秋の空気は、校舎の中まで入り込んでくる。
文化祭の日の朝、廊下はすでに匂いが混ざっていた。焼きそば、甘いもの、段ボールと絵の具。
りりはクラスの教室で、看板の前に立っている。
エプロンを腰に巻いて、腕を組んでいた。
「これ、曲がってない?」
「曲がってる」
マコトが即答する。
「直す?」
「直さないと気持ち悪い」
「だよね」
二人で脚立を動かす。
誰かが写真を撮って、誰かが呼びかける声が飛ぶ。
「りり、接客入れる?」
「あとで」
「マコトは?」
「裏」
「裏似合う」
「よく言われる」
準備がひと段落して、開場のアナウンスが流れる。
人が入ってくる。
クラスの出し物は、無難なやつだ。だからこそ、忙しい。
「いらっしゃいませー」
りりの声は、少しだけ明るい。
でも盛りすぎない。
マコトは裏で会計をしている。
お金を数えて、袋を渡す。正確で静か。
「マコト」
「なに」
「小銭足りる?」
「今は大丈夫」
「ならいい」
昼過ぎ、交代で回る時間になる。
「一周する?」
りりが聞く。
「行く」
廊下は、朝より騒がしい。
知らない学校の人、他クラスの友だち、全部が行き交う。
「どこ行く」
「決めてない」
「文化祭なのに」
「だから」
展示室に入る。
よく分からない研究発表。文字が多い。
「読む?」
「流す」
「同意」
次はお化け屋敷。
入口で止まる。
「入る?」
「……りりが行くなら」
「怖い?」
「苦手」
「じゃあやめよ」
「いいの?」
「無理させる理由ない」
屋外に出る。
風が少し冷たい。
「マコトさ」
「なに」
「文化祭、楽しい?」
少しだけ間ができる。
「……忙しいのは、嫌いじゃない」
「楽しいとは言わないんだ」
「言わなくても、来てる」
「それ、あたしの言い方」
「学習した」
ベンチに座る。
紙コップの飲み物を分け合う。
「これ、微妙」
「文化祭の味」
「思い出補正込み」
「込みすぎ」
ステージの方から音楽が聞こえる。
歓声が上がる。
「見に行く?」
「遠くからでいい」
「同意」
二人は動かない。
でも、音はちゃんと聞いている。
夕方が近づく。
片付けの時間。
教室に戻って、装飾を外す。
朝より静かだ。
「終わったね」
りりが言う。
「終わった」
「早かった」
「気づいたら」
ゴミ袋をまとめて、外に出る。
空は、秋の色をしている。
「ねえ、マコト」
「なに」
「文化祭の思い出ってさ」
「うん」
「派手なのじゃなくてもいいよね」
「むしろ、そっちが残る」
「だよね」
校門の前で立ち止まる。
「また来年も」
りりが言いかけて、止める。
「……うん」
マコトはそれだけ返した。
文化祭は特別な日だったはずなのに、
二人に残ったのは、
一緒に忙しかった時間と、
名前を呼び合った回数だけだった。
秋は、そういうものを、
ちゃんと残していく。