Fire Ocean 大気圏焼却戦域   作:ウソカラマコト

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 戦闘が、唐突なほど静かに終わった。

 

 雪原には、首から先を喪い、情報の通わぬ巨大な屍を晒した怪獣と、全身の装甲を剥がされ、鉄屑同然の姿で折り重なるように膝をついたスヴァーログが、幽霊のように佇んでいた。

 

 赤熱した砲身から立ち上る、白い湯気。

 そこへ、猛吹雪を切り裂いて、数台の軍用ジープが雪を巻き上げながら、包囲するように集結した。

 

 極圏連合の兵士たちが、銃を構えたまま装甲をよじ登る。

 緊急用スイッチで、ハッチを強引にこじ開けた。

 

「降りろ、戦犯! 1ミリでも動けば射殺する!!」

 

 コクピット内に、一斉に突きつけられる冷たいリニアライフルの銃口。

 ワタルは、力なく両手を上げた。

 背後の後部座席では、ハーネスに縛り付けられたナギが、血の気が引いた顔でぐったりと意識を混濁させている。

 

「待て……! ナギが……怪我人がいるんだ! 先に手当てを……っ!」

「黙れ! 重罪人が!!」

 

 兵士の一人が、過剰な興奮と恐怖で、トリガーへと指を深く沈めた。

 

 バァン!!

 冷気を切り裂く、乾いた銃声。

 だが。

 撃たれたのはワタルではなかった。

 兵士の帽子のわずか数センチ頭上、灰色の空だった。

 

「騒々しいぞ。……それはGODAの軍属だ。勝手に殺されては困る」

 

 悠然とした、および絶対的な重圧を伴う声。

 ジープの傍らに一人の男が、軍帽を目深に被って立っていた。

 手元の拳銃からは、一筋の細い硝煙が立ち上っている。

 サイオン・ミラー。

 その肩には、紛れもない輝きを放つ「大佐」の階級章。

 極圏軍の指揮官が、困惑して叫び声を上げた。

 

「ふざけるな! 貴様らが殺せと言ってきたんだろうが!」

「だから殺すと言っている。だが、ここではない」

 

 ミラーは、泥のように汚れたスヴァーログを一瞥し、その冷たい口角をわずかに吊り上げた。

 

「……アイギス・リングだ」

 

 その単語が唇からこぼれた瞬間。

 詰め寄っていた兵士たちの顔から、一気に血の気が失せた。

 

「アイギス・リング……。正気か。あそこは……」

「高度1000キロ。人類防衛の、最前線」

 

 ミラーは表情を変えず、淡々と、死刑判決よりも酷い事実を語った。

 

「これまで送り込まれた12の機動師団が、すべて全滅したという……」

「13番目の棺桶に入るやつを探していたところだ」

 

 ミラーの視線が、担架で引きずり出される、白砂ナギへと向けられた。

 包帯はどす黒い血に汚れ、美しかった髪は泥まみれ。

 だが虚ろに開かれたその網膜にはまだ、地獄の底ですら消えない、呪いのような強い光が残っていた。

 ただ一人の少年にのみ向けられる、愛と盲信。

 

「せっかく、人間として楽になれる慈悲を、一度はやったのだぞ。……馬鹿なヤツだ」

 

 ミラーは吐き捨てた。自分自身に言い聞かせるように。

 

「貴様もだ、槐ワタル」

 

 ワタルは、何も言い返さなかった。

 ただ。乱暴に転がされるナギのストレッチャーの横へ無理やり並び、自身の煤と血に汚れた手で、彼女の氷のように冷たい頬に触れた。

 

「ナギ……。……ごめん」

「ん……。……ワタル……」

 

 ナギが焦点の合わぬ瞳を彷徨わせ。ようやく、ワタルの顔を認める。

 体中が、神経の一本一本が焼き切れるほど、痛い。

 でも。

 その痛みこそが、さっきまで巨大な鋼鉄の巨体となって、二人で「一つ」になっていたときの、あの狂おしいほどの熱狂の残滓だった。

 

 私は今。確かに、生きている。

 ワタルのそばで。

 

「一緒だね……ワタル。……ずっと」

 

 枯れ果てた、か細い声音。

 ワタルは静かに頷き、血のついた震える手で、二度と彼女を孤独の海に帰さぬよう、その柔らかな髪を撫で続けた。

 

「ああ……もう二度と、誰にも離させない」

 

 それは清らかな愛の誓いなどでは断じてなく。

 世界という巨大な理不尽を共食いしていく、異形の共犯者たちの契約に似ていた。

 

 二人は、囚人護送用トラックの無機質な荷台へと、無造作に押し込まれる。

 暗い揺れる幌の、わずかな隙間から。

 極圏の灰色の空が見えた。

 その遥か、遥か彼方。

 夕焼けの残光と夜の宵闇のはざまに、一筋の鋭い光の円輪《リング》が、冷酷なまでに美しく輝いているのが見えた。

 

 彼らがこれから向かう、最後の死刑台。

 

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