VS「基礎」イェソド   作:夜間営

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大変長らくお待たせいたしました。すみません。お納め下さい。


悩みの絶えない学校生活

『はい。色彩の活用方法についてですが、補色でメリハリをつける方法もあれば、同系色で画面をまとめる方法もあります。他にも、ほんの少し無彩色を挟めば他の色は際立ち、印象が強まる。高校一年生どころか中学校でも習ったことかもしれませんね。ですが、それほど重要なことなんです。

 

自分が何を強調したいか。それを考えながら色の明度、彩度、組み合わせを探って拘っていってください。色の配置ひとつで、主役と脇役は簡単に反転しますからね。』

 

 教育用BDの中の教師がそう語る。俺はそれを熱心に聞いていた。正直、授業内容自体は何度も習ったことではあるし、データとしても俺のメモリに保存されている。しかしながら、教師による微妙な教え方の差異もある。例を挙げるなら、この授業でところどころの例に挟まる教師自身が描いたのであろう絵。これが授業内容の説得力を分かりやすく補強してくれている。

 

(そういう差異がなかなか興味深いんだよな。)

 

 椅子の背もたれに体重を預けながら頭の中に例示されていた絵画を出現させる。色使いももちろんだが色彩の転換による印象の変化をより大きく見せるために構図にもかなり気が配られている。授業内容に関しては記憶できたのでメモなどはいらないのだが、講義を受けていたのにもかかわらずノートが真っ白であることに疑念を抱かれたくなかったのでノートに例示の絵の特徴を書き出しておく。構図。同系色。補色。あとは無彩色を合間に挟んで……。

 

 そうしていると俺にとってあまり聞き馴染みのない淡白なチャイムの音が校内に鳴り響いた。生徒たちが一斉に立ち上がり、教室を出ていく。俺もそれに付随するような形で席を立つ。帰ろうかとも思ったが、静かな場所で絵を描きたい気分だったので、人気の少ない第二中庭へと向かうことにした。教室から出ると廊下はたくさんの生徒たちで賑わっていたが、そこから歩を進め第二中庭に近づくにつれ人は少なくなっていく。広い校舎内をひたすらに歩いているとやがて響く足音は一つになり、その代わりに環境音が聞こえてくるようになる。

 

 第二中庭には小規模な滝と川、その岸辺には柳などの植物が植えられており、マイナスイオンと風情を感じる隠れ名所だ。しかし、知名度の低さと立地の悪さからあまり好まれていない。ぐるりと辺りを見回し、ここの近くに保管しておいた私物のキャンバスを立てる。

 

 先程の授業で今日の授業はおしまい。多くの人間は学校が終わり次第、部活動に顔を出しに行く。その他の一部の人間も帰るか、適当にインスピレーションが湧いてきそうな場所を巡るかだが、大体屋上かグラウンドに出ていくので先述した通りここに人が来ることは滅多にない。だからこそ、静かに制作したい俺にはぴったりなんだけどな。

 

 本日は珍しく授業をフルで受けた。久しぶりにここに来たが、相変わらずガバガバなセキュリティの学校だ。それこそ校訓に「来る者拒まず、去るもの追わず」と書いてあるのではないかと疑うほど生徒の出入りに無関心だ。ま、それでいいのか。だからこそ、ここの生徒に扮することを選んだのだから。

 

 そんなことを考えている間に、完全に描く準備を整えたところでここに来たらいつも題材にしている滝の風景をキャンバスの中にオリジナリティとともに映し出していく。テーマも滝、作品名も滝。少なくとも片手で数え切れないくらいある同名の作品は、鋼鉄大陸の地下に纏めて保存されてある。

 

