Fire Ocean 大気圏焼却戦域   作:ウソカラマコト

28 / 33
06: 潔癖の拒絶 / 双子の誘惑

## 潔癖の拒絶

 

 

 アイギス・リングの外縁部を走る、第4連絡通路。

 強化ガラスの向こうには、どこまでも広がる虚無の宇宙と、眼下で青く輝く地球が横たわっていた。

 

 足元さえも透けて見えるその回廊は、まるで「空中に浮いている」かのような錯覚を覚えさせる。

 ワタルは、そのガラスの壁に手をつき、逃げるように宇宙を睨んでいた。

 端末の呼び出し音が、執拗にポケットの中で震えている。

 

「……またかよ」

 

 無視を決め込んでいた。

 だが、背後で自動ドアが開く音がした。

 振り返らなくてもわかる。

 左右で重さの違う足音。

 義足の打撃音が、静寂な回廊に響いて近づいてくる。

 

「……ワタル」

 

 白砂ナギの声。

 ワタルは舌打ちを堪え、ゆっくりと振り返った。

 彼女はブリーフィング用の制服姿で、息を切らせていた。

 右手の義手が、微かに震えている。

 

「なんで逃げるの」

「逃げてない。出撃前の精神統一だ」

「嘘」

 

 ナギは一歩、踏み出した。

 ガラスの床が軋むような幻聴。

 

「次の出撃、シフト表から私の名前が消えてた。ワタルが申請したんでしょ」

「ああ」

「どうして」

 

 ワタルは視線を逸らし、地球の輪郭を見つめた。

 

「今回は俺一人で行く。お前は予備機《スペア》だ」

「スペアなんて要らない。不知火は複座《デュアル》よ。私がいないと動かない」

「動かしてみせる。……お前がいなくても」

「その『特別』扱いが嫌なの!」

 

 ナギの叫びが、細長い通路に反響した。

 昨夜の整備室での光景――検査用ケーブルに繋がれ、ただの「部品」として調整を受けることを、彼女はあまりにも淡々と受け入れていた。

 

『お前はナギを食い物にする「加害者」になる』

 

 ミラーの言葉が、ガラスに映る自分の顔に重なった。

 

「なんで一人で背負おうとするの?」

「だって、あまりにも不公平だ! お前ばかりを傷つけて」

「ワタルが決めたことじゃない!」

「認めれば同じことだ。俺も共犯だ!」

「抱え込まないでって言ってるの!」

「……俺だって、嫌なんだよ!」

 

 ワタルは吐き捨てるように叫んだ。

 喉の奥にこびりついた鉄錆の味が、言葉を苦くする。

 ミラーに突きつけられた「加害者」という烙印。

 それが、ナギの存在そのものを、自分への断罪のように感じさせていた。

 

 ナギは一歩、詰め寄った。

 その瞳には、涙が浮かんでいた。

 あるのは、静かで、鋭利な「怒り」だった。

 

「痛いのは嫌だって言った? 怖いから逃げるって言った?」

 

 彼女の声は、震えを押し殺し、鋼のような響きを帯びている。

 

「……っ」

 

 ワタルは何も言えなくなった。

 守られるべき弱者の嘆きでも、称賛されるべき戦士の覚悟でもない。

 鏡のように自分の「偽善」を暴き立てる、冷たく、あまりにも純粋な想い。

 ナギの瞳の深淵に見据えられていると、自分自身の脆弱な本心を、容赦なく抉り出されていくように思えた。

 

「半分こにするって、言ったじゃない……」

 

 ナギは一歩踏み出し、ワタルの胸に手を置いた。

 

「半分でいいの。二人で背負いたいの。一人で全部背負わないで」

 

(……!)

 

 その言葉は、どんな罵倒よりも深く、鋭く、ワタルの心を刺し貫いた。

 

 半分こ。

 それは救済の響きではない。

 道連れにする、という宣告だ。

 

 彼女は耐えてしまうだろう。

 ワタルの痛みも、恐怖も、罪も。すべてを飲み込んで、彼女は壊れるまで「共犯」であり続けようとする。

 その「優しさ」こそが、彼女を殺すのだと、ワタルは痛感した。

 

「……もういい」

 

 ワタルは、ナギの手から逃げるように背を向けた。

 自分の弱さを、彼女に分け与えるわけにはいかない。

 ナギを守る唯一の方法は、徹底的な「拒絶」だけだ。

 

 だからワタルは、あえて冷徹な「序列」を口にした。

 

「命令だ。……セカンドは、ファーストに従え」

「ワタル!」

 

