マイペースとギャル   作:5734589

2 / 34
ギャルの哲学

昼休みの後半、教室の空気は少しだけ緩む。食べ終わった弁当箱が片付けられて、机の上には教科書とスマホと、意味のない落書きが並び始める。

 

 マコトはノートの端に、意味もなく四角を描いていた。

 その線が少し歪んだところで、机の横から声がした。

 

「ねえ、マコト」

 

「なに」

 

 顔を上げると、りりが立っていた。今日はネイルの色が淡くて、逆に目立つ。マコトは一瞬それを見てから、視線を戻した。

 

「さ」

 

 りりは机に寄りかかりながら言う。

「好きってさ、どこから?」

 

 問いは軽い。

 雑談の入り口みたいな調子だった。

 

「どこからって」

 

「最初から好きってこと、なくない?」

「なんか、気づいたら、って感じじゃん」

 

 言い方は完全にギャルのそれだった。

 恋バナの前振り。

 でも、語尾に余計な熱がない。

 

 マコトは少し考えた。

 すぐに答えないのは、もう癖になっている。

 

「……区切る意味、ある?」

 

「あるでしょ」

 

「でもさ」

 マコトはペンを指で回しながら言う。

「好きになる前と後で、急に別の人になるわけじゃないじゃん」

 

「ふーん」

 

「だから、ここからって線引くの、後付けじゃない?」

 

 りりは少しだけ目を細めた。

 面白いものを見るときの顔だ。

 

「じゃあさ」

「告白とか、意味なくない?」

 

「意味はあるでしょ」

 

「どこに」

 

「確認」

 マコトは即答した。

「同じズレ方してるかどうか」

 

「ズレ方」

 

「自分が見てる相手と、相手が思ってる自分が、だいたい合ってるか」

 

 りりは黙った。

 しばらくしてから、

「マコトって、ほんと可愛げないよね」

と言った。

 

「今さら?」

 

「今さらだけど」

 

 りりはそう言って、スマホを机に置いた。

「でもさ、それ聞いてちょっと思った」

 

「なに」

 

「好きって、相手の中に自分がどう置かれてるか、気になるってことかも」

 

「それ、ほぼ同じこと言ってない?」

 

「言い方が違う」

 

「同じ」

 

 マコトはそう言い切ってから、少し間を置いた。

「でも、りりの言い方の方が、たぶん分かりやすい」

 

「でしょ」

 

 りりは満足そうでもなく、不満そうでもなく、ただ頷いた。

 

「ねえ、もう一個いい?」

 

「まだあるの」

 

「ある」

 

 りりは少し考える素振りをしてから、言った。

 

「じゃあさ、相手が変わっちゃったら、好きも終わり?」

 

 今度は、さっきよりも少しだけ静かな声だった。

 

 マコトは即答しなかった。

 ノートの四角を、もう一度なぞる。

 

「変わったって思う時点でさ」

 

「うん」

 

「たぶん、前のままを見ようとしてるんだと思う」

 

「なにそれ」

 

「だから」

 マコトは顔を上げて、りりを見る。

「終わったって言うより、追いついてないだけ」

 

 りりは一瞬、言葉を探すみたいに黙った。

 それから、短く息を吐く。

 

「……ほんと、めんどくさいこと言うよね」

 

「今さら」

 

「でも嫌いじゃない」

 

 それは告白でも、冗談でもなかった。

 事実を並べただけの声だった。

 

 チャイムが鳴る。

 

「ありがと」

 りりは立ち上がりながら言う。

「今日のやつ、わりと使える」

 

「どこで」

 

「人生」

 

「雑すぎ」

 

 りりは笑わなかった。

 でも、歩き去る背中は少しだけ軽かった。

 

 マコトはノートを閉じながら思う。

 この人は、派手なくせに、答えを欲しがらない。

 

 ただ、問いを投げてくる。

 それが、妙に心地よかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。