夏。
照り返しが強くて、空がやたら近い。
「暑っ」
「知ってる」
「でも来た」
「プールだから」
りりが言う。
更衣室を出て、合流する。
「マコト、思ったより普通」
「どういう意味」
「水着の話」
「期待してた?」
「してない」
「嘘」
ナナが笑う。
「てか人多」
「夏だし」
「若いし」
「うちらも」
プールサイドを歩く。
水の音と、はしゃぐ声。
「入ろ」
「入ろ」
冷たい水。
「生き返る」
「わかる」
少し泳いで、浮き輪に掴まる。
「ねえ」
りりが言う。
「なに」
「マコト、焼けない?」
「焼ける」
「日陰行こ」
「即決」
移動した瞬間。
「ねえねえ」
声がかかる。
「五人?」
「そう」
男子二人。
テンプレみたいな笑顔。
「一緒にどう?」
りりが一瞬、マコトを見る。
「どうする」
「任せる」
「じゃ」
りりが言う。
「今、女子会なんで」
「そっかー」
「またね」
あっさり。
離れていく。
「対応、早」
「疲れるから」
「マコトなら?」
「断る」
「理由」
「犬が待ってる」
「万能」
ナナが言う。
「でもさ」
「なに」
「マコト、変にモテそう」
「ない」
「ある」
「地味枠で」
「それ一番強い」
マコトは肩をすくめる。
「知らない」
波に揺れる。
少しして、また声。
「すみません」
今度は一人。
「写真撮ってもらえます?」
「それなら」
マコトが受け取る。
「はい」
撮って、返す。
「ありがとうございました!」
去っていく。
「ナンパじゃなかった」
「平和」
りりが言う。
「でもさ」
「うん」
「こういうとこ来ても」
「うん」
「結局、五人で固まってるよね」
「安心ゾーン」
「だね」
夕方。
水面がオレンジに光る。
「帰る?」
「帰ろ」
「アイス買って」
「当然」
プールを出る。
騒がしかった一日。
でも、
一番楽しかったのは、たぶん雑談だった。
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休日。
駅前のショッピングモール。
「到着〜」
「マコト、覚悟して」
「なにを」
「服」
「聞いてない」
「聞いてた」
りりが言う。
「今日はね」
「あたしたちの趣味を」
「マコトに反映させる日」
「言い方」
店に入る。
明るい。
鏡が多い。
「とりあえずこれ」
「それも」
「あ、これ絶対似合う」
次々と服が腕にかけられる。
「……量」
「着せ替え人形になったと思って」
「思ってた」
試着室。
「はい、まず一つ目!」
カーテンを開ける。
「……どう?」
一瞬、静か。
「え」
「普通に良くない?」
「なんで今までその路線じゃなかった」
「本人の意思」
「意思、弱いから上書き」
りりが近づく。
「マコト」
「なに」
「それ、反則」
「なにが」
「静かに可愛い」
「褒めてる?」
「確定」
次。
「はい次!」
「休憩は」
「ない」
違うトップス、スカート、羽織。
「ちょっと待って」
「似合う」
「待たない」
鏡の前。
「……誰」
「マコト」
「知ってる」
「でも新しい」
りりが腕を組む。
「ね」
「うん」
「素材いいのに」
「放置されてた」
「今日で救済」
ナナが言う。
「てかさ」
「なに」
「このマコトで歩いてほしい」
「どこを」
「学校」
「ざわつく」
「それがいい」
最後。
「これで決まり」
「決まりって」
「買う」
「え」
「みんなで出す」
「だめ」
「じゃあ一部」
「交渉成立」
紙袋が増える。
「重」
「責任」
フードコート。
「疲れた?」
「正直」
「楽しかった?」
「……少し」
「ほら」
りりが言う。
「マコトさ」
「なに」
「自分で選ばない服」
「似合うんだよ」
「知った」
「世界広がった?」
「一ミリ」
「十分」
紙袋を持つ手が、少しだけ軽く感じた。
選ばれる時間も、悪くなかった。
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休日の午後。
マコトの家の前。
「ここ?」
「ここ」
「普通の住宅街」
「犬いそう」
「偏見」
インターホンが鳴る前に、
中から物音。
