Fire Ocean 大気圏焼却戦域   作:ウソカラマコト

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03: 双子の残響 / 宇宙の騎士

## 双子の残響

 

 

 食後のコーヒーを求めて、二人は居住区画内にあるカフェテリアへと足を運んだ。

 

 強化ガラスで隔てられた大空間には、アイギス・リングの「肺」が吸い込む無味無臭の空調が、微かな風切り音を立てながら循環している。

 窓外に広がるのは、鉛色の宇宙《そら》。

 かつての文明が吐き出した数億トンの死骸――『赤道水晶環』の破片が、巨大なスクラップの輪となって、この鋼鉄の監獄を静かに包囲している。

 すべてが清潔で、静謐で、完璧な演算の下に管理されていた。

 

 先客がいた。

 窓際の冷たいチタン製テーブルに、二人の少年が座っている。

 同じ顔。同じ背丈。そして、剥製のように色素の薄い白髪。

 一瞬、鏡を覗き込んでいるのかと錯覚したが、違う。

 アニオンとイオン。

 彼らは双子だった。

 

 神が手慰みに設計したプログラムのように、二人はあまりにも「正解」に近い容姿をしていた。

 透き通るような白磁の肌。

 長く、扇のように規則正しい睫毛。

 だが、その美しさはどこか不気味だった。

 精巧なビスクドールに、生物としてのノイズをすべて取り除いた「余白」を詰め込んだような、空虚な機能美がそこにあった。

 

「なに? この匂い」

 

 ナギが鼻をひくつかせ、反射的に一歩後ずさった。

 先ほどの料理の芳醇な香りとは違う、鼻腔を刺すような鋭い刺激臭。病院の消毒液を煮詰めて、焦がしたような――。

 ワタルも思わず唾を飲み込んだ。喉の奥が、劇薬を舐めた時のように酸っぱく痺れる。

 

 匂いの発生源は、少年たちの前にあるマグカップだった。

 

 中身はコーヒーではない。

 重油のような粘度を持ち、微かに青い燐光を放つ黒い液体。

 表面がぬらりと光を反射し、まるでカップの中の「器官」が鼓動しているかのように、揺らめいている。

 脳細胞を強制的に発火させ、反応速度をミリセカンド単位で更新するための、非人道的な神経賦活剤。

 

 少年の一人――イオンが、カップを持ち上げた。

 すると、もう一人――アニオンも、0.01秒の遅滞もなく、全く同じ軌道でカップを持ち上げた。

 

 不可視のバスラインで同期されているかのように、角度、速度、そして空気を切る音に至るまで、完全に並列化されている。

 

 比喩でもなんでもなく、二人は黒いケーブルで物理的に繋がっていた。

 

 上着の裾から伸びたデータ転送用のケーブルが、磁気ロックで互いの脊椎ユニットを連結していた。

 二人は物理的に繋がっていたのだ。

 

 カチリ。

 二人が同時にカップを置く。その衝撃音すら、単一の音階として響いた。

 同時にこちらを向く。

 ガラス玉のような透明な瞳が、ワタルとナギを検品するように射抜く。

 

「……君たち」「新人?」

 

 双子が口を開いた。

 声変わり前の、鈴を転がすような少年の声だ。

 

「みたいだね」「タグが新しい」

 

 どちらかが言葉を紡ぎ始めると、食い気味に隣が論理を補完する。

 声質も、抑揚も、音圧も、完全に同一。

 彼らは、二人で、一つの文章を紡いでいるようだった。

 

 ワタルは一瞬たじろいだが、新人としての振る舞いにつとめた。

 

「今日付けで着任しました、槐ワタル、少尉です」

「ふうん」

 

 アニオンが視線を逸らし、黒い「劇薬」を一口啜った。

 

「……飲む? 心臓の鼓動が規定値を超えるけど、世界が静止して見えるよ」

 

