Fire Ocean 大気圏焼却戦域   作:ウソカラマコト

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Ep.03 たったひとつの冴えたやりかた - The Only Neat Thing to Do
01: デブリの王冠 / 鋼鉄の贈り物


## デブリの王冠

 

 

 窓の外にあるのは、星空ではない。

 

 地球の赤道を何重にも取り巻き、太陽の光を浴びて白銀に輝く巨大な光の輪――『赤道水晶環』だ。

 だが、その詩的な名前は、地上の人間が勝手につけた欺瞞に過ぎない。

 

 あれは水晶などではない。

 過去20年の戦争で宇宙に投棄された数億トンの軍事衛星の残骸、人類が殺し、軌道上で凍りついた怪獣たちの体液《K・フルイド》が結晶化した、広大無辺なる「死の指輪」である。

 

 パチ、パチ、パチ。

 

 硬く、乾いた音が、輸送シャトルの外壁を絶え間なく叩き続けている。

 対虚空防衛障壁《ヴォイド・バリア》のプラズマ膜が、亜光速で衝突してくる微細デブリを瞬時に蒸発させている音だ。

 それは雨音に似ていたが、湿り気は一切ない。

 一粒一粒が、生身の人間なら瞬時に挽肉に変える運動エネルギーの塊であり、このシャトルが一歩でも航路《ウィンドウ》を逸れれば、即座に死が訪れることを告げるカウントダウンだった。

 

「ここは地上の地獄を見下ろす、天上の牢獄だ」

 

 誰かが言った言葉を思い出して、ワタルは強化ガラスに額を押し当てるように、その光景を睨みつけていた。

 ガラスは、残酷なほど冷たかった。

 額から体温が奪われ、代わりに宇宙の虚無がじりじりと浸食してくるような感覚。

 吐き出した息が白く曇り、すぐに空調の乾いた風がそれを拭い去る。

 

 眼下に広がるのは、青い地球ではない。分厚い雲と、その隙間から赤く漏れ出す戦火の光――火の海《ファイア・オーシャン》。

 そして目の前には、逃げ場のない真空の監獄。

 

「……眩しいね、ワタル」

 

 隣のシートで、白砂ナギが呟いた。

 彼女の視線もまた、窓の外の光の暴力に向けられていた。

 だが、その瞳に映っているのは恐怖ではない。もっと空虚で、それでいて純粋な、無機物への親近感のようなもの。

 

 彼女の両足、そして右腕は、ブランケットの下で不自然に平坦だった。

 人間を怪獣の頭部に埋め込んで兵器に変える狂気の計画『ゴーレムプロジェクト』によって奪われたのだ。

 だがナギは、そのことに一言の不満も漏らしていない。

 

 ワタルは振り返り、彼女の細い肩に掛かったブランケットの位置を直す。

 微かな石鹸の香り。

 そして、ブランケット越しに伝わる、確かな体温。

 その温もりこそが、ワタルがこの絶対零度の世界で戦うための、唯一の熱源だった。

 

「……きれい。こわいくらい」

 

 ナギが窓に張り付きながら呟いた。

「うん。……綺麗だね」

 

 到着ゲートのアナウンスが流れる。

 気密ハッチが開く重い油圧音と共に、冷たく澄んだ空気が流れ込んでくる。

 そこに出迎えのファンファーレはない。

 白手袋をした士官たちが、整列して彼らを待ち構えていた。

 その背後、広大なハンガーの向こうには、宇宙港のデッキが見える。

 無数の作業用アーム、火花を散らす溶接機、そして搬入されるコンテナの山。

 そこにあるのは「歓迎」の空気ではなく、絶え間なく物資と命を消費し続ける、巨大な戦場の補給線の光景だった。

 

 空調の風が、ワタルの前髪を揺らす。

 

 循環する空気には、一切の淀みがない。

 その清浄さは、ここが極限環境で生き残るために構築された、鋼鉄の要塞であることを肌で感じさせた。

 

 

 

 

## 鋼鉄の贈り物

 

 

 通されたのは部屋ではなく、検査室だった。

 無影灯の白すぎる光が、部屋の中央にある診療台を、刺すような無機質さで照らし出している。

 循環する空気には、オゾンと新しい革製品の、そして微かな消毒用アルコールの匂いが充満していた。高級車のシートを思わせる、裕福で、しかしどこか非生物的な、生命の温かさを拒絶するような匂いだ。

