夜のしゃぶしゃぶ屋は、高校生には少しだけ背伸びだ。
入口で名前を書いて、少し待つ。
「腹減った〜」
ミオが言う。
「しゃぶしゃぶ久々」
「テンション上がる」
りりは壁にもたれてスマホを見ている。
マコトは、メニューの写真を眺めている。
「マコト、初?」
「初」
「え、まじ?」
「人生損してない?」
「今、回収する」
「言い方が冷静すぎ」
呼ばれて、席に案内される。
鍋が真ん中に置かれて、湯気が立つ。
「うわ、ちゃんとした鍋」
「火ついてる!」
「当たり前」
りりが言う。
「マコト、だし選ぶ?」
「おすすめで」
「主体性どこ」
肉が運ばれてくる。
「見て、ピンク」
「優勝」
ミオ、ナナ、ユイが一斉にスマホを向ける。
「マコト、撮らないの?」
「記憶派」
「かっこつけた」
肉を鍋に入れる。
「しゃぶしゃぶは」
マコトが言う。
「うん」
「入れすぎないのが大事」
「急に講義」
「先生」
「火を通しすぎると硬くなる」
「詳し」
「理屈はわかる」
「実践は?」
マコトは一枚だけ、慎重にくぐらせる。
「……今」
「早」
「それくらいでいい」
「食べる?」
「うん」
箸を口に運ぶ。
「どう?」
りりが聞く。
「……おいしい」
「感情こもってない」
「最大級」
「ほんとに?」
マコトは少し考えてから言う。
「冬に向いてる」
「評価軸そこ」
鍋が賑やかになる。
「ねえねえ」
ユイがマコトを見る。
「マコトってさ、こういうとこ慣れてる?」
「慣れてない」
「でも落ち着きすぎじゃない?」
「うるさいのは嫌い」
「じゃあ今どう」
「……許容範囲」
「評価低」
りりが肉を取って、マコトの皿に置く。
「食べな」
「ありがとう」
「野菜も食べて」
「命令形」
「健康」
ユイがにやにやする。
「りり、世話焼きじゃん」
「付き合ってる感」
「違う」
りりが即答する。
「ね」
「うん」
マコトも同時に言う。
「でもさ〜」
別の子が言う。
「この距離感、逆に謎」
「謎でいい」
りりが言う。
「完成させない」
「なにそれ哲学?」
「マコトの影響」
マコトは少しだけ目を逸らす。
「責任転嫁しないで」
肉が減って、野菜が増える。
鍋の音が、一定になる。
「マコト」
ミオが言う。
「また来よ」
「……誘われたら」
「消極的肯定」
「高校生でしゃぶしゃぶ、あり?」
「あり」
「理由」
「今日、ちゃんと楽しい」
「即答じゃん」
りりが少しだけ笑う。
「でしょ」
店を出ると、夜は冷たい。
「寒っ」
「コート意味ある?」
「ある」
マコトが言う。
「中が温かいから」
「それ好きだよね」
「持続性」
駅へ向かう道。
ミオ、ナナ、ユイは前を歩く。
りりとマコトは、少し後ろ。
「どうだった?」
りりが聞く。
「しゃぶしゃぶ?」
「全部」
マコトは少し考える。
「……悪くない」
「それ、最高評価だよ」
「知ってる」
湯気はもうない。
でも、体の奥はまだ温かい。
高校生の夜ご飯としては、十分すぎるくらいに。