の瞬間、ティガダークの姿が消えた。

視認すら不可能な速度。

アマレットが気づいた時には、ティガダークの右拳が彼女の腹部を貫通していた。

「あ……がはっ……!? なぜ……私はあなたの……」

《うるさい。お前の冷気は、もう飽きた》

ティガダークは貫いた腕を引き抜くことなく、そのまま至近距離から闇の衝撃波を体内に叩き込んだ。アマレットの強固な氷の外骨格が、内側から爆ぜるように粉砕されていく。

「……ひっ、あああぁぁぁ!!」

ティガダークは逃げ惑うアマレットの翼を掴み、力任せに引き千切った。青い液体が海を染め、アマレットの絶叫が夜の静寂を切り裂く。かつて苦戦したマルチタイプやスカイタイプの面影はどこにもない。そこにあるのは、敵を蹂躙することのみを目的とした、純粋な破壊の化身だった。

《……終わりだ。お前の闇など、俺の足元にも及ばない》

ティガダークは静かに両腕を広げた。

その瞬間、周囲の空間が、物理的に「ねじれる」ような異音を立てる。月光も、海面の煌めきも、すべてがティガダークの身体へと吸い込まれ、半径数百メートルは完全な虚無の闇に包まれた。

彼は胸の前で交差させた両腕に、吸い込んだすべてのエネルギーを、そして黒い結晶がもたらす極大の負の意志を凝縮していく。

そして、交差させた腕を一気に解き放った。

《……消え失せろ》

技名を叫ぶ代わりに放たれたのは、漆黒の奔流。

それはアマレットを真正面から飲み込み、彼女の存在を構成するすべての原子、ゾルブとしての意識、そして彼女が食らってきた生命の記憶までもを、根こそぎ破壊し、無へと還元していった。

「ああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」

叫び声は数秒で消え去り、そこには何も残らなかった。ただ、生命を吸い尽くされた成れの果てである「一握りの銀色の砂」が、海風に吹かれて虚しく消えていくだけだった。

ピッ……ピッ……ピッ……!!

カラータイマーが、今にも消え入りそうな高速で点滅している。

だが、ティガダークの瞳に宿る黒い光は、勝利した後も消えることはなかった。むしろ「黒い結晶」による精神の増幅は加速し、守護の本能は「すべてのノイズを排除する」という極端な破壊衝動へと変質していた。

《……ふー……、ふー……。……静かだ。……全部、俺が消してやる》

低い、獣のような唸り声を上げると、ティガダークはそのまま海へと身体を投げ出した。

高速で点滅するカラータイマーを揺らしながら、正気を失った漆黒の戦士は深海へと潜っていく。

パシフィック・ブイの海域、沈みゆく鋼鉄の残骸が漂う戦場へ。最悪の「闇」が、音もなく近づこうとしていた。

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