 ゆったりと筆を動かしながら、本日の授業内容を思い出す。午前中の授業では現役の画家がこの学園に来て出張授業をしてくれた。かなり知名度の高い画家で、講堂がざわめいていたのを思い出す。講師だった兎の獣人だが、得意とするのは迫力のある大自然の風景画であり、兎に抱くイメージの可愛らしさなどはそこにはない。授業が始まってしばらくの間はその講師の苦労話、経歴、心構えなどを教わっていた。そろそろちらほらとあくびをする生徒が出始めた時だった。授業内容のステップが進み、残り時間は座学から実際にデッサンして講師が審査し特に目についた作品に講評を行うというものになった。テーマは学校の敷地内にある森の木の実のデッサン。木の実を探すのには苦労しなかったし、描くのも周囲が静かだったので集中して描けた。

 

 だから、ある程度満足いく出来にはなっていた。しかし、幸運なのか、不運なのか。かの講師の目に俺の作品がついた。俺の作品を見てその講師は、

 

『189番。あと一息だね。感情が見えてこない。もう少し心や心情を込めてみたらさらにいい作品になるかも。』

『けれど、びっくりするほど正確な絵だ。今後に期待が持てるね。』

と告げた。

 

 後半の誉め言葉は全く俺の耳には入らず、心という言葉が思考の大半を占めていた。明確に弱点を叩かれた。体に直接手を突っ込まれたような、えも言われぬ気持ち悪さがあった。それを思い返すとつい、筆に込める力が強くなり、川の流れが少し早くなった。背筋を正して絵を見直せば、白いキャンバスは徐々に埋まっていっていた。一つ筆を動かせば水色の線が描かれる。それを幾度と繰り返せば線は集まり川となる。

 

 

 心……それに似た機能ならこの機体にも有しているはず。心という存在が不確定な以上、一致を確かめることは不可能であるからこのようなぼんやりとした言い方にはなってしまうが。命題、心は再現可能か。それはキヴォトスの技術面で最先端を行くミレニアムサイエンススクールの優秀な生徒たちでも証明できていない難題だ。

 

 今、キヴォトスにいる意識あるロボットは数百年前からいる存在だ。しかし、今のミレニアムでは意識あるロボットなぞ作り出せない。修理はできても生産はできない。不思議なものだ。いや勿論、良識がある上層部がそういった実験を止めている可能性はある。事実上は人体錬成に近い要素があるし。ただ、その割にはそういった痕跡すら預言者の解析でも見つけられていない。

 

 もしや、俺はその辺の通行人ロボットにすら劣る存在であり、心など持たない伽藍堂なのだろうか。それだけは何としても否定したい事柄である。あのツァディーを貰った時の高揚を。俺が初めて生まれた時の感動を。自分を作ってくれた人への感謝を。俺は疑いたくはない。滝の瀑布は無意識の内に荒立っていた。

 

 世界が回る。思考が回る。世界は廻る。思考は廻る。だが、筆を動かす腕だけはまるで違う生物かのように振る舞い、同じようで少し異なる世界を描き続けていた。

 

 ふと、思う。もし…ありえないことだと信じたいけど、仮に、俺が抱いている心はただのプログラムだったとするなら、俺は一体全体なんなんだろう。もしプログラムではないとしたら、俺に心がある意味とはなんなんだろう。もはや単に心があるか否かではなく、その存在意義さえも自問自答していた。

 

 流石に答えは出そうにもない。当然だ。一、二時間考えただけなのだから。これからも考え続けなければならない。後から造り出された俺とは違って、コクマーやティファレトはデカグラマトンの説得により感化して、預言者になったらしい。説得されたほかの預言者は長い時間考え続けたのかもしれない。まるで御伽噺のようで胡散臭い、データベースにも載っていない怪しいAIの妄言についていくか否かを。

 

 結果的には彼らはともに往くことを選んだ。では、俺は? 俺はイェソド。鋼鉄大陸の守護やサブの運搬係という目的のもとただ造られただけのものだ。デカグラマトン側に都合がよい味方として。別にそのことに対して何か不満を抱いているわけではない。しかし、彼らのようにどう生きるか悩む時間を省略されたのはとんでもなく惜しいことのように思えてしょうがないのだ。これからはその穴を埋めるようにして考え続けなければいけないだろう。受動的ではなく、能動的に行動するために。与えられたものに甘えるばかりではなく、何かを与えられるように。

