終業式の日の朝は、教室が軽い。
机の中は空で、鞄だけがやけに存在感を主張している。
「今日で終わりだね」
りりが言う。
「そうだね」
マコトは頷く。
「実感ある?」
「ない」
「即答」
「春休みは、気づいたら始まってるタイプ」
「わかる」
終業式は淡々と進む。
校長の話は、誰の記憶にも残らない。
拍手。
礼。
解散。
それだけ。
教室に戻ると、ざわつきが増す。
「春休み何する〜?」
「旅行!」
「バイト!」
三人が一気に集まってくる。
「りりは?」
「未定」
「マコトは?」
「同じ」
「またその感じ」
「安定してる」
ナナが言う。
「二人ってさ、春休みも一緒にいるでしょ」
「どうかな」
りりが言う。
「予定は立てない」
「でも会う」
「たぶん」
マコトも言う。
「たぶん」
「それもう確定じゃん」
笑い声が起きる。
「じゃ、遊ぼ〜」
「連絡する〜」
三人は荷物を持って先に出ていく。
教室が少し静かになる。
「一年、終わったね」
りりが言う。
「早かった」
「早すぎ」
「何してたか、覚えてる?」
「……覚えてる」
「どこが?」
「雪の日」
「即出てくるの、それ?」
「印象的だった」
「ふーん」
りりは窓を見る。
外はもう、寒くない。
「春休みさ」
「うん」
「毎日会わなくなるね」
「そうだね」
マコトは否定しない。
「でも」
「うん」
「切れないでしょ」
「切れない」
即答。
「連絡もするし」
「会いたくなったら会う」
「曖昧」
「安心」
荷物を持って、廊下に出る。
階段を下りると、外の光が強い。
「春ってさ」
りりが言う。
「なに」
「始まり感あるけど、終わりも混ざってるよね」
「混ざってる方が、好き」
「わかる」
昇降口で靴を履き替える。
「じゃあ」
りりが言う。
「春休み」
「うん」
「なにもしない日も、ありで」
「賛成」
校門を出る。
空は明るい。
何かが終わった感じは、まだしない。
でも、続く感じはちゃんとある。
それで、この春は十分だった。
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春休みの昼は、時間がゆるい。
集合時間も、場所も、きっちりは決めていない。
「で、どこ行く?」
駅前に集まって、ミオが言う。
「決めてない」
りりが即答する。
「安定」
「マコトは?」
「聞いてない」
「えぇ」
マコトは少し考える。
「歩きながら決める?」
「それ」
「いつもそれ」
歩き出す。
コートはいらない。風が柔らかい。
「春だね」
「花粉きつ」
「それな」
「マコト大丈夫?」
「少しだけ」
「マスクしな」
「ありがとう」
商店街に入る。
「クレープある」
「食べる?」
「食べる」
りりが言う。
「即決」
列に並ぶ。
「マコト、味どうする?」
「……無難」
「つまんない」
「失敗しない」
「人生損してる」
「まだ取り返せる」
クレープを受け取って、外で食べる。
「マコト、歩きながら食べるの慣れてないでしょ」
「見抜かれてる」
「止まって食べな」
少し端に寄る。
「りりってさ」
ユイが言う。
「春休みテンション低くない?」
「通常運転」
「毎日会えないから?」
「関係ない」
「あるでしょ」
マコトは聞こえないふりをする。
「でもさ」
別の子が言う。
「二人見てると安心するんだよね」
「なにそれ」
「喧嘩しなさそう」
「しない」
「する理由がない」
二人が同時に言う。
「息合いすぎ」
笑いが起きる。
「次どこ」
「公園?」
「カフェ?」
「人多そう」
「じゃあベンチ」
「雑」
公園のベンチに座る。
桜はまだ少しだけ。
「春休み、暇?」
ナナがマコトに聞く。
「暇」
「じゃあまた呼ぶね」
「……考える」
「断り方ソフト」
りりがマコトを見る。
「来るでしょ」
「たぶん」
「確定」
風が吹く。
紙袋が揺れる。
「こういう日さ」
りりが言う。
「うん」
「後で思い出になるやつ」
「今は何もないけどね」
「それがいい」
三人が写真を撮り始める。
「マコトも入ろ」
「いや」
「強制」
真ん中に引っ張られる。
「顔固」
「自然体」
「それが固い」
シャッター音。
春休みは、まだ続く。
でも、この日が一つあれば十分だと、
誰も言わないけど、たぶん全員思っていた。