マイペースとギャル   作:5734589

5 / 34
ギャルA、B、Cと放課後

その日は、りりがいなかった。

 理由は知らない。保健室か、早退か、そういうやつだ。

 

 昼休みの教室は、少しだけうるさい。

 マコトはいつもの席で弁当を広げていた。

 

「ねえ」

 

 声をかけられて、顔を上げる。

 りりの友達の一人だった。名前は、まだ覚えきれていない。

 

「なに」

 

「マコトさ、りりと仲良いよね?」

 

 直球だった。

 マコトは一瞬、考える。

 

「……普通」

 

「普通であんな一緒にいる?」

 

「いる」

 

「へえ〜」

 

 周りのりりの友達たちが、少しだけ近づいてくる。

 囲む、というほどじゃない。興味の輪、くらい。

 

「あのさ、なんで仲良くなったの?」

 

「きっかけとかあんの?」

 

 マコトは弁当箱を閉じてから答えた。

 

「りりが、話しかけてきた」

 

「それだけ?」

 

「それだけ」

 

「理由は?」

 

「知らない」

 

「え〜」

 

 笑いが起きる。

 でも、馬鹿にする感じじゃない。

 

「りりさ、人選ぶじゃん」

 

「うん」

 

「なのにマコトなの、不思議」

 

「わたしも不思議」

 

「そこ否定しないんだ」

 

「事実だから」

 

 一人が言う。

「マコト、りりのことどう思ってんの?」

 

 少しだけ、間が空く。

 マコトは答えを急がない。

 

「……一緒にいて、疲れない」

 

「それ、好きじゃん」

 

「好きかは知らない」

 

「でも特別でしょ」

 

「特別にしないのが、りりだから」

 

 りりの友達たちは顔を見合わせる。

 

「なにそれ」

「りりっぽ」

 

 そのとき、教室のドアが開いた。

 りりが戻ってくる。何事もなかった顔。

 

「あ、りり」

 

「なに」

 

「マコトに尋問してた」

 

「やめな」

 

「だって気になるじゃん」

 

 りりはマコトを見る。

「変なこと言ってない?」

 

「別に」

 

「ならいい」

 

 それだけ言って、自分の席に座る。

 

 りりの友達の一人が、少し声を落とす。

 

「マコトさ」

 

「なに」

 

「りりって、あんたの前だと静かだよね」

 

「もともと静か」

 

「違う、そうじゃなくて」

 

 言葉を探して、

「無理してない感じ」

 

 マコトは、その表現を少し考えた。

 

「……わたしの前でも、無理してないと思う」

 

「それが不思議なんだって」

 

「じゃあ、相性」

 

「軽」

 

「重くすると、りり嫌がる」

 

 友達は、少し笑った。

 

「マコトさ、思ったより話すね」

 

「聞かれたら」

 

「じゃあさ」

 

 一人が言う。

「今度、あたしたちとも話そ」

 

「……いいよ」

 

「即答じゃないのに?」

 

「慣れた」

 

 その瞬間、

 友達は、マコトを“りりの隣の人”じゃなく、

 マコトとして見始めた。

 

 りりは、それを横目で見ていたけど、何も言わなかった。

 

 放っておいても大丈夫だと、

 最初から知っているみたいだった。

 

 放課後の廊下は、音が抜けている。

 部活に行く人、帰る人、教室に残る人。全部が混ざって、でも少し距離がある。

 

 りりとマコトは並んで歩いていた。

 今日は特に用事もない。帰る方向が同じだから、そうしているだけ。

 

「今日さ」

 

「なに、マコト」

 

「宿題、あったっけ」

 

「ないと思う」

 

「よかった」

 

「安心の基準そこなんだ」

 

 昇降口が見えてきたところで、声をかけられた。

 

「りり!」

 

 振り返ると、同じ学年の男子だった。

 名前は、マコトも知っている。クラスが近いから。

 

「ちょっと、いい?」

 

 りりは一瞬だけ立ち止まって、

「ここでいいけど」

と言った。

 

 マコトは、自然に半歩下がる。

 でも離れない。

 

「あのさ……」

 

 男子は言葉を探して、視線を落とす。

 

「前から、好きで」

 

 廊下の音が、少し遠くなる。

 

「よかったら、付き合ってほしい」

 

 りりは、すぐに答えなかった。

 困った顔もしない。ただ、考えるみたいに瞬きをする。

 

 マコトは、りりの横顔を見る。

 表情は、いつもと変わらない。

 

「あたしさ」

 

 りりが口を開く。

 

「今、誰かと付き合う気ない」

 

 それだけだった。

 

「……そっか」

 

「ごめんね」

 

「いや、大丈夫」

 

 男子は少し笑って、

「ありがとう、聞いてくれて」

と言って、去っていった。

 

 残ったのは、二人と、さっきまでより静かな空気。

 

 しばらく歩き出してから、マコトが言う。

 

「……はっきり言ったね」

 

「曖昧にする意味ないし」

 

「優しい断り方だった」

 

「そう?」

 

「うん」

 

 昇降口で靴を履き替える。

 外は夕方で、空が少しオレンジだ。

 

「マコトさ」

 

「なに」

 

「あたし、冷たかった?」

 

「全然」

 

「ならいい」

 

 校門を出て、並んで歩く。

 

「告白されるの、慣れてる?」

 

「たまに」

 

「たまにで済むの、すごい」

 

「すごくはない」

 

「わたしだったら、挙動不審になる」

 

「想像つく」

 

「ひどい」

 

 少し間が空く。

 マコトは、言うか迷ってから口を開いた。

 

「……さっき」

 

「うん」

 

「断った理由、聞いてもいい?」

 

「いいよ」

 

「なんで?」

 

 りりは前を見たまま答える。

 

「今、あたしの生活、ちょうどいいから」

 

「それだけ?」

 

「それだけ」

 

「マコトがいるから、とかじゃないんだ」

 

「それ、言ったら重いでしょ」

 

「まあ」

 

 でも、否定もしない。

 マコトは、その曖昧さをそのまま受け取る。

 

「マコトはさ」

 

「なに」

 

「あたしが誰かと付き合ったら、どうする?」

 

 質問は軽い。

 でも、少しだけ間ができる。

 

「……今と同じでいたい」

 

「へえ」

 

「変わるなら、理由が欲しい」

 

「理由、なさそう?」

 

「今のところ」

 

 りりは、それを聞いて、少しだけ口角を上げた。

 

「じゃあ、しばらくこのまんまだね」

 

「そうだね」

 

 駅に着く。

 別れる直前、りりが言う。

 

「さっきさ」

 

「うん」

 

「横にマコトいて、楽だった」

 

「……それ、褒めてる?」

 

「たぶん」

 

「なら、受け取る」

 

 電車の音が近づく。

 りりは振り返らずに手を振って、マコトはそれを見送った。

 

 特別なことは起きたはずなのに、

 帰り道に残ったのは、

 今日も一緒に帰ったという事実だけだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。