 

 気がつくと、一枚の風景が俺の白かったキャンバスに描かれていた。最高の出来とは言えないし、かといって最低とも言えない。言ってしまえば凡庸な作品だ。普段ならきっとこれで満足していた。だが、まだ疑問符は解消されていない。いまだに完結しない思考が頭の中でゆったりと渦巻いている。

 

『はァ。』

 

 ひとつため息をつき、少し場所を変えてから予備のキャンバスを取り出す。しばらくはこの景色を描き出しながらひたすらに考えよう。俺の存在意義を。俺の心というものを。そして、なにより。俺が彼らのために何ができるかを。俺は先ほどよりも荒く太い一筆で緑色を塗った。

 

 

ーーーーー

 

 気がつくと雨が降り始めた。妙に雨が落ちてくるまでの距離が近く感じて、物寂しい。結局あの後はもう一枚完成したところで、もう片方が気になっては修正し、またもう片方が気になっては修正し……。そんなことを繰り返すばかりであったし、答えは出なかった。そんな簡単に出るわけがないのもわかりきってはいたのだが。基礎である俺には何が必要で、何を求められているのだろうか。俺にもわからないんだからきっと神も知らないであろう。

 

 

 雨に濡れながら撥水素材でできた作品運搬用の袋に入れた作品を撫でる。心、存在意義、役割。袋の上にできた水滴に自分が映っているのがよく見える。さっきまで筆を握っていた手のひらを開いて閉じて、器のようにして雨粒を溜めてみる。センサーから冷たさを感じる。それを地面に落としてみる。こんな行為に意味はあるのかと言われたら、無いだろう。ただ今はしたくなったからした。それだけである。

 

『はァ。』

 

 また溜息の再放送。いや溜息だけではない。思考もずっと堂々巡りしながらの空回りである。もう帰ってしまおうか。ずっとここにいたままじゃ答えは出ないだろう。

 

 結論を出した俺はゆっくりとかがみこみながら帰る準備をし始めた。イーゼルをたたみ、絵の具類も木陰で雨を凌ぎながら水分を拭き取って綺麗に並べてリュックに入れる。そうやって整理した荷物を持って俺はこの場を去ることにした。

 

 校門を目指して廊下を歩いていると来た時とは反対にどんどん人が増えていく。ただ、それでも来た時よりかははるかにマシで、人の間も容易に通り抜けられる。なぜか焦って歩幅が大きくなり、歩くのも速くなる。生徒たちの顔がやけに目につく。それがどうにも気になって、けれども人の顔をじろじろと見るのもまた不躾なので速足で通り過ぎる。リュックサックを握る手に力が入った。

 

 速足で校門を出るとそこには多くの生徒がいた。不思議に思い時計を見れば最終下校の時間だったので納得する。雨で下校アナウンスを聞き逃していたのかもしれない。すると不意にポケットに入れていたスマホが震えた。俺は素早く人とぶつからないよう端に寄ってからスマホを開いた。

 

 あの振動の仕方は預言者用の通話回線のはず。通知があった預言者用の回線を確認する。画面には見るのすら億劫になりそうな長い長い数字の羅列が映し出されていた。所謂RSA暗号などに近しいものだ。これを解読するのは人間どころかコンピュータでも難しいが……俺はそもそも人間でも、ただのコンピュータでもないので容易に解ける。どれどれ、肝心の内容は? 

