マイペースとギャル   作:5734589

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芝とギャル

夕方の住宅街は、音が少ない。

 マコトはリードを握って、歩いてた。

 

「……待って」

 

 足元の芝犬が、ぴょん、と跳ねる。

 尻尾が忙しい。

 

「そんなに急がなくていい」

 

 言っても聞かない。

 人を見つけるたびに、全力で向かおうとする。

 

「だめ」

 

 制止すると、座る。

 でも目は輝いてる。

 

「感情、顔に出すぎ」

 

 次の瞬間。

 

「え」

 

「マコト?」

 

 声がして、顔を上げる。

 

「あ、こんばんは……じゃなくて、やっほ」

 

「なにそれ、犬!?」

 

 次の瞬間、芝犬が吠える前に走る。

 リードがぐっと引っ張られる。

 

「ちょ、待って——」

 

 止まらない。

 

「かわいい!!」

 

 ミオがしゃがむ。

 

 芝犬は全力で近づいて、

 躊躇なく、膝に前足をかける。

 

「距離感どうなってんの」

 

 尻尾が千切れそう。

 

「え、なにこの子」

「天使じゃん」

 

「人懐っこい」

 

「異常に?」

 

「異常に」

 

 芝犬は、顔を舐めようとする。

 

「うわ、だめだめ!」

「でも可愛い!」

 

 マコトはリードを短く持つ。

 

「ごめん、飛ぶ」

 

「いいって!全然いい!」

 

 芝犬は満足そうに座って、

 今度は腹を見せる。

 

「もう信頼してんじゃん」

 

「早い」

 

「名前なに?」

 

「ハル」

 

「ハル〜!」

 

 呼ばれると、即反応。

 

「反応よすぎ」

 

「誰にでも」

 

「最高すぎ」

 

 しばらく撫でられる。

 

「マコトが散歩してんの、なんか新鮮」

 

「生活感ある?」

 

「あるある」

 

「それ、どういう意味」

 

「学校のマコトと違う感じ」

 

 芝犬が立ち上がって、また尻尾。

 

「行く?」

 

「うん」

 

 歩き出すと、ミオも自然に並ぶ。

 

「りりには言った?」

 

「犬のこと?」

 

「ううん」

 

「絶対会わせたいんだけど」

 

「引っ張るよ」

 

「むしろ引っ張られたい」

 

 芝犬がまた人を見つけて、テンションが上がる。

 

「この子、全人類好きでしょ」

 

「たぶん」

 

「平和すぎ」

 

 角で別れる。

 

「じゃ、またね」

 

「また」

 

「ハル〜、バイバイ!」

 

 芝犬は、全力で見送る。

 

 曲がっても、振り返る。

 

 芝犬は満足そうに歩く。

 

 マコトは少しだけ、世界が広がった気がした。

 

 学校の外で会うと、関係は少し違って見える。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

昼休みの教室は、ざわざわしてる。

 りりは机に腰掛けて、ストローで紙パックを潰してた。

 

「ねえりり」

 

 ミオが言う。

 

「なに」

 

「マコトさ」

 

「うん」

 

「犬飼ってる」

 

 りりの手が止まる。

 

「……は?」

 

「芝犬」

 

「初耳」

 

「しかもさ」

 

 ちょっと溜める。

 

「異常に人懐っこい」

 

「なにそれ」

 

「散歩中に会ったんだけど」

 

「マコトが?」

 

「そう。普通に」

 

「生活感あるな」

 

「ある」

 

 りりはマコトの方を見る。

 窓際の席で、教科書を読んでる。

 

「言ってた?」

 

「なにも」

 

「隠す理由なくない?」

 

「だよね」

 

 りりは立ち上がる。

 

「聞く」

 

「今?」

 

「今」

 

 マコトの机の前に行く。

 

「マコト」

 

「なに」

 

「犬」

 

 一語。

 

「……誰から」

 

「ミオ」

 

「会った?」

 

「散歩中」

 

「納得」

 

 マコトは観念したみたいに言う。

 

「芝犬」

 

「知ってる」

 

「人懐っこい」

 

「それも聞いた」

 

「異常に」

 

「そこ強調されてた」

 

 りりは少し笑う。

 

「名前」

 

「ハル」

 

「かわ」

 

「本人もかわいい」

 

「自覚ある?」

 

「ない」

 

 りりは腕を組む。

 

「なんで言わなかった」

 

「聞かれなかった」

 

「そういうとこ」

 

「悪い?」

 

「悪くないけど」

 

 チャイムが鳴る。

 

「今日、散歩ある?」

 

「ある」

 

「会いに行く」

 

「来る?」

 

「行く」

 

 即決。

 

「吠えるよ?」

 

「吠えられてもいい」

 

「飛ぶよ?」

 

「飛ばれてもいい」

 

「覚悟すご」

 

 りりは席に戻りながら言う。

 

「マコトの家、平和そう」

 

「犬いるから」

 

「それが理由?」

 

「それも」

 

 昼休みが終わる。

 

 りりはもう、

 芝犬のことで頭がいっぱいだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

放課後。

 校門を出たところで、りりは立ち止まる。

 

「ねえ」

 

「なに」

 

「今日」

 

「うん」

 

「ほんとに行く」

 

「知ってる」

 

「確認」

 

 マコトは少しだけ息をつく。

 

「寄り道になる」

 

「知ってる」

 

「犬、暴れる」

 

「それも聞いた」

 

「覚悟ある?」

 

「ある」

 

 住宅街に入る。

 マコトの歩幅が少し遅くなる。

 

