マイペースとギャル   作:5734589

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よく動いた日

体育祭の日の朝は、空気が最初から落ち着かない。

 グラウンドに引かれた白線も、テントの影も、全部が少しだけ誇張されて見える。

 

 りりはクラスの列の端に立っていた。ハチマキは巻いているけど、気合いが前に出ているわけじゃない。いつも通り、周りを見ているだけだ。

 

「りり」

 

 後ろから声がして、振り返る。

 マコトがいた。体操服が妙にきちんとしている。

 

「なに、マコト」

 

「リレー、次だよ」

 

「知ってる」

 

「……一応」

 

「ありがと」

 

 それだけのやりとり。

 でも、名前で呼ばれるのは、もう自然だった。

 

リレー

 

 りりはアンカーだった。

 理由は単純で、足が速いからでも、目立つからでもない。クラスがそう決めただけだ。

 

 バトンが近づいてくる。

 前の走者が少し遅れているのが見えた。

 

「りりー!」

 

 どこからか声が飛ぶ。

 りりは、それに反応しない。ただ、受け取る準備をする。

 

 バトンを受け取って、走る。

 無理に全力は出さない。でも、抜ける距離なら抜く。

 

 ゴールテープを切ったとき、歓声が上がった。

 りりは少し息を整えてから、振り返る。

 

 マコトが拍手していた。派手じゃないけど、ちゃんと見てた拍手。

 

「速」

 

「そう?」

 

「そう」

 

「じゃ、よかった」

 

 りりはそれだけ言って、水を飲んだ。

 

借り物競走

 

 次は借り物競走だった。

 マコトが出る番で、紙を引く。

 

 書いてあったのは、

「一番静かな人」

 

 マコトは一瞬、紙を見てから、顔を上げた。

 視線は、迷わずりりに向く。

 

「……りり」

 

「なに」

 

「来て」

 

「やだ」

 

「借り物」

 

「雑」

 

 そう言いながらも、りりは歩いてくる。

 腕を掴まれて、一緒に走る。

 

 周りがざわつく。

 ギャルと地味な子、という分かりやすい図だから。

 

 ゴールして、紙を見せる。

 判定は通った。

 

「静か、ではあるよね」

 

 実況の声に、りりは小さく息を吐く。

 

「マコトさ」

 

「なに」

 

「あたし、静かって言われたの初めて」

 

「わたしは納得してる」

 

「どういう意味」

 

「騒がないだけで、ちゃんといる」

 

「それ、褒めてる?」

 

「たぶん」

 

「ならいい」

 

お昼休み

 

 昼は、クラスごとにシートを広げた。

 りりは友達に囲まれて座る。その輪の中に、マコトもいた。

 

 最初は少しだけ浮いていた。

 でも、誰も追い出さない。

 

「マコト、それ何食べてんの」

 

「わたしの弁当」

 

「地味じゃない?」

 

「味は普通」

 

「普通って言葉好きだよね」

 

「安心する」

 

 りりは自分の唐揚げを一つ、マコトの弁当箱に入れる。

 

「食べな」

 

「……いいの」

 

「いい」

 

「雑に優しいよね、りり」

 

「今さら」

 

 友達の一人が笑う。

「マコト、慣れすぎじゃない?」

 

「そう?」

 

「最初もっと静かだったよ」

 

「今も静か」

 

「中身がね」

 

 マコトは少し考えてから、

「環境が静かだから」

と言った。

 

「なにそれ」

「哲学?」

 

 笑いが起きる。

 りりは何も言わない。ただ、マコトの隣で弁当を食べ続ける。

 

午後

 

 競技は続くけど、二人が出るのはもうない。

 テントの影で、並んで座る。

 

「体育祭さ」

 

「うん」

 

「どうだった?」

 

「思ったより、疲れない」

 

「わかる」

 

「りりが走るの、ちゃんと見た」

 

「知ってる」

 

「なんで」

 

「見てる時の顔だった」

 

「……どんな」

 

「静か」

 

 マコトはそれ以上聞かなかった。

 りりも、説明しない。

 

 閉会式の拍手が、グラウンドに広がる。

 終わった、という空気だけが残る。

 

「マコト」

 

「なに」

 

「またさ」

 

「うん」

 

「こういうの、一緒にいよ」

 

「……わたしでいいの」

 

「いいに決まってる」

 

「じゃあ、行く」

 

 体育祭は特別な日だったはずなのに、

 思い出すときに浮かぶのは、競技じゃない。

 

 名前を呼ばれた回数と、

 隣にいた時間だけだった。

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