夏休みの午後は、時間の輪郭がぼやけている。
窓から入る光も、音も、どこか途中で止まっている感じがする。
りりの部屋は、思ったより静かだった。
物は多いけど散らかってはいない。生活の途中、みたいな空間。
「で」
りりがベッドに腰掛けて言う。
「マコトの宿題は?」
マコトは床に座って、鞄を開けたまま動かない。
「……ほぼ、手つかず」
「予想通りすぎ」
「まだ