昼休みの後半、教室の空気は少しだけ緩む。食べ終わった弁当箱が片付けられて、机の上には教科書とスマホと、意味のない落書きが並び始める。
マコトはノートの端に、意味もなく四角を描いていた。
その線が少し歪んだところで、机の横から声がした。
「ねえ、マコト」
「なに」
顔を上げると、りりが立っていた。今日はネイルの色が淡くて、逆に目立つ。マコトは一瞬それを見てから、視線を戻した。
「さ」
りりは机に寄りかかりながら言う。
「好きってさ、どこから?」
問いは軽い。
雑談の入り口みたいな調子だった。
「どこからって」
「最初から好きってこと、なくない?」
「なんか、気づいたら、って感じじゃん」
言い方は完全にギャルのそれだった。
恋バナの前振り。
でも、語尾に余計な熱がない。
マコトは少し考えた。
すぐに答えないのは、もう癖になっている。
「……区切る意味、ある?」
「あるでしょ」
「でもさ」
マコトはペンを指で回しながら言う。
「好きになる前と後で、急に別の人になるわけじゃないじゃん」
「ふーん」
「だから、ここからって線引くの、後付けじゃない?」
りりは少しだけ目を細めた。
面白いものを見るときの顔だ。
「じゃあさ」
「告白とか、意味なくない?」
「意味はあるでしょ」
「どこに」
「確認」
マコトは即答した。
「同じズレ方してるかどうか」
「ズレ方」
「自分が見てる相手と、相手が思ってる自分が、だいたい合ってるか」
りりは黙った。
しばらくしてから、
「マコトって、ほんと可愛げないよね」
と言った。
「今さら?」
「今さらだけど」
りりはそう言って、スマホを机に置いた。
「でもさ、それ聞いてちょっと思った」
「なに」
「好きって、相手の中に自分がどう置かれてるか、気になるってことかも」
「それ、ほぼ同じこと言ってない?」
「言い方が違う」
「同じ」
マコトはそう言い切ってから、少し間を置いた。
「でも、りりの言い方の方が、たぶん分かりやすい」
「でしょ」
りりは満足そうでもなく、不満そうでもなく、ただ頷いた。
「ねえ、もう一個いい?」
「まだあるの」
「ある」
りりは少し考える素振りをしてから、言った。
「じゃあさ、相手が変わっちゃったら、好きも終わり?」
今度は、さっきよりも少しだけ静かな声だった。
マコトは即答しなかった。
ノートの四角を、もう一度なぞる。
「変わったって思う時点でさ」
「うん」
「たぶん、前のままを見ようとしてるんだと思う」
「なにそれ」
「だから」
マコトは顔を上げて、りりを見る。
「終わったって言うより、追いついてないだけ」
りりは一瞬、言葉を探すみたいに黙った。
それから、短く息を吐く。
「……ほんと、めんどくさいこと言うよね」
「今さら」
「でも嫌いじゃない」
それは告白でも、冗談でもなかった。
事実を並べただけの声だった。
チャイムが鳴る。
「ありがと」
りりは立ち上がりながら言う。
「今日のやつ、わりと使える」
「どこで」
「人生」
「雑すぎ」
りりは笑わなかった。
でも、歩き去る背中は少しだけ軽かった。
マコトはノートを閉じながら思う。
この人は、派手なくせに、答えを欲しがらない。
ただ、問いを投げてくる。
それが、妙に心地よかった。