「このへん」

 

「静か」

 

「いつも」

 

 家の前で、マコトが鍵を開ける。

 

「待ってて」

 

「うん」

 

 少しして、玄関が開く。

 

「……出るよ」

 

 次の瞬間。

 

 芝犬発射。

 

「え」

 

「ちょ、待って——」

 

 リードがつく前に、りりの方へ一直線。

 

「うわ!」

 

 どん、という勢い。

 

「なにこの子!」

 

 芝犬は尻尾を全力で振りながら、

 りりの脚に前足をかける。

 

「距離感!」

 

「言った」

 

「聞いてたけど想像超え!」

 

 マコトがリードをつける。

 

「ハル」

 

 名前を呼ばれると、芝犬は一瞬で座る。

 

「賢」

 

「たまに」

 

 りりはしゃがむ。

 

「かわい……」

 

 芝犬は即、顔を近づける。

 

「近!」

 

「初対面だよ!」

 

 舐められる。

 

「ちょ、やめ——」

 

 でも笑ってる。

 

「人類、全員好き」

 

「否定できない」

 

 散歩に出る。

 

 ハルは前を引っ張る。

 

「力ある」

 

「ある」

 

「毎日これ?」

 

「ほぼ毎日」

 

「筋トレじゃん」

 

「脚は鍛えられる」

 

 歩きながら、りりが言う。

 

「マコトが散歩してるの、想像できなかった」

 

「生活してる」

 

「してるの知った」

 

 ハルが急に止まる。

 

「なに」

 

「匂いチェック」

 

「真剣」

 

 また歩き出す。

 

「ねえ」

 

「なに」

 

「ハルさ」

 

「うん」

 

「マコトに似てる」

 

「どこが」

 

「静かそうに見えて、急に来る」

 

「失礼」

 

「褒めてる」

 

 公園に着く。

 

 ハルは嬉しそう。

 

「走らせる?」

 

「少し」

 

 リードを緩める。

 

 芝犬がくるっと回って、また戻ってくる。

 

「戻ってくるの早」

 

「寂しがり」

 

「かわ」

 

 ベンチに座る。

 

「今日さ」

 

 りりが言う。

 

「うん」

 

「来てよかった」

 

「理由」

 

「マコトの世界、ちょっと見れた」

 

 マコトは、少し考える。

 

「変じゃない?」

 

「全然」

 

「普通すぎ」

 

「それがいい」

 

 ハルが二人の間に座る。

 

 ぴったり。

 

「陣取られた」

 

「真ん中好き」

 

「空気読むなあ」

 

 夕日が傾く。

 

「また来てもいい?」

 

「……いい」

 

「即答じゃないんだ」

 

「考えた」

 

「でも許可出た」

 

「条件つき」

 

「なに」

 

「おやつ持参」

 

「任せて」

 

 ハルの尻尾が、また忙しくなる。

 

 その日から、散歩は三人になることが増えた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 夕方。

 マコトはハルのリードを持って歩いてた。

 

「ゆっくり」

 

 言葉とは逆に、ハルは前へ前へ行く。

 人影を見つけるたび、尻尾が加速する。

 

「今日は遭遇しそう」

 

 根拠はない。

 

 角を曲がったところで。

 

「……え」

 

「マコト?」

 

「それ、犬?」

 

 声が二つ重なる。

 

「こんばんは」

 

「こんばんはじゃなくてさ」

「なにそれ、でか」

 

 ナナとユイ、二人。

 

「散歩」

 

「見ればわかる」

 

 ハルは二人をロックオンして、

 躊躇なく突進する。

 

「ちょ——」

 

「きた!」

「かわいい!!」

 

 片方がしゃがみ、

 もう片方は少し距離を取りつつも笑ってる。

 

「触っていい?」

 

「どうぞ」

 

「人懐っこすぎ」

 

 ハルは順番に撫でられて、満足そう。

 

「芝犬だよね」

 

「うん」

 

「名前は?」

 

「ハル」

 

「絶対いい子じゃん」

 

 尻尾が止まらない。

 

「りり、今日いないんだ」

 

「知ってる?」

 

「一緒じゃないの珍しくない?」

 

「今日は一人」

 

「へえ」

 

 少しだけ、間。

 

「ねえマコト」

 

「なに」

 

「りりとさ」

 

「うん」

 

「ほんと仲いいよね」

 

 マコトは、少し考える。

 

「普通」

 

「その普通、距離近い」

 

 もう一人が言う。

 

「でもマコトさ」

 

「なに」

 

「一人のときも、ちゃんと面白い」

 

「褒めてる?」

 

「褒めてる」

 

 ハルがまた割り込む。

 

「ほら、見て」

 

「真ん中陣取るタイプ」

 

「りりに似てない?」

 

「それは失礼」

 

 歩き出す。

 

「どこまで行くの?」

 

「公園」

 

「ついてっていい?」

 

「どうぞ」

 

 自然に並ぶ。

 

「りりがいないとさ」

 

 一人が言う。

 

「マコト、ちょっと喋るね」

 

「そう?」

 

「うん」

 

「普段、聞き役だから」

 

「今日は犬がいる」

 

「犬、会話の潤滑油」

 

 公園で少し話す。

 

「また会うかもね」

 

「この時間帯?」

 

「うん」

 

「じゃ、また」

 

 別れる。

 

 帰り道。

 

「……不思議」

 

 マコトが言う。

 

 ハルは尻尾を振る。

 

 りりがいなくても、関係はちゃんと続いていく。

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