マイペースとギャル   作:5734589

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夏のある一日

夏休みの始まりは、思ったより静かだった。

 蝉は鳴いているし、日差しも強い。でも、学校がないだけで、時間の流れが少し薄くなる。

 

 りりから連絡が来たのは、昼過ぎだった。

 

〈今日、祭りあるじゃん〉

〈行く?〉

 

 マコトはしばらくスマホを見てから、

〈行く〉

とだけ返した。

 

 理由は聞かれなかったし、説明もしなかった。

 

 夕方、駅前で落ち合う。

 りりは浴衣じゃなかった。ショートパンツに、肩の出たトップス。髪はまとめていて、メイクも少し軽い。ギャルではあるけど、祭り用に作った感じはしない。

 

「浴衣じゃないんだ」

 

「暑いじゃん」

 

「まあね」

 

 マコトも私服だ。黒いTシャツにジーンズ。特別なことは何もない。

 

 人の流れに乗って、会場へ向かう。

 屋台の明かりがつき始めて、甘い匂いと油の匂いが混ざる。

 

「なに食べる?」

 

「んー……」

 

 マコトは立ち止まって、屋台を眺める。

「焼きそば、量多すぎじゃない?」

 

「分ければいいじゃん」

 

「りり、そういうの嫌いそう」

 

「別に」

 

「意外」

 

「意外でもないでしょ」

 

 結局、焼きそばとフランクフルトを買って、二人で分けた。立ったまま、端っこの少し暗いところで食べる。

 

「祭りっぽくないね、私たち」

 

 りりが言う。

 

「いつも通りじゃん」

 

「それはそう」

 

 人混みの奥から、太鼓の音が聞こえる。

 誰かが写真を撮って、誰かが笑っている。

 

 マコトはフランクフルトを一口かじって、言った。

 

「りりってさ」

 

「なに」

 

「こういうとこ、好き?」

 

「嫌いじゃない」

 

「好きとも言わないんだ」

 

「言わなくても来てるじゃん」

 

「雑」

 

「事実」

 

 マコトはそれ以上言わなかった。

 でも、目は人の流れを追っている。

 

「マコトは?」

 

「わたしも、嫌いじゃない」

 

「同じじゃん」

 

「うん」

 

 しばらく歩いて、射的の屋台の前で立ち止まる。

 りりが銃を手に取る。

 

「やる?」

 

「当たんなさそう」

 

「見てて」

 

 一発目は外れる。

 二発目も、少しずれる。

 

 三発目で、景品の箱が落ちた。

 

「……取るんだ」

 

「取れる時は」

 

「またそれ」

 

 景品は、安っぽいキーホルダーだった。

 りりはそれを見て、一瞬考えてから、マコトに投げる。

 

「はい」

 

「なんで」

 

「いらない」

 

「雑すぎ」

 

「捨ててもいいよ」

 

「捨てないけど」

 

 マコトはポケットにしまった。

 文句は言わない。

 

 少し歩いたところで、立ち止まる。

 人の波が途切れて、風が通る。

 

「ねえ」

 

 りりが言う。

 

「なに」

 

「今日さ」

 

「うん」

 

「来てよかった?」

 

 問いは軽い。

 でも、答えを待っている間だけ、視線が外れた。

 

 マコトはすぐには答えなかった。

 屋台の光を見て、それから、りりを見る。

 

「……別に、特別じゃないけど」

 

「うん」

 

「でも、来なかったら、ちょっと違ったと思う」

 

「なにが」

 

「夏休みの感じ」

 

 りりはそれを聞いて、少しだけ頷いた。

 

「それで十分」

 

 帰り道、花火が上がった。

 二人とも、立ち止まらない。歩きながら、音だけ聞く。

 

 マコトが言う。

 

「写真、撮らなくていいの」

 

「いい」

 

「思い出に残らないよ」

 

「残ってるでしょ、今」

 

「雑」

 

「うるさい」

 

 駅の前で、別れる。

 「またね」も、「楽しかったね」も言わない。

 

 でも、家に帰ってから、

 マコトはポケットのキーホルダーを机の上に置いた。

 

 りりは、シャワーを浴びながら、

 今日が夏休みの一日として、ちゃんと数えられる気がしていた。

 

 それで、十分だった。

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