Fire Ocean 大気圏焼却戦域   作:ウソカラマコト

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08 共鳴駆動兵器 (Driver) / 軌道柔道 (Orbital Judo)

## 共鳴駆動兵器 (Driver)

 

 

 

 避難勧告のせいだろう。格納庫はもぬけの殻だった。

 天井の一部が崩落し、溶接用のガスボンベが破裂し、火花とオイルの匂いが充満していた。

 その混沌の中に、それは立っていた。

 

 汎用レゾナンス・ドライバー、量産先行型『モリビト』。

 

 まだ塗装もされていない、剥き出しのジュラルミンとカーボンの身体。

 装甲は薄く、骨格《フレーム》ばかりが目立つ華奢な機体だ。

 だが、その背中には異様なほど巨大なバックパック――四本の予備腕《サブ・アーム》が折り畳まれている。

 まるで、鋼鉄の翼を畳んだ堕天使のように。

 

 コクピットハッチが開いている。

 ワタルはシートに滑り込み、マニュアルレバーを引いた。

 

 プシューッ!

 

 気密ハッチが閉じる。

 外の喧騒が遮断され、自身の激しい呼吸音だけが、カプセルの中に反響した。

 暗闇。

 ワタルはシートに背中を合わせた。

 カチリとコネクタがハマる音がした。

 レゾナンス・コネクタ。脊髄に埋め込まれた神経接続用の小型ユニットだ。

 コンソールが明滅し、システムが起動した。

 

「通ってくれよ……!」

『神経接続《ニューラル・リンク》確立』

 

 ディスプレイに光が灯り、コクピット全体が明るくなる。

 

「よし!」

 

 次の瞬間、足元のパイプから、黒く粘り気のある液体が湧き出した。

 

 ゴボッ、ゴボゴボ……。

 

 冷たいヘドロのような液体が、足首を、膝を、腰を飲み込んでいく。

 鉄粉を含んだ、重いオイルのようなゲル。

 対衝撃用磁性流体「K・フルイド」だ。

 衝撃時に硬化する磁性流体サスペンションであり、着る「エアバック」のように機能して、怪獣からの衝撃や、急制動による負荷を吸収してくれる。

 

『――システム・リンク。身体図式《ボディ・スキーマ》、拡張』

 

 ガツン!!

 

 脳を巨大なハンマーで殴られたような衝撃が襲いかかった。

 視界が弾ける。

 

 それは背中の肉が弾けるような錯覚だった。

 肩甲骨の裏側から、熱いワイヤーがずるりと突き出し、神経が強引に延長される感覚。

 人間という器が内側からメリメリと音を立てて拡張され、阿修羅のような形へ作り変えられていく。

 そのおぞましい万能感に、脳髄が拒絶反応の悲鳴を上げた。

 

「オェ……ッ!」

 

 強烈な吐き気に、ワタルは悶えた。

 人間の脳は、無数の腕を同時に動かすようには出来ていない。

 平衡感覚が狂い、上下左右が逆転する。

 自分が人間ではなく、蜘蛛か昆虫に作り変えられたようなおぞましい感覚に、ワタルはもがいた。

 

 パイロット候補生としてのワタルのカリキュラムはまだ、これに対応した訓練に至っていなかった。

 初めての体験だった。

 胃液が逆流しかけるのを、ワタルは必死で飲み込んだ。

 

 だが、その吐き気の向こう側に、声が聞こえた。

 

『……ワタル?』

 

 耳からではない。

 脳の芯から。脊髄を伝って直接響く、愛しい声だった。

 

 共鳴《レゾナンス》。

 脊髄に埋め込まれた共鳴デバイスを使った通信が、成立していた。

 

 過去の戦闘で鹵獲した巨大生物・怪獣を解析、それにより得られた技術によって建造された巨大兵器・ドライバーは、共通の機構・共鳴《レゾナンス》を持っている。

 

 ワタルがコクピットに座ったことで、コネクタが接続され、怪獣に接続されていたナギと繋がったのだ。

 鉄の機体《モリビト》を通じて。

 

「ナギ……!? 聞こえるのか!?」

『どうして、そこに!?』

「お前こそ、大丈夫なのか!?」

『ドライバーにいるなら、それで逃げて! 怪獣が来てるの!』

「プラント3にいるんだろ、助けに行く!」

『逃げて!!!!』

「ああ、待ってろ!」

 

 ワタルは本物の腕《アーム》で操縦桿を握りしめた。

 

 

 

## 軌道柔道 (Orbital Judo)

 

 

「モリビト、発進!」

 

 ペダルを踏み込む。

 背部のスラスターが火を吹き、機体がカタパルトもなしに宙へ躍り出た。

 重力が消失する。

 

 眼下で激しい爆発が起こっていた。

 巨大宇宙ステーション「クレイドル」そのものを揺るがす爆発だった。

 どれほどの被害が出ているか、想像もつかない。

 

 しかし、ワタルはすぐに視線を変えた。

 ただ一点。第3プラントのある区画に向けて。

 

「こっちか!」

 

 ワタルは機体を急降下させた。

 宇宙空間でのダイブ。

 無重力のはずなのに、急加速Gが全身を押し潰しにかかる。

 

 スーツのK・フルイドが一瞬で硬化し、内臓の位置を固定する。

 まるで誰かに全身を強く抱きしめられているような圧迫感。

 ワタルは訓練で聞いていた。これは「着るエアバッグ」だと。

 でも今はただ、溺れているような息苦しさだけが襲ってくる。

 

 内臓が背骨に張り付く感覚は消えない。

 眼球が奥に押し込まれ、視界が灰色に滲む。

 痛い。苦しい。

 

(ナギが感じている痛みに比べれば、こんなもの!!)

