昼休みのチャイムが鳴ると同時に、教室が動き出す。
机を押す音、椅子の足が床をこする音。全部が重なって、少しうるさい。
「購買、行く?」
りりが言う。
「行く」
マコトは即答だった。
廊下に出ると、人の流れが一気に速くなる。
二人はそれに乗らず、端を歩く。
「今日さ」
「なに、マコト」
「パン、残ってるかな」
「残ってるでしょ」
「人気のやつはすぐ消える」
「執着あるんだ」
「お腹空いてる」
「正直」
購買前はすでに列ができていた。
りりはためらわず最後尾に並ぶ。
「マコト、なに狙い」
「メロンパン」
「王道だね」
「りりは?」
「まだ決めてない」
「決めないで来たの」
「見てから決める派」
「それで迷うでしょ」
「迷う時間も込み」
列が進む。
ガラスケースの中のパンが、少しずつ減っていく。
「あ」
マコトが小さく声を出す。
「メロンパン、残り一個」
「取る?」
「……取る」
「なら急ぎな」
「割り込まないよ」
「割り込みじゃなくて、覚悟の話」
マコトは少しだけ前に詰める。
順番が来て、メロンパンを手に取る。
ほっとした顔。
「よかったね」
「うん」
「顔に出てる」
「出てない」
「出てる」
りりはケースを眺める。
「焼きそばパンと、クリームパンで迷う」
「りり、甘党?」
「気分」
「今日は?」
「しょっぱい気分」
「じゃあ焼きそば」
「でも甘いのも捨てがたい」
「半分こすれば」
「……それ、最初から言えばよかったじゃん」
「今思いついた」
「雑」
りりは焼きそばパンを一つ、クリームパンを一つ取る。
「分ける?」
「いいの?」
「一個ずつ食べると多い」
「合理的」
会計を済ませて、教室に戻る。
席に着く前に、りりがパンを割る。
「はい」
「ありがとう」
マコトはクリームパンを一口かじる。
「……甘」
「顔」
「今度こそ出てない」
「出てる」
焼きそばパンを一口食べて、りりが言う。
「マコト、選ぶの遅いけど」
「うん」
「決めたら迷わないよね」
「後悔したくないから」
「メロンパンで?」
「メロンパンで」
少し笑う。
でも声は出さない。
「りりはさ」
「なに」
「どっちも選ぶの、ずるい」
「選べない時は、増やす主義」
「強い」
「マコトもそのうち覚えるよ」
「なにを」
「一個に決めないやつ」
チャイムが鳴る。
二人は急いで食べるわけでもなく、最後の一口をかじった。
購買のパンは、ただの昼ごはんだ。
でも、その選び方だけで、
今日も二人はちゃんと並んでいる気がした。
放課後のファミレスは、夕方と夜の間にある。
部活帰りの声と、仕事終わりの疲れが、同じ空間に溜まっている。
りりとマコトは、窓際の席に通された。
四人掛けなのに、向かい合って座る。
「ここ、静か」
りりが言う。
「ファミレスにしては」
「うるさすぎるよりいい」
「同意」
メニューを開く。
写真が多くて、選択肢が多い。
「マコト、決まった?」
「まだ」
「さっきから開いてるページ同じじゃん」
「悩んでる」
「なにで」
「ドリンクバー付けるか」
「付けな」
「そんな簡単に?」
「だって長居するでしょ」
「……読むな」
店員を呼んで注文する。
りりは軽め、マコトは結局ドリンクバー付き。
「で」
りりがストローをかじりながら言う。
「今日は、なんで来た」
「帰るの、もったいなくなった」
「わかる」
「目的ないとダメ?」
「ダメじゃない」
「ならいい」
ドリンクバーで取ってきた飲み物を、マコトが一口飲む。
「……微妙」
「なに入れたの」
「全部」
「全部?」
「全部」
「それ失敗するやつ」
「今わかった」
りりは笑わない。
でも、目はちょっと面白そう。
「交換する?」
「いいの」
「飲めないほどじゃないでしょ」
「まあ」
二人はグラスを入れ替える。
りりは何も言わず飲む。
「……甘」
「でしょ」
「でも嫌いじゃない」
「そういうとこだよ」
「なに」
「マコトの」
「雑」
料理が来るまで、特に話すことはない。
スマホを見るでもなく、外を見る。
「ねえ」
りりが言う。
「なに」
「ファミレスってさ」
「うん」
「時間、薄くなるよね」
「わかる」
「家ほど落ち着かないし」
「外ほど気張らない」
「中途半端」
「ちょうどいい」
料理が運ばれてくる。
りりは箸を取って、少し食べる。
「味どう」
「普通」
「それ一番信用できる」
「褒めてる?」
「かなり」
マコトはポテトを一本取る。
「りりさ」
「なに」
「こういうとこ、友だちと来る?」
「来る」
「でも今日は?」
「マコトだった」
「理由」
「友だちだし」
「……即答じゃないのに」
「慣れた」
ドリンクをおかわりする。
氷の音が小さく鳴る。
周りの席から笑い声が聞こえる。
誰かの誕生日らしい。
「楽しそう」
マコトが言う。
「うん」
「羨ましい?」
「別に」
「わたしも」
夜が近づいて、店の外が暗くなる。
「そろそろ出る?」
「もうちょい」
「了解」
時計は見ない。
会計のタイミングも決めない。
ただ、同じ席で、
同じ時間を溶かしていく。
ファミレスは、目的地じゃない。
帰り道の途中にある、
どこでもない場所。
でも今日は、
そこに二人でいる理由が、
ちゃんとあった。