 

「君たちのサイズに合わせて調整してある。最新鋭の軍用規格《ミル・スペック》だ」

 

 白衣の医師が、黒いアタッシュケースを厳かに開いた。

 高密度のウレタン緩衝材の中に鎮座していたのは、宝石のように磨き上げられた金属の芸術品だった。

 鈍い光沢を放つチタン合金の骨格。その上を、半透明の人工筋肉繊維《アクチュエータ》が血管のように這っている。

 

 義手と義足。

 

 それは失われた人体を補うための義肢という枠を超えていた。

 機能美を極限まで追求した、一つの完成されたインダストリアル・デザイン。GODAの技術の粋を集めた、白銀の換装パーツだった。

 

「装着を。神経接続のキャリブレーションを行う」

 

 医師の指示に従い、ナギが車椅子から診療台へと移される。

 欠損した右腕の切断面に、ソケットが直接接続される。

 瘢痕化した肉の窪みに、冷たいチタンの顎が噛み合っていく。

 

 カシュッ。

 小気味良いロック音。精密機械の完璧な嵌合。

 だが、その直後。

 

 ナギの全身が弓なりに跳ねた。

 チリ、ではなかった。ジュッ、だった。

 焼けた鉄串を神経の束に直接押し込まれるような、鋭く、深い灼熱が切断面から脊椎へと駆け上がる。

 異物が体内に侵入し、神経系と強制的に握手《コネクト》する瞬間の、暴力的な親密さ。

 ナギは奥歯を噛み締め、喉の奥で悲鳴を押し潰した。

 ――だが、その瞳は逸れなかった。

 激しい呼吸を整えながら、その新しい感覚を受け入れた。

 

「……つながった」

 

 ナギが掠れた声で囁いた。

 その瞳が、驚きに見開かれる。

 繋がった。

 自分の意志が、金属の指先にまで血流のように通ったのだ。

 

「指が……動く。私の意志で」

 

 その顔に浮かんでいたのは、純粋な感動だった。

 

 ウィ……ン。

 

 微かなモーター音と、磁性流体が流れる微弱な振動。チタンの指が一本ずつ、滑らかに、そして生身の腕よりも力強く動く。

 握り、開き、手首を回す。それは一つの完成されたシステムの挙動だった。

 

「……すごい」

 

 ナギが自身の右手を掲げ、無影灯にかざす。

 

「ワタル! 見て! 指が動くよ! 自分の手みたいに軽いよ!」

 

 次いで、両足の装着にうつった。

 ナギは医師の手を借りることなく、診療台から降り立った。

 カツ、カツ、と硬質な足音がリノリウムの床に響く。

 床を叩く衝撃が義足のフレームを伝わり、骨伝導の微振動となって彼女の全身を揺らす。

 

 彼女は数歩歩き、軽く跳ねた。

 数日前にはベッドの上で寝たきりだった少女が、今は重力を忘れたかのように軽やかにステップを踏んでいる。

 

「走れるよ、ワタル! もう誰にも背負ってもらわなくても、自分で走れる!」

 

 ナギは無邪気に笑った。

 まるで新しい靴を買ってもらった子供のように。

 失ったことを嘆くのではなく、得たものを喜ぶことができる。

 それが白砂ナギという少女の強さだった。

 彼女の屈託のない笑顔に、ワタルの胸のつかえも少しだけ軽くなる。

 彼女が選んだ道は、間違いじゃなかった。

 こうしてまた、自分の足で大地を踏みしめることができたのだから。

 

 これでいい。

 彼女が笑っていることが、何よりも嬉しい。

 

 だが、ふと視線を感じて横を見ると、医師たちが手元のタブレット端末に見入っていた。

 

 彼らはナギの笑顔を見ていない。

 画面に流れる波形――神経応答速度や、サーボモーターの出力データだけを見ている。

 その冷徹な観察眼は、彼女を「少女」としてではなく、「新型デバイスのテストベッド」として評価していた。

 

「――適合率は良好だ。これなら『接続』にも耐えられる」

 

 医師の一人が呟いた言葉に、ワタルは背筋が凍るのを感じた。

 接続。

 それは、あの悪夢のようなコックピットへの神経接続を意味している。

 この鋼鉄の手足は、ナギを人間に戻すための贈り物ではない。

 彼女が共鳴駆動兵器《レゾナンス・ドライバー》と一つになるための、不可欠な翼なのだ。

 

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