 

 向かう方角に、怪獣がいた。

 蜘蛛のようなシルエットをした化け物、アラクネ。

 その複眼が、ワタルの機体をとらえた。

 くるりと身を返し、壁面を蹴って突っ込んでくる。

 200トンを超える質量の特攻。

 

「どけぇぇぇぇッ!!」

 

 アラクネの突撃を、ワタルは回避しなかった。

 200トンと50トンの激突。

 まともにぶつかれば砕け散るのはこっちだ。

 正面衝突の軌道。

 衝突の瞬間、ワタルは背中の「予備腕《サブ・アーム》」を全開にした。

 

 ガギィッ!!

 

 鋼鉄の爪が、シリコンの殻を深く掴んだ。

 金属同士が悲鳴を上げる高周波が、ドライバーの骨格を通じてワタルの歯の根を揺らした。

 痛い。

 だが、掴んだ。

 脳波《レゾナンス》だけではない。

 自身のスラスター噴射を逆方向へ向け、敵の重心の一点に、モリビトの全体重をぶら下げるように掛けた。

 

 宇宙空間には「上」も「下」もない。

 あるのは質量と慣性だけだ。

 

(見える……動きが、『重さ』で見える!)

 

 教官の声が蘇った。

 

『脳波に頼るな! 機械式の挙動を体に叩き込め!』

 

 あの泥臭い訓練のおかげだ。

 レゾナンスだけに頼っていたら、この質量差は逆転できなかった。

 レバーの重さを、拳で覚えていたから。

 ペダルの踏み込む深さを、足の裏で記憶していたから。

 物理的なフィードバックが、共鳴《レゾナンス》による感覚拡張のズレを強引に修正していく。

 

 ワタルは6本の腕を、自分の腕のように操り、アラクネをガッチリとホールドした。

 

 ――重心を、ずらせ。

 

 思考より先に脊髄が反応した。

 スラスター全開。

 自機を「錘(おもり)」にして、敵の突進エネルギーを斜め後方へ受け流す。

 空間戦闘に重力はない。互いの質量だけが頼りだ。

 相手の運動エネルギーを利用し、すれ違いざまにベクトルをねじ曲げる。

 

 全身の骨がミシミシと軋んだ。

 いや、軋んでいるのはモリビトのフレームか。

 遠心力で内臓が片側に寄り、血管が破裂しそうな圧力がかかる。

 

 相手の数百トンの突進エネルギーを利用し、すれ違いざまにベクトルをねじ曲げ、投げ飛ばす。

 

「うらぁぁぁぁっ!」

 

 ワタルはスラスターを全開にし、機体を独楽のように回転させた。

 これこそが、ドライバー乗りたちが編み出した空間戦闘用対怪獣格闘術。

 軌道柔道《オービタル・ジュードー》だ。

 

 アラクネの巨体が遠心力に巻き込まれ、きりもみ回転しながら、ステーションの外壁サイロに叩きつけられた。

 

 ズゥゥゥゥン……!!

 

 真空の向こうで無音の衝撃波が走り、外壁がひしゃげた。

 その直後。

 

「……ッ!?」

 

 不意に、ワタルの背筋に冷たい電流が駆け抜けた。

 衝撃ではない。

 K・フルイドは完全に衝撃を殺している。肉体にダメージはないはずだ。

 だが、神経の奥深い場所、脊髄のコネクタが埋め込まれた一点から、鋭い棘で刺されたような「痛み」が突き刺さってきたのだ。

 

(なんだ、これは!?)

 

 一瞬の眩暈。

 叩きつけられたアラクネの痛みが、ケーブルを伝って漏れ聞こえてきたかのような、生理的な不快感……。

 

(それよりも!)

 

 ワタルはその「正体不明の悪寒」を無視し、自分が向かうべき方角を見た。

 

 第3プラントの外壁へと取り付く。

 装甲の向こうに、ナギがいる。

 

 モリビトは資材搬入用の大型エアロックの前に着地した。

 ワタルは腕を伸ばし、外部制御パネルの緊急解放レバーを引いた。

 

 プシュゥゥゥ……。

 

 気密ジェルの抜ける音と共に、分厚いチタン製のハッチが重々しくスライドした。

 

 ワタルはエアロックの向こうを見た。

 二重ゲートの向こう。

 そこにはナギがいる。

 

 そう思った途端、ワタルの鼻に、あの臭いが蘇った。  

 熟しすぎた果実と、古びた血液が混ざり合ったような、甘くねっとりとした腐敗臭。  

 

 無機質で清潔なエアロックの向こう側は、地獄だ。  

 壁を、床を、天井を、血管のような赤いケーブルが埋め尽くし、怪獣を拘束するように、機械と生物を溶け合わせるように伸びている。  

 それらはまるで、何かを飲み込んでいるかのように脈打ち、生命を吸っている。

 

 ナギはそこにいる。

 

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