マイペースとギャル   作:5734589

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微睡む午後

テストは、思ったより早く返ってきた。

 昼休み前の中途半端な時間で、教室の空気が少しだけざわつく。

 

「はい、順番に回して」

 

 教師の声と一緒に、答案用紙の束が前から後ろへ流れてくる。紙の擦れる音が、妙に現実的だった。

 

 マコトは自分の答案を受け取って、すぐに点数を見る。

 悪くはない。

 良くもない。

 

 まあ、こんなもんだと思う。

 見直しもしないで、机の端に置いた。

 

 後ろから、紙が一枚、軽く机に落ちる音がした。

 りりの分だ。

 

 りりは答案を受け取ると、一瞬だけ数字を見て、それから折り畳んだ。表情は変わらない。

 

「どうだった?」

 

 マコトが小さく聞く。

 

「んー、まあまあ」

 

「まあまあって、大体いいやつじゃん」

 

「そう?」

 

 りりはそう言って、机に頬杖をついた。

 マコトは少しだけ気になって、りりの答案を覗いた。

 

「……高くない?」

 

「そうでもない」

 

「いや、普通に高い」

 

「マコト基準でしょ」

 

「基準にしても」

 

 マコトは自分の点数と見比べて、鼻で小さく息を吐いた。

「負けたわ」

 

「勝ち負けじゃないでしょ」

 

「でも悔しい」

 

「珍しいね」

 

「そっちが」

 

 りりは一瞬だけ考えてから、

「暗記、嫌いじゃない」

と言った。

 

「ギャルなのに?」

 

「関係なくない?」

 

「まあ、関係ないか」

 

 マコトはそう言いながら、答案の余白を指でなぞる。

「てかさ」

 

「なに」

 

「りり、授業あんま聞いてない顔してるのに」

 

「聞いてる時もある」

 

「どの時」

 

「黒板がうるさくない時」

 

「意味わかんない」

 

「わかんなくていい」

 

 りりはそう言って、答案を鞄にしまった。

 点数の話は、それで終わりだった。

 

 周りでは、

「やばい、低すぎ」

「親に殺される」

と、分かりやすい悲鳴が上がっている。

 

 りりはそれを聞き流して、マコトを見る。

 

「マコトはさ」

 

「ん」

 

「点数、ちゃんと気にするタイプ?」

 

「気にするけど、期待はしてない」

 

「それ、いちばん疲れない?」

 

「たぶんね」

 

 少し間があって、マコトが続ける。

「りりは?」

 

「期待してない」

 

「でも取るよね」

 

「取れる時は」

 

「雑」

 

「事実」

 

 マコトは笑いそうになって、やめた。

 この人は、勝っても勝ちにしない。

 

 チャイムが鳴る。

 

「次、移動だっけ」

 

「うん」

 

「一緒に行く?」

 

「行く」

 

 それも、確認だけだった。

 

 廊下に出ると、答案を見せ合う声があちこちから聞こえる。

 数字に意味を持たせる人たちの声だ。

 

 マコトは、歩きながら言った。

 

「りりが点高いの、なんか腹立つ」

 

「なんで」

 

「余裕そうだから」

 

「余裕はないよ」

 

「顔が」

 

「顔は元から」

 

「それが腹立つ」

 

 りりは何も言わなかった。

 否定もしない。

 

 ただ、少しだけ歩く速度を緩めて、

 マコトが横に並ぶのを待った。

 

 テストの点数は、もうどうでもよかった。

 この並びの方が、今は現実だった。

 

午後の授業は、眠気が均等に降ってくる。

 窓の外は曇っていて、明るいのに影が薄い。雨が降りそうで降らない、そういう空だった。

 

 席替えがあったわけでもない。

 事件もない。

 誰かが泣いたり、怒ったり、告白したりもしない。

 

 ただ、時間が進んでいる。

 

 りりは頬杖をついて、黒板を見ていた。チョークの音が一定で、教師の声も抑揚が少ない。ノートは取っていない。取らなくても困らないと判断した内容は、最初から聞き流す。

 

 一つ前の列に、マコトがいる。

 背中は小さくて、姿勢は少しだけ悪い。ノートを取るスピードは遅い。考えてから書くから、間に合っていないことも多い。

 

 りりは、それを気にしているわけではない。

 ただ、見えている。

 

 教師が振り返って、黒板に何か書き足す。

 その隙に、マコトのペンが止まった。

 

 りりは、小さく紙をちぎって、丸めた。

 投げない。

 ただ、マコトの机の角に、そっと転がす。

 

 マコトは一瞬だけ首を傾げてから、後ろを見た。

 

「なに」

 

 声は小さい。

 授業を邪魔しない大きさ。

 

「今日、眠くない?」

 

「眠い」

 

「でしょ」

 

「そっちは?」

 

「普通」

 

「普通って顔じゃない」

 

 りりは返さない。

 そのまま視線を黒板に戻す。

 

 マコトも、それ以上は言わなかった。

 紙は開かれないまま、机の端に置かれる。

 

 それで十分だった。

 

 しばらくして、外で雨が降り始めた。

 気づく人と、気づかない人がいる。窓に近い席ほど、反応が早い。

 

 マコトは、窓を見てから、小さく言った。

 

「帰り、だるそう」

 

「傘ある?」

 

「ある」

 

「じゃあ平気じゃん」

 

「靴下が終わる」

 

「替え、持ってないの?」

 

「持ってない」

 

「学ばないね」

 

「りりに言われたくない」

 

 その一言は、少しだけ雑だった。

 でも、角は立っていない。

 

 りりは一瞬だけ口角を上げて、すぐに戻した。

 

 チャイムが鳴る。

 教師が「ここまで」と言う。

 

 ノートを閉じる音が重なる。

 椅子が引かれる。

 

 りりは立ち上がる前に、マコトに言った。

 

「次、体育だっけ」

 

「うん」

 

「サボる?」

 

「りりがサボるなら」

 

「じゃあ行く」

 

「じゃあ行く」

 

 理由はない。

 選択に、重さもない。

 

 廊下に出ると、湿った空気が流れてきた。

 ギャル友たちの笑い声が、遠くで弾んでいる。マコトはそちらを見ない。

 

 りりも、見ない。

 

 雨は強くも弱くもならず、一定の音で降り続ける。

 

 この日のことを、後から思い出す理由はない。

 記念日にもならない。

 関係が変わったとも言えない。

 

 ただ、

 隣にいることが、説明なしで続いている。

 

 それだけだった。

 

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