## 抱擁
プラント3とは、その中身を知られたくないがための無機質な名称で、中の人間たちはこう呼んでいる。
鹵獲生体炉、と。
そこには、少女を怪獣にするために従事する白衣の技術者と、武装した軍人の間で掴み合いが発生していた。
赤い警告灯が回転し、逃げ惑うスタッフたちの怒号と悲鳴が飛び交う中、二人の男だけが立ち止まり、互いの胸倉を掴み合っていた。
「ゴーレムを起動しろ!」
「無茶を言うな! 彼女はまだ怪獣を統合出来ていない! 身体図式《ボディ・スキーマ》は3.2パーセント、指ひとつ動かせないレベルだ!」
「命令だ!」
「ふざけるな! こんな状態で強行すれば、負荷が強すぎて、彼女が死んでしまうと言ってるんだ!」
「怪獣が来たら、全員死ぬ!」
議論は平行線だった。
人道と生存。
単純な正解はない。
議論の時間もない。
暴力で決着をつけるしかなかった。
軍人は銃を突きつけた。
黒い銃口が、技術者の額に冷たい円環を押し当てる。
「やれ!」
「……責任は、取れないぞ!」
技術者は唇を噛み切り、キレるように吐き捨てると、装置に向かった。
ゴーレム・プロジェクト。
ユダヤ教の伝承に登場する、魔術や呪文によって命を吹き込まれた泥人形のこと。
人間を怪獣の脳とし、怪獣を意のままにするための計画だ。
人間を「人形」にする計画だ。
ゴーレムとは「形なきもの」「胎児」を意味し、制御を失うと恐怖の存在にもなる「未完成の人間」を象徴する言葉でもある。
K・レセプタを持つ人間を怪獣の脳とし、怪獣を手足として操る。
怪獣そのものになる。
その少女であるナギは、怪獣の脳に埋めこまれていた。
無数の赤い根脈が、彼女の身体を貫き、はりつけのように固定されている。
彼女は身動き一つしない。
できない。
唇だけがわななく。
「ワ……タル……!」
そのワタルは、すぐそばのところまで来ていた。
プラント3の搬入口。宇宙側のハッチが閉じられると、中に空気が送り込まれていく。エアロックだ。内外の気圧差を埋めたところで内側のハッチが開くようになっている。
ワタルはモリビトの足を大きくあげると、その重さを内側ハッチに叩きつけた。
ズウン、と衝撃が走り、ハッチに歪みが走る。
破壊までに時間がかかる。
「待ってられるかよ!」
ワタルはモリビトのサブアームを旋回させ、周囲の資材搬入用レールを万力のような力で掴み、機体を固定した。
スライド式のウェポン・マウントから、巨大な「筒」――120mm 電磁加速式滑腔砲《リニア・カノン》を主腕に滑り込ませる。
「――リニア・カノン、撃つぞ!」
引き金は存在しない。思考の同調。カノンの加速コイルが超高周波の唸りを上げ、空間を震わせた。
ズドォォォォン!!
凄まじい反動がモリビトの骨格をきしませ、固定したレールがひしゃげた。電磁加速された徹甲弾は、分厚いチタン合金のゲートを紙細工のように貫き、熱せられた破片と共にプラント3の内部へと突き抜けた。
ハッチが衝撃でひしゃげ、強制的にこじ開けられる。
気圧差が風のように吹き込んでくる。
「ナギ!」
ワタルはモリビトを中へと進めた。
そこには静寂があった。
宇宙の真空も、絶対零度もない。空調の効いた、人間が生存できる「部屋」が残されていた。
だが、その空気は死臭で満ちていた。
その地獄の向こう側に、彼女はいた。
「ドライバー!?」
大人たちはモリビトの姿に驚愕していた。
「怪獣がここまで迫ってきてるのか!?」
「なんでもいい! 彼女が起動するまで時間を稼いでくれ!」
「てめえら!」
ワタルの中で、何かが冷たく燃え上がった。
時間を稼げ? 彼女が起動するまで?
こいつらは、まだナギを「部品」として使い潰すつもりなのか。
「ふざけんなあああああ!」
ワタルの叫びと共に、モリビトの4本の腕が唸りを上げた。
ドゴォォォン!!
怪獣と施設を繋いでいる太いエネルギーパイプを引きちぎる。
ナギを拘束し、怪獣の神経系と強制接続させている制御柱を、モリビトの剛力でねじ切る。
研究員たちは悲鳴をあげた。
「何をしている! 敵はそっちじゃない!」
「敵はおまえらだあああああああ!」
ワタルは止まらない。
4本の腕で、怪獣の喉元へ迫っていく。
メリメリ、バキィッ!!
怪獣の外殻である強化ガラスと培養槽をこじ開ける。
中から露出する巨大な怪獣脳と、そこに埋まったナギ。
「ナギ!!」
「わ、ワタル……!」
ナギは強制起動による負荷で意識が朦朧としていた。
涙目のまま、浅い呼吸を繰り返している。
ワタルはモリビトの腰から、高周波加熱振動剣《ヒート・バイブロ・カタナ》を抜いた。
刀身が共鳴し、赤熱を帯びていく。
『警告。コア・システム断絶。怪獣の生命維持リスク増大』
「こんなものがあるからああああああ!」
ワタルは学園の安全なんてどうでもよかった。
人類の平和も、GODAの戦略も、知ったことではない。
ただ、その痛みから彼女を切り離すことだけが正義だった。
一閃。
モリビトが怪獣の首を切断した。
ナギの身体を繋ぎ止めていた、最後の赤い根脈が焼き切れる。
ナギの身体が、巨大な脳の塊からするりと抜ける。
その時、プラント3を支えていたシャフトが振動に耐えきれず機能を停止した。
遠心力が消える。
人工重力が消滅する。
無重力の空間に、ナギの体がふわりと浮かび上がった。
体液と血液の球体が、宝石のように周囲に散らばる。
プシュウゥゥゥ!
モリビトのコクピットハッチが緊急開放される。
ワタルは大きく踏み出し、空へ飛び出した。
「ナギィィ!」
空中で、二人の身体が交差する。
ワタルはナギを抱きしめた。
温かい。
スーツ越しではわからないはずなのに、本当にそう思った。
鉄の匂いでも、ゴムの匂いでもない。
人間の、女の子の身体の温もり。
ワタルはナギの華奢な体を強く抱きしめた。
世界から、相手以外のものが消えていく。
警告音も、爆発音も、遠くへ消えていく。
ワタルの血まみれのスーツと、ナギの医療ガウンが、無重力の中で絡み合う。
「ワタル……!」
「大丈夫だ。もう大丈夫だ」
そんなことはなかった。
まだ何も安全ではない。安心できるものなど、まだどこにもない。
けれど、この一瞬だけは、それを信じられた。