「……来てる」
扉が開いた瞬間。
芝犬、発射。
「うわ!!」
「きた!!」
「待って距離感!!」
ハルは一切ためらわず、
五人の足元を回り、
順番に匂いを確認する。
「全員チェック入った」
「合格らしい」
りりがしゃがむ。
「久しぶり、ハル」
即、尻尾最大出力。
「覚えてるじゃん」
「人類みんな好きなだけ」
「でもテンション違くない?」
「りり、特別枠」
「でしょ」
ミオが紙袋を掲げる。
「見て見て〜」
「今日の目的」
「犬用おやつ」
「高いやつ」
「人間よりいい」
マコトは一瞬固まる。
「……あげすぎないで」
「わかってる」
「たぶん」
「信用低」
庭先に出る。
「おすわり!」
誰かが言う。
ハル、一応座る。
「賢!」
「たまに」
「お手!」
勢いよく前足。
「ちょ、近い!」
「顔近い!」
「かわいい!!」
りりが言う。
「あたしがあげる」
「はい」
おやつを見せた瞬間、
ハルの集中力が一点に集まる。
「目、真剣」
「プロ」
ぱく。
即、次を期待する目。
「……まだあるよね?」
「顔で催促すな」
「次、あたし!」
「順番!」
マコトが制止する。
「一個ずつ」
「はーい」
「厳しい飼い主」
「甘いけどね」
ハルは五人の間を行ったり来たり。
「ねえマコト」
「なに」
「この子さ」
「うん」
「完全にアイドル」
「否定しない」
最後のおやつ。
「はい、終わり」
ハル、一瞬フリーズ。
「顔」
「理解してない」
「今日はここまで」
しばらくして、
諦めてりりの足元に座る。
「拗ねた」
「かわ」
「ずるい」
りりが頭を撫でる。
「ねえマコト」
「なに」
「この家、平和すぎない?」
「犬がいるから」
「それだ」
夕方の風。
「また来ていい?」
「条件あり」
「なに」
「おやつ持参」
「任せて」
ハルの尻尾が、また動く。
この家は、いつの間にか集合場所になっていた。
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放課後。
マコトの家。
ハルは床に転がって、腹を出してる。
完全に油断。
「平和」
「犬、溶けてる」
「動く気ないね」
りりがクッションにもたれる。
「ねえマコト」
「なに」
「さっきからそれ、なに読んでんの」
マコトの手元。
文庫本。
「小説」
「それは見ればわかる」
「タイトル」
少し間。
「……静かなやつ」
「答えになってない」
ユイが覗き込む。
「え、しおり何本挟んでんの」
「再読用」
「ハマりすぎ」
「珍しくない?」
マコトは本を閉じる。
「派手な話じゃない」
「でも?」
「登場人物が、考えてばっかり」
「マコトじゃん」
「失礼」
りりが言う。
「どんな話」
「日常」
「事件なし?」
「ほぼ」
「なのに読む?」
「読む」
少し考えて、続ける。
「言葉にしない感情が多い」
「それ、好きそう」
「たぶん」
ミオが言う。
「ねえ、それ」
「うん」
「貸して」
マコト、目を瞬く。
「読むの?」
「読む」
「難しくない?」
「やってみる」
他のメンバーも乗る。
「回し読みしよ」
「感想言うやつ」
「マコト会、開催」
「逃げたい」
「逃がさない」
りりが本を取る。
「最初の一文、どんな感じ」
「……静か」
「またそれ」
ページをめくる。
「……あ」
りりの声が変わる。
「なに」
「なんか」
「刺さる?」
「まだ一行なのに」
マコトは少しだけ安心する。
「ねえ」
ミオが言う。
「これさ」
「うん」
「マコトが好きな理由、わかる気する」
「どういう意味」
「説明しないのに、ちゃんとある感じ」
マコトは答えない。
代わりに、ハルが起き上がってあくびをする。
「作者、誰?」
「教える」
「続き、どこから面白い?」
「途中から」
「信用できない」
「でも読むでしょ」
「読む」
りりが本を抱える。
「あたしさ」
「うん」
「マコトの好きなもの、知るの好き」
「急に」
「静かだけど」
「ちゃんと深い」
「褒めてる?」
「確定」
夕方の光が、ページに落ちる。
好きなものを誰かが手に取る瞬間は、
思ったより、嬉しい。
マコトは、そう思った。