正月明けの教室は、まだ冬休みを引きずっている。
ストーブの音と、少し鈍い空気。
マコトは席に座って、静かに固まっていた。
「……」
ノートも出していない。
鞄の中を、もう一度確認する。
「……ない」
りりが隣の席に来る。
「おはよ」
「……おはよう」
「声低」
「問題が発生した」
「なに」
マコトは小さく息を吸う。
「冬休みの宿題」
「うん」
「存在を、忘れてた」
一拍。
「……は?」
りりが、ゆっくり聞き返す。
「思い出せなかった」
「いや、そこじゃなくて」
「出たよね?」
「出た」
「結構?」
「結構」
「全部?」
「全部」
マコトは天井を見る。
「やってない」
「一枚も?」
「一文字も」
りりは、しばらく無言。
そして、口角が上がる。
「マコト、そういうミスするんだ」
「自分でも意外」
「計画派なのに」
「計画に入れ忘れた」
「致命的」
教室のざわつきが増える。
先生が入ってくる気配。
「今日提出だよね」
りりが言う。
「うん」
「言い訳は?」
「ない」
「潔」
「現実的に、どうする?」
りりは鞄を開ける。
「……あたし、終わってる」
「知ってる」
「貸す?」
「いいの?」
「写すなよ」
「しない」
「参考まで」
「守る」
先生が教卓に立つ。
「はい、冬休みの宿題出して〜」
机の上に、次々とノートが積まれる。
マコトは、りりのノートを横目で見て、
自分の白紙をそっと閉じる。
「……後でやる」
「どの後」
「放課後」
「何時間?」
「足りない」
「だよね」
提出時間が終わる。
マコトの机は、静か。
先生が来る。
「マコトさん?」
「……すみません」
「忘れた?」
「忘れました」
「正直」
「後で出します」
「今日中にね」
「はい」
先生が去る。
「生きてる?」
りりが小声で言う。
「なんとか」
「久々に見た」
「なにを」
「追い詰められてるマコト」
「嬉しくない」
「でも、ちょっと人間」
「元から」
チャイムが鳴る。
「放課後」
りりが言う。
「付き合う」
「ありがとう」
「貸しじゃないから」
「なに」
「一緒に終わらせるだけ」
マコトは、少しだけ安心した顔をする。
冬休みは終わった。
でも、日常は戻ってきた。
それだけで、少し救われる。
ーーーーーーーーーーーーーー
進路指導の日は、教室の空気が少し硬い。
配られた紙に、進学・就職の文字が並んでいる。
マコトは自分の用紙を見て、止まっていた。
「……」
りりは、隣からちらっと覗く。
「固まってる」
「見ないで」
「まだ白紙?」
「うん」
「珍し」
「考えてはいる」
「顔に出てないだけで?」
「出てないだけ」
先生が前で説明している。
「将来を見据えて」「早めに決めることが大切です」
マコトはペンを持ったまま、動かさない。
「りりは?」
「一応、書いた」
「一応って」
「進学」
「即断?」
「消去法」
「なに消したの」
「今すぐ社会」
「正直」
りりは紙を畳んで、机に伏せる。
「マコトは?」
「……わからない」
「わからないって選択肢、ないよ」
「知ってる」
「でも、ほんとに?」
マコトは少しだけ考えてから言う。
「今の延長がいい」
「延長?」
「急に変わらないやつ」
「保守」
「安心」
先生が近づいてくる。
「二人とも、どう?」
りりは即答する。
「進学です」
「うん、いいね」
次に、マコト。
「マコトさんは?」
少しの沈黙。
「……未定です」
「理由は?」
「決め手がなくて」
先生は責めない。
「それも大事な段階だね」
少し間を置いて。
「じゃあ、今日は仮でいいから書いてみようか」
「はい」
先生が離れる。
「優しい」
りりが言う。
「助かった」
「ほんとに」
マコトはペンを動かす。
ゆっくり。
「りりはさ」
「なに」
「進学したら、どうなると思う?」
「どうもならない」
「強」
「場所変わるだけ」
「友だちは?」
「作る」
「即答」
「でも」
りりは一瞬、言葉を選ぶ。
「今の全部は、持っていけない」
「うん」
「それ、ちょっとだけ、嫌」
マコトはそれを聞いて、頷く。
「わたしも」
紙に、文字を書く。
【進学(検討中)】
「検討中って」
りりが覗く。
「今の精一杯」
「まあ、マコトらしい」
チャイムが鳴る。
紙を回収される。
「答え、出た?」
りりが聞く。
「出てない」
「じゃあ」
「今日も延長」
「それ、悪くない」
二人は席を立つ。
廊下に出ると、いつもの学校の音。
将来はまだ遠い。
でも、今の隣は、ちゃんとここにある。
それで今日は、十分だった。