夏休みの始まりは、思ったより静かだった。
蝉は鳴いているし、日差しも強い。でも、学校がないだけで、時間の流れが少し薄くなる。
りりから連絡が来たのは、昼過ぎだった。
〈今日、祭りあるじゃん〉
〈行く?〉
マコトはしばらくスマホを見てから、
〈行く〉
とだけ返した。
理由は聞かれなかったし、説明もしなかった。
夕方、駅前で落ち合う。
りりは浴衣じゃなかった。ショートパンツに、肩の出たトップス。髪はまとめていて、メイクも少し軽い。ギャルではあるけど、祭り用に作った感じはしない。
「浴衣じゃないんだ」
「暑いじゃん」
「まあね」
マコトも私服だ。黒いTシャツにジーンズ。特別なことは何もない。
人の流れに乗って、会場へ向かう。
屋台の明かりがつき始めて、甘い匂いと油の匂いが混ざる。
「なに食べる?」
「んー……」
マコトは立ち止まって、屋台を眺める。
「焼きそば、量多すぎじゃない?」
「分ければいいじゃん」
「りり、そういうの嫌いそう」
「別に」
「意外」
「意外でもないでしょ」
結局、焼きそばとフランクフルトを買って、二人で分けた。立ったまま、端っこの少し暗いところで食べる。
「祭りっぽくないね、私たち」
りりが言う。
「いつも通りじゃん」
「それはそう」
人混みの奥から、太鼓の音が聞こえる。
誰かが写真を撮って、誰かが笑っている。
マコトはフランクフルトを一口かじって、言った。
「りりってさ」
「なに」
「こういうとこ、好き?」
「嫌いじゃない」
「好きとも言わないんだ」
「言わなくても来てるじゃん」
「雑」
「事実」
マコトはそれ以上言わなかった。
でも、目は人の流れを追っている。
「マコトは?」
「わたしも、嫌いじゃない」
「同じじゃん」
「うん」
しばらく歩いて、射的の屋台の前で立ち止まる。
りりが銃を手に取る。
「やる?」
「当たんなさそう」
「見てて」
一発目は外れる。
二発目も、少しずれる。
三発目で、景品の箱が落ちた。
「……取るんだ」
「取れる時は」
「またそれ」
景品は、安っぽいキーホルダーだった。
りりはそれを見て、一瞬考えてから、マコトに投げる。
「はい」
「なんで」
「いらない」
「雑すぎ」
「捨ててもいいよ」
「捨てないけど」
マコトはポケットにしまった。
文句は言わない。
少し歩いたところで、立ち止まる。
人の波が途切れて、風が通る。
「ねえ」
りりが言う。
「なに」
「今日さ」
「うん」
「来てよかった?」
問いは軽い。
でも、答えを待っている間だけ、視線が外れた。
マコトはすぐには答えなかった。
屋台の光を見て、それから、りりを見る。
「……別に、特別じゃないけど」
「うん」
「でも、来なかったら、ちょっと違ったと思う」
「なにが」
「夏休みの感じ」
りりはそれを聞いて、少しだけ頷いた。
「それで十分」
帰り道、花火が上がった。
二人とも、立ち止まらない。歩きながら、音だけ聞く。
マコトが言う。
「写真、撮らなくていいの」
「いい」
「思い出に残らないよ」
「残ってるでしょ、今」
「雑」
「うるさい」
駅の前で、別れる。
「またね」も、「楽しかったね」も言わない。
でも、家に帰ってから、
マコトはポケットのキーホルダーを机の上に置いた。
りりは、シャワーを浴びながら、
今日が夏休みの一日として、ちゃんと数えられる気がしていた。
それで、十分だった。