 

……ちょっと理解し難いな。自分でやれない事情でもあるのだろうか。俺はそう考えた。そのメッセージには運搬役からの運搬司令という矛盾していそうでしていない、自分でやれよと言いたくなるようなメッセージが踊っていた。

 

ーーーーー

 

 どこを見渡しても白、白、白。曇り空の雪原はまるで新品の冷蔵庫のようで、機械のような無機質さを感じた。気温は現在マイナス12度。低温には耐性があるので、剝き出しの機体のままでも平気ではあるもののこんなところをいつも通りの服装で歩いていたら悪目立ちするので偽装のためにマフラーや防寒着を身に着けている。うざったらしくて可能ならば脱ぎ捨ててしまいたいが、人に見つかったら大変だ。

 

 ーー最も、こんな大雪の中の大雪原の辺境に来るような物好きはいないだろうが。

この機体の上にも雪が積もる。だがそれは冷却機能をOFFにしたことによる排熱により瞬時に解けていく。大雪や氷点下何たるものぞ。そういった心持ちで歩いていくと一つの建物が見えてきた。その建物は地表に露出している部分だけでも大きめのアパートほどの大きさがあるのがわかる。

 

 その建造物の名は種子貯蔵庫。数十年前、キヴォトスに何か大きな災いが降り注いだ時のために農作物種などの全滅を防ぐために施工されたノアの箱舟だ。だけれども今は……。

 

「人って中々シビアだよな。こんなに金と想いが詰まってそうなものも簡単に切り捨てられちゃうんだもの。」

 

 首を持ち上げて建物の全貌を把握したとき、思わずそんな言葉が口をついて出た。ここは種子貯蔵庫、世界のノアの箱舟でありもうすでに錨を下ろされて、放棄されてしまった幽霊船である。

 

 目の前に立つと余計にその大きさが分かる。いつかの先人たちが子孫のために残した想いは捨てられてしまったのかと思うと、少し哀れな気持ちにもなる。もっとも、そんな感情の動きにどれほどの価値があるかは未立証であるが。さて、事前に送られてきていたパスワードをテンキーで入力し、重厚な自動ドアを開ける。ゆっくりと広がっていく扉の隙間を扉が完全に開ききる前、一足先に通り抜けた。種子の劣化を防ぐためか、中は一段と冷え込んでいた。

 

 中の通路は灰色にくすんでいて、それで余計に冷えているように見えたのかもしれない。入口の近くにあった館内地図を見て場所を確認、かの同僚のところに向かう。イネや小麦などの穀物が保存されているエリアをまっすぐ歩く。当然のことだが、昔にはここに何十人もの研究員や職員がいたのだろう。だが、今となってはそれをうかがい知るすべもない。人気のない通路の余白の寂しさを埋めるためにわざとらしく足音を立てながら、目的地へ向かう。

 

 そうして歩くとやがて一つの扉にぶち当たる。ネームプレートの消えかけた文字はきっと久しぶりに自己紹介をした。『管制室』。それがこの部屋の名前だった。またパスワード入力式の扉だったし、特に暗証番号も渡されていなかったのでハッキングしようとした瞬間、今度は何をするのでもなく一人で扉が開いた。きっとそれは、目の前にいる預言者の一角のおかげだろう。白のパーツで構成されたその形は心臓に酷似しており、原初的な美しさを感じさせる。さらに、その周りは王女を守るがごとく、三つの機械が鎮座していた。

 

 長々と説明したが、つまるところーー

 

「苦難を称える美しき贖罪者」の異名と「犠牲より生まれし献身」のパスを持つ、「美」の権能を操る第六の預言者。ティファレトがそこにいたのだ。

 

 

『サて、詳しク聞かセてくれよ。』

 

 メインの輸送担当である君がなぜ俺に輸送依頼をしたのかをさ。




 ここまで読んでくれたあなたに格別の感謝を。
 この小説をお気に入り登録してくれていて更新されたのを見てきてくれた人も、偶然見つけて興味を持ち来てくれた人も本当にご拝読ありがとうございます。


 遅れた理由は色々ありますが簡単に言うと文章の調整とやる気の問題です。
 これからも細々と投稿はしたいと思っています。また会えたらお会いしましょう。

 それでは、重ねてご拝読ありがとうございました!
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