 彼はナギを残し、通路の奥へと早足で立ち去った。

 自動ドアが閉まる音が、決定的な断絶の音のように聞こえた。

 

 

 

## 双子の誘惑

 

 

「どうして……」

 

 ワタルがいなくなった後も、ナギはその場に立ち尽くしていた。

 足元のガラス越しに、地球が回っている。

 自分がどこにも繋がっていない、浮遊するゴミのように感じられた。

 

 悔しさと悲しみで、視界が滲んだ。

 ポロポロとこぼれ落ちる涙が、足元のガラスを濡らしていく。

 その感情の渦に飲み込まれそうになった時、ガラスに二つの影が映った。

 

「……捨てられたの?」

 

 振り返ると、通路の逆側から、アニオンとイオンが歩いてきていた。

 カフェテリアで会った双子。

 背景の宇宙に溶け込むような、色素の薄い少年たち。

 

「繋がっていないからだよ」

 

 アニオンが言った。

 

「君と彼は、個別の人間だろう? だから理解し合えない。だから傷つけ合う」

 

 イオンが背中から伸びたケーブルを持ち上げた。

 黒く艶やかなその線は、二人の神経を物理的に直結させている。

 

「僕たちは」「地獄を」「半分こにしている」

「痛みも」「恐怖も」「絶望も」

「完全な公平」「完全な理解」

「僕らは」「永遠に一人にならない」「捨てられることもない」

「どうせみんな死ぬ」「僕も」「君も」「同じこと」

 

 双子の声が、完璧な和音《ハーモニー》となって響く。

 彼らは「死」さえも、ただのシステム終了としか認識していないようだった。

 

「選べるのは」「死に場所だけ」

「彼もそうなんじゃない?」

 

「え……?」

 

 ナギの涙が止まった。

 思いがけない言葉に、思考が空白になる。

 

「彼は一人で」「死にたいんじゃないかな」

「君を」「失うぐらいなら」

 

 アニオンが首を傾げ、イオンが頷く。

 まるで、実験動物を解剖するように、彼らはワタルの心を切り刻んでいく。

 

「彼は」「人のせいに」「したくないんだよ」

「命令されたからとか」「仕方ないとか」

「自分の心に」「嘘をついて」「自分でない誰かの」「せいにして」

「君を傷つけたくないんだ」

 

 二人の言葉に、ナギははっとなった。

 

(私は拒絶されたんじゃない)

(遠ざけられたんだ)

 

 突き放したのではない。遠ざけたのだ。

 これから彼が踏み込む泥沼に、ナギを一歩たりとも近づけないために。

 その優しさは、身を切るほどに痛く、そして悲しいほどに不器用だった。

 

「だからって、一人で勝手に決めるなんて……」

 

 ナギは声を震わせた。

 たとえそうだとしても、悲しいのだ。

 寂しいのだ。

 悔しいのだ。

 

「君は」「いま」「彼のせいに」「しようとしているね」

「――!?」

 

 ナギはふたたび息を呑んだ。

 心臓を鷲掴みにされるような言葉だった。

 

(どうして気づけなかったんだろう)

(ワタルはいつだって、私を安全な場所に置こうとして)

(そのために、一人で傷ついて)

(……そんなの、絶対に許さない)

 

「違うっ! 私は!」

 

 反射的にナギは叫んだ。

 だが、双子は言葉を続ける。

 

「「彼の言葉なんてどうでもいいんじゃない?」」

 

 二人の声が重なった。

 

「彼が言うことを聞かないなら」

「君も同じにすればいいんじゃない?」

「選べるのは死に場所だけ」

「後悔すら、できないんだ」

 

 淡々とした事実の羅列。

 だが、その言葉はナギの心に突き刺さった。

 後悔すら許されない死。

 だからこそ、後悔しない選択をするしかない。

 

「私の、したいこと……」

 

 つぶやき、ナギは自分の胸に手を当てた。

 

 その先が出てこなかった。

 怒りはある。悲しみもある。

 けれど今の私には、ワタルの拒絶を覆すための「言葉」も「力」も、何ひとつ持っていない。

 けれども。

 したいことは一つだけだった。

 

 ビィィィィィィィィィィィン!! ビィィィィィィィィィィィン!!

 

 通路の照明が赤く明滅し、喉元を掻きむしるような緊急警報が鳴り響いた。

 通常の「出撃、15分前」といった悠長な合図ではない。

 アイギス・リング全体が悲鳴を上げている――未観測個体の接近を告げる絶望のサイン。

 

「なっ……!?」

 

 ナギが目を見開くと同時に、通路の防爆シャッターが落下を始めた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。