大晦日は、時間が変な速さで進む。
急いでいるわけでもないのに、気づくと夜になっている。
マコトは自分の部屋にいた。
机の上には、終わらせきれなかったノートと、スマホ。
テレビはつけていない。
カウントダウンは、たぶん聞こえる。
ペンを置いて、窓を見る。
外は静かで、寒い。
「もうすぐか」
誰に言うでもなく、呟く。
スマホが震える。
【りり:年越し何してる?】
少し間を置いて、返す。
【マコト:部屋。りりは?】
返事はすぐ来る。
【りり:母の実家。親戚いてうるさい】
【マコト:想像できる】
向こう側の音が、なんとなく浮かぶ。
【りり:逃げたい】
【マコト:無理だね】
【りり:冷たい】
【マコト:事実】
マコトは椅子にもたれる。
【りり:去年何してたか覚えてる?】
少し考える。
【マコト:覚えてない】
【りり:だよね】
【マコト:今年は覚えてる】
既読がつくまで、少し間がある。
【りり:それ、ずるい】
遠くで、花火みたいな音がする。
テレビの向こうの世界。
【りり:あと何分】
【マコト:3】
マコトは時計を見る。
【りり:カウントしよ】
【マコト:ここで?】
【りり:ここで】
画面越しに、同じ時間を見る。
【マコト:2】
【りり:1】
少しだけ、間。
【りり:あ】
【マコト:あけた】
年が変わる。
何かが劇的に変わる感じはしない。
でも、線は引かれた。
【りり:あけましておめでとう】
【マコト:おめでとう】
【りり:今年もよろしく】
【マコト:こちらこそ】
マコトはスマホを置く。
深呼吸を一つ。
机の上のノートを閉じる。
一方で、りりは別の部屋にいた。
リビングの笑い声から少し離れて。
スマホの画面は暗くなっている。
でも、胸のあたりは静か。
「来年も、まあいい年でしょ」
独り言みたいに言って、
また賑やかな方へ戻る。
同じ夜、同じ年明け。
場所は違う。
でも、
同じ瞬間を知っているということが、
ちゃんと二人をつないでいた。
新年が明けて、正月二日。
元日ほどじゃないけど、神社はまだ人が多い。
「人、いるね」
りりが言う。
「想定内」
「嫌そう」
「嫌ではない」
「じゃあ?」
「覚悟してる」
「強」
二人はコートを着て並んで歩く。
りりはいつもより少しだけ落ち着いた色の服。
「マコト、初詣いつぶり?」
「毎年」
「意外」
「行かない理由がない」
「理由派だもんね」
境内に入ると、空気が変わる。
冷たくて、澄んでいる。
「寒」
「手袋」
「してる」
「じゃあ耐えて」
「雑」
賽銭箱の前に並ぶ。
前の人の背中を見ながら、少しずつ進む。
「何お願いする?」
りりが小さく聞く。
「言ったら叶わない」
「それ迷信」
「効くから」
「信じるタイプ?」
「都合のいいところだけ」
「賢」
順番が来る。
鈴を鳴らして、手を合わせる。
マコトは目を閉じる。
りりも、同じように。
願い事は、言葉にしない。
少しだけ、長い。
「長くない?」
りりが言う。
「そう?」
「あたし三秒」
「短」
「欲が少ない」
「嘘」
二人で横に逸れる。
「おみくじ」
りりが指差す。
「引く?」
「引く」
ほぼ同時に引いて、開く。
「……吉」
りりが言う。
「同じ」
「平和」
「期待値通り」
内容を読む。
「恋愛、焦るなって」
「仕事、動くなって」
「正月から否定されてる」
「現状維持推奨」
「それ好きでしょ」
境内を出て、屋台の並ぶ方へ。
「甘酒ある」
「飲む?」
「少し」
紙コップを二つもらって、手に持つ。
「熱」
「気をつけて」
「マコト、おばあちゃん」
「事実」
湯気が上がる。
「正月ってさ」
りりが言う。
「うん」
「区切り感あるけど、実感ない」
「同じ」
「でも今日、来てよかった」
「理由」
「言語化できない」
「それでいい」
人混みを抜けて、鳥居の外に出る。
少し静かになる。
「今年さ」
りりが言う。
「なに」
「去年とそんな変わんない感じでいこ」
「賛成」
「大きいことしない」
「小さいの積む」
「それ」
りりは息を吐く。
「じゃあ、帰る?」
「うん」
歩き出す。
後ろで、鈴の音が鳴る。
新しい年は、もう始まっている。
でも二人は、急がない。
並んで歩く速さだけ、
今年も変えずに。