## 双子の残響
食後のコーヒーを求めて、二人は居住区画内にあるカフェテリアへと足を運んだ。
強化ガラスで隔てられた大空間には、アイギス・リングの「肺」が吸い込む無味無臭の空調が、微かな風切り音を立てながら循環している。
窓外に広がるのは、鉛色の宇宙《そら》。
かつての文明が吐き出した数億トンの死骸――『赤道水晶環』の破片が、巨大なスクラップの輪となって、この鋼鉄の監獄を静かに包囲している。
すべてが清潔で、静謐で、完璧な演算の下に管理されていた。
先客がいた。
窓際の冷たいチタン製テーブルに、二人の少年が座っている。
同じ顔。同じ背丈。そして、剥製のように色素の薄い白髪。
一瞬、鏡を覗き込んでいるのかと錯覚したが、違う。
アニオンとイオン。
彼らは双子だった。
神が手慰みに設計したプログラムのように、二人はあまりにも「正解」に近い容姿をしていた。
透き通るような白磁の肌。
長く、扇のように規則正しい睫毛。
だが、その美しさはどこか不気味だった。
精巧なビスクドールに、生物としてのノイズをすべて取り除いた「余白」を詰め込んだような、空虚な機能美がそこにあった。
「なに? この匂い」
ナギが鼻をひくつかせ、反射的に一歩後ずさった。
先ほどの料理の芳醇な香りとは違う、鼻腔を刺すような鋭い刺激臭。病院の消毒液を煮詰めて、焦がしたような――。
ワタルも思わず唾を飲み込んだ。喉の奥が、劇薬を舐めた時のように酸っぱく痺れる。
匂いの発生源は、少年たちの前にあるマグカップだった。
中身はコーヒーではない。
重油のような粘度を持ち、微かに青い燐光を放つ黒い液体。
表面がぬらりと光を反射し、まるでカップの中の「器官」が鼓動しているかのように、揺らめいている。
脳細胞を強制的に発火させ、反応速度をミリセカンド単位で更新するための、非人道的な神経賦活剤。
少年の一人――イオンが、カップを持ち上げた。
すると、もう一人――アニオンも、0.01秒の遅滞もなく、全く同じ軌道でカップを持ち上げた。
不可視のバスラインで同期されているかのように、角度、速度、そして空気を切る音に至るまで、完全に並列化されている。
比喩でもなんでもなく、二人は黒いケーブルで物理的に繋がっていた。
上着の裾から伸びたデータ転送用のケーブルが、磁気ロックで互いの脊椎ユニットを連結していた。
二人は物理的に繋がっていたのだ。
カチリ。
二人が同時にカップを置く。その衝撃音すら、単一の音階として響いた。
同時にこちらを向く。
ガラス玉のような透明な瞳が、ワタルとナギを検品するように射抜く。
「……君たち」「新人?」
双子が口を開いた。
声変わり前の、鈴を転がすような少年の声だ。
「みたいだね」「タグが新しい」
どちらかが言葉を紡ぎ始めると、食い気味に隣が論理を補完する。
声質も、抑揚も、音圧も、完全に同一。
彼らは、二人で、一つの文章を紡いでいるようだった。
ワタルは一瞬たじろいだが、新人としての振る舞いにつとめた。
「今日付けで着任しました、槐ワタル、少尉です」
「ふうん」
アニオンが視線を逸らし、黒い「劇薬」を一口啜った。
「……飲む? 心臓の鼓動が規定値を超えるけど、世界が静止して見えるよ」
彼がカップを差し出してくる。
間近で見ると、その液体は液状の重金属のような異様な質量感を持っていた。
「やめなよ兄さん。新入りを壊すつもり?」
イオンがクスクスと笑った。
自分たちは先輩だと言いたいのだ。
「歓迎のつもりだったんだけど」
「彼がこれを飲んだら死んじゃうよ」
「そうか」「そうだよ」
アニオンがフォークを手に取った。
するとイオンもまた、自分の皿にある人工合成ケーキにフォークを突き立てた。
鏡合わせの舞踏。
その不気味なまでの同期《シンクロ》に、ワタルは驚くしかなかった。
共鳴者《レゾナント》は特性上、特殊な子供が選ばれやすい。
双子の中尉もそういうことなのだろうと、ワタルは思った。
ふと、二人の視線がナギの右手に注がれた。
無影灯でかざした、銀色に輝くチタンの義手。
「君、義手義足だね」
イオンが呟く。
「うん、僕らと同じだ」
ナギの返事を待たず、アニオンが肯定した。
彼らが袖を捲ると、そこには無機質なシリコン樹脂と、人工皮膚の継ぎ目があった。
「壊れた部品《パーツ》」
「修復された廃棄物《スクラップ》」
二人は同時にそう言い、および同時に瞬きをした。
その瞳には、同類に対する興味が浮かんでいた。
「ようこそ」「アイギス・リングへ」
「ここは」「故障した子供たちの」「最終処分場《ダンプサイト》だよ」
二人は声を揃えて笑った。
その澄んだ笑い声が、冷房の効いたカフェテリアに、氷のように響き渡った。
## 宇宙の騎士
深夜。
アイギス・リングの人工的な夜は、あまりにも静かだった。
空調のファンが、等間隔で同じ音を繰り返している。
呼吸のように。あるいは、心電図の波形のように。