 彼がカップを差し出してくる。

 間近で見ると、その液体は液状の重金属のような異様な質量感を持っていた。

 

「やめなよ兄さん。新入りを壊すつもり?」

 

 イオンがクスクスと笑った。

 自分たちは先輩だと言いたいのだ。

 

「歓迎のつもりだったんだけど」

「彼がこれを飲んだら死んじゃうよ」

「そうか」「そうだよ」

 

 アニオンがフォークを手に取った。

 するとイオンもまた、自分の皿にある人工合成ケーキにフォークを突き立てた。

 鏡合わせの舞踏。

 その不気味なまでの同期《シンクロ》に、ワタルは驚くしかなかった。

 

 共鳴者《レゾナント》は特性上、特殊な子供が選ばれやすい。

 双子の中尉もそういうことなのだろうと、ワタルは思った。

 

 ふと、二人の視線がナギの右手に注がれた。

 無影灯でかざした、銀色に輝くチタンの義手。

 

「君、義手義足だね」

 

 イオンが呟く。

 

「うん、僕らと同じだ」

 

 ナギの返事を待たず、アニオンが肯定した。

 彼らが袖を捲ると、そこには無機質なシリコン樹脂と、人工皮膚の継ぎ目があった。

 

「壊れた部品《パーツ》」

「修復された廃棄物《スクラップ》」

 

 二人は同時にそう言い、および同時に瞬きをした。

 その瞳には、同類に対する興味が浮かんでいた。

 

「ようこそ」「アイギス・リングへ」

「ここは」「故障した子供たちの」「最終処分場《ダンプサイト》だよ」

 

 二人は声を揃えて笑った。

 その澄んだ笑い声が、冷房の効いたカフェテリアに、氷のように響き渡った。

 

 

 

## 宇宙の騎士

 

 

 深夜。

 アイギス・リングの人工的な夜は、あまりにも静かだった。

 空調のファンが、等間隔で同じ音を繰り返している。

 呼吸のように。あるいは、心電図の波形のように。

 

 割り当てられた個室のベッドで、ワタルは天井を見上げていた。

 睡魔は訪れなかった。

 糊の効いたシーツが、洗い晒しの肌にまとわりつく。

 高ぶっているのだ。

 肌に吸い付くシーツの清潔さも、空気に混じる微かなオゾンの匂いも、選ばれた者だけが呼吸を許されたこの空間そのものが、彼の神経を覚醒させていた。

 

「……少し、歩くか」

 

 ワタルは独りごちて、ベッドを降りた。

 上着を羽織り、左手首のリストバンド型IDを確認する。携帯端末だけをポケットに放り込み、部屋を出た。

 

 廊下は深い青色の非常灯に沈んでいた。

 迷路のような回廊を、ワタルは記憶を頼りに歩いた。

 目指す場所は一つだった。

 エレベーターで最下層へ。

 重厚な隔壁の前には、武装した警備兵が二人立っていた。

 

「止まれ。この先はドッグだ」

 

 警備兵が鋭い声で制止した。

 威圧的な態度。不審者を見る目。

 だが、ワタルの制服に縫い付けられた部隊章《パッチ》と、襟元の階級章《カラー》を確認するや、二人の表情が一変した。

 

「……失礼しました! 少尉殿!」

 

 二人は同時に背筋を伸ばし、完璧な敬礼をした。

 その瞳に、先ほどまでの不審者を見る色はない。畏敬の念すら浮かんでいた。

 

 個人の生体情報がIDタグで管理されるこの時代において、襟元の徽章は旧式の遺物に過ぎない。

 だが、武装した大人を一瞬で沈黙させるには、十分すぎる効果があった。

 

「どうぞ、お通りください」

 

 隔壁が重い油圧音を立てて開く。

 ワタルは少し戸惑いながらも敬礼を返し、その先へと足を踏み入れた。

 これが、ドライバーとしての扱いなのか。

 ただの少年兵ではない。最高戦力として認められた証。

 その事実が、ワタルの背筋をぞくりと震わせ、同時に奇妙な高揚感を与えた。

 

