春休みの平日。
人の少ない時間帯を選んで、二人は電車に乗った。
「なんで海」
マコトが言う。
「行ったことなかった」
「嘘」
「冬は寒いし」
「夏は混む」
「今しかない」
「理屈は通ってる」
窓の外が、少しずつ開けていく。
街の色が薄くなって、空が広くなる。
駅を出ると、風が違う。
「寒」
りりが言う。
「言うと思った」
「でも来た」
「来たね」
歩いていくと、海が見える。
青というより、灰色に近い。
「思ってたのと違う?」
マコトが聞く。
「違うけど」
「うん」
「これはこれで」
砂浜に出る。
靴が少し沈む。
「靴、汚れる」
「気にしないタイプ?」
「気にするけど、今日は許す」
「春だから?」
「そう」
波の音が、一定で続く。
「泳がないよね」
「当然」
「じゃあ、なにする」
りりは少し考える。
「歩く」
「以上?」
「以上」
二人は並んで歩く。
足跡が、すぐに消える。
「海ってさ」
マコトが言う。
「うん」
「目的なく来る場所かも」
「イベント向きじゃない」
「今、イベントないし」
「ないね」
りりはポケットから小さな貝殻を拾う。
「かわいい」
「持って帰る?」
「うーん」
少し迷って、砂に戻す。
「置いてく」
「それもいい」
風が強くなる。
髪が乱れる。
「りり」
「なに」
「寒い?」
「ちょい」
「無理しないで」
「大丈夫」
「信用低」
「でも」
りりは海を見る。
「来てよかった」
「理由」
「今、静か」
マコトも頷く。
「学校から、遠い感じする」
「春休みっぽ」
「うん」
ベンチに座る。
缶コーヒーを二つ買う。
「苦」
「それ選んだのマコト」
「自分の責任」
「大人」
日が少し傾く。
「そろそろ帰る?」
「うん」
「名残惜しい?」
「少し」
「また来る?」
「季節変えて」
「夏は?」
「たぶん来ない」
「だよね」
駅へ戻る道。
振り返ると、海は変わらない顔をしている。
「今日さ」
りりが言う。
「うん」
「写真撮ってないね」
「記憶派」
「マコトの影響」
「責任転嫁」
二人は笑わない。
でも、空気が柔らかい。
春の海は、何も約束しない。
でも、行ってみたことだけは、
ちゃんと残った。
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春休み明けの朝は、空気が新しい。
でも校舎は同じで、靴箱の位置も変わらない。
りりは下駄箱で立ち止まる。
「同じ」
貼り出された名簿を見て、言う。
「同じだね」
マコトも隣で頷く。
「珍しく、喜んでる?」
「別に」
「でも声が平ら」
「安心してるだけ」
教室に入ると、ざわっとする。
「うちら同じじゃん!」
「まじで!?」
三人が一斉に集まってくる。
「りり〜」
「マコトも〜」
「またよろしく」
マコトが言う。
「固」
「でも安心」
席はまだ仮。
好きに座っていいと言われる。
りりは迷わず、窓側へ行く。
マコトも、その隣。
「考えなかった?」
「考えなかった」
「だよね」
先生が入ってくる。
「今年一年、よろしくね」
簡単な挨拶。
名前を呼ばれて、出席を取る。
「りり」
「はーい」
「マコト」
「はい」
同じ教室で、同じ順番。
それだけで、少し笑いそうになる。
休み時間。
「春休み、どうだった?」
ミオが聞く。
「まあまあ」
「海行った」
りりが言う。
「え、誰と?」
「マコト」
一瞬、間。
「え、二人で?」
「うん」
「また距離詰めてない?」
「詰めてない」
「並んでただけ」
マコトが言う。
「余計わからん」
「でも良くない?」
「良い」
「平和」
チャイムが鳴る。
「また一年、始まるね」
りりが言う。
「始まる」
「どうする?」
「どうもしない」
「それでいこ」
窓の外は、もう春。
新しいクラス。
新しい年度。
でも、隣の席は変わらない。
それだけで、
今年はたぶん、うまくいく。