割り当てられた個室のベッドで、ワタルは天井を見上げていた。
睡魔は訪れなかった。
糊の効いたシーツが、洗い晒しの肌にまとわりつく。
高ぶっているのだ。
肌に吸い付くシーツの清潔さも、空気に混じる微かなオゾンの匂いも、選ばれた者だけが呼吸を許されたこの空間そのものが、彼の神経を覚醒させていた。
「……少し、歩くか」
ワタルは独りごちて、ベッドを降りた。
上着を羽織り、左手首のリストバンド型IDを確認する。携帯端末だけをポケットに放り込み、部屋を出た。
廊下は深い青色の非常灯に沈んでいた。
迷路のような回廊を、ワタルは記憶を頼りに歩いた。
目指す場所は一つだった。
エレベーターで最下層へ。
重厚な隔壁の前には、武装した警備兵が二人立っていた。
「止まれ。この先はドッグだ」
警備兵が鋭い声で制止した。
威圧的な態度。不審者を見る目。
だが、ワタルの制服に縫い付けられた部隊章《パッチ》と、襟元の階級章《カラー》を確認するや、二人の表情が一変した。
「……失礼しました! 少尉殿!」
二人は同時に背筋を伸ばし、完璧な敬礼をした。
その瞳に、先ほどまでの不審者を見る色はない。畏敬の念すら浮かんでいた。
個人の生体情報がIDタグで管理されるこの時代において、襟元の徽章は旧式の遺物に過ぎない。
だが、武装した大人を一瞬で沈黙させるには、十分すぎる効果があった。
「どうぞ、お通りください」
隔壁が重い油圧音を立てて開く。
ワタルは少し戸惑いながらも敬礼を返し、その先へと足を踏み入れた。
これが、ドライバーとしての扱いなのか。
ただの少年兵ではない。最高戦力として認められた証。
その事実が、ワタルの背筋をぞくりと震わせ、同時に奇妙な高揚感を与えた。
隔壁の向こうには、巨大な吹き抜け空間が広がっていた。
メイン・ハンガー。
深夜だというのに、そこは眠らない臓器のように脈動していた。
火花を散らす溶接の白い閃光。圧縮空気の噴射音。そして、肺を満たす工業油脂とオゾンの重い混合臭。
キャットウォークの鉄格子が、靴底から足裏へ、規則正しい振動を伝えてくる。ハンガー全体が低い唸りを上げており、その振動が骨を伝わって身体の芯まで揺さぶった。
そして、中央ドックに「それ」は鎮座していた。
漆黒の装甲に覆われた、人型機動兵器《ドライバー》。
無数のケーブルやダクトに繋がれ、整備員たちが忙しなく動き回っている。
外装パネルの一部が外され、内部のフレームが剥き出しになっていた。そこから漏れ出す深紅の光が、まるで心臓の鼓動のように明滅し、ワタルの顔を周期的に赤く染めている。
なんて、美しいんだろう。
ワタルはキャットウォークの手すりから身を乗り出し、息を呑んだ。
見たこともない機体だった。
訓練学校の教科書にも、ニュース映像にも載っていない。
装甲の鋭角的なラインは最新鋭の戦闘機を思わせ、静止していても今にも飛びかかりそうな獰猛な「殺意」を放っている。
既存の量産機とは、次元が違う。
一目見ただけで、背筋が粟立つような全能感と、畏怖を同時に感じさせた。
あれはただの機械ではない。人類が生み出した最強の矛であり、唯一の希望だ。
自分たちが搭乗するはずの、圧倒的な暴力の結晶。
「……見惚れている場合かよ、少尉」
不意に声をかけられ、ワタルは振り返った。
背後に立っていたのは、油にまみれた作業着を着た中年男だった。
無精髭に、咥え煙草。胸には「整備班長」のプレートがある。
煙草の先端が赤く明滅するたび、焦げたタバコ葉の苦い匂いが、オイルの蒸気に混じって鼻腔をくすぐる。
「あ、すみません。勝手に入って……」
「構わねえよ。自分の乗る棺桶だ。今のうちに拝んでおけ」
班長はニヤリと笑い、眼下の機体を見下ろした。
「不知火《シラヌイ》。こいつは手のかかるお嬢様でな。出力も反応も桁違いにいいんだが、その分、扱いにくい」
彼は誇らしげに言った。
その声には、自分の整備する機体への、職人としての深い信頼がこもっていた。
「頼むぜ、少尉。機嫌が良い時のこいつは化け物だ」
「……はい」
ワタルは力強く頷いた。
期待されている。
整備兵たちも、警備兵たちも、俺たちがこの機体で戦うことを望んでいる。
ナギを守るだけじゃない。この基地にいるすべての人々の命運が、俺たちの双肩にかかっているのだ。
ピピッ。
その時、ワタルの手首でIDが短く振動した。
ポケットから携帯端末を取り出すと、ディスプレイに『サイオン・ミラー大佐より呼び出し』の文字が点滅していた。
「お呼び出しみたいだな」
班長が煙草の煙を吐き出しながら顎をしゃくった。
「行けよ、ヒーロー。俺たちは朝までにこいつを完璧に仕上げておく」
「はい。……ありがとうございます」
ワタルは一礼し、ハンガーを後にした。
その足取りは軽かった。
自分が「選ばれた存在」であるという確信が、彼を内側から満たしていた。
これから向かう場所で突きつけられる現実の内容など、知る由もなく。