 隔壁の向こうには、巨大な吹き抜け空間が広がっていた。

 メイン・ハンガー。

 深夜だというのに、そこは眠らない臓器のように脈動していた。

 火花を散らす溶接の白い閃光。圧縮空気の噴射音。そして、肺を満たす工業油脂とオゾンの重い混合臭。

 キャットウォークの鉄格子が、靴底から足裏へ、規則正しい振動を伝えてくる。ハンガー全体が低い唸りを上げており、その振動が骨を伝わって身体の芯まで揺さぶった。

 

 そして、中央ドックに「それ」は鎮座していた。

 

 漆黒の装甲に覆われた、人型機動兵器《ドライバー》。

 無数のケーブルやダクトに繋がれ、整備員たちが忙しなく動き回っている。

 外装パネルの一部が外され、内部のフレームが剥き出しになっていた。そこから漏れ出す深紅の光が、まるで心臓の鼓動のように明滅し、ワタルの顔を周期的に赤く染めている。

 

 なんて、美しいんだろう。

 

 ワタルはキャットウォークの手すりから身を乗り出し、息を呑んだ。

 

 見たこともない機体だった。

 訓練学校の教科書にも、ニュース映像にも載っていない。

 装甲の鋭角的なラインは最新鋭の戦闘機を思わせ、静止していても今にも飛びかかりそうな獰猛な「殺意」を放っている。

 既存の量産機とは、次元が違う。

 一目見ただけで、背筋が粟立つような全能感と、畏怖を同時に感じさせた。

 

 あれはただの機械ではない。人類が生み出した最強の矛であり、唯一の希望だ。

 自分たちが搭乗するはずの、圧倒的な暴力の結晶。

 

「……見惚れている場合かよ、少尉」

 

 不意に声をかけられ、ワタルは振り返った。

 背後に立っていたのは、油にまみれた作業着を着た中年男だった。

 無精髭に、咥え煙草。胸には「整備班長」のプレートがある。

 煙草の先端が赤く明滅するたび、焦げたタバコ葉の苦い匂いが、オイルの蒸気に混じって鼻腔をくすぐる。

 

「あ、すみません。勝手に入って……」

「構わねえよ。自分の乗る棺桶だ。今のうちに拝んでおけ」

 

 班長はニヤリと笑い、眼下の機体を見下ろした。

 

「不知火《シラヌイ》。こいつは手のかかるお嬢様でな。出力も反応も桁違いにいいんだが、その分、扱いにくい」

 

 彼は誇らしげに言った。

 その声には、自分の整備する機体への、職人としての深い信頼がこもっていた。

 

「頼むぜ、少尉。機嫌が良い時のこいつは化け物だ」

「……はい」

 

 ワタルは力強く頷いた。

 期待されている。

 整備兵たちも、警備兵たちも、俺たちがこの機体で戦うことを望んでいる。

 ナギを守るだけじゃない。この基地にいるすべての人々の命運が、俺たちの双肩にかかっているのだ。

 

 ピピッ。

 

 その時、ワタルの手首でIDが短く振動した。

 ポケットから携帯端末を取り出すと、ディスプレイに『サイオン・ミラー大佐より呼び出し』の文字が点滅していた。

 

「お呼び出しみたいだな」

 

 班長が煙草の煙を吐き出しながら顎をしゃくった。

 

「行けよ、ヒーロー。俺たちは朝までにこいつを完璧に仕上げておく」

「はい。……ありがとうございます」

 

 ワタルは一礼し、ハンガーを後にした。

 その足取りは軽かった。

 自分が「選ばれた存在」であるという確信が、彼を内側から満たしていた。

 

 これから向かう場所で突きつけられる現実の内容など、知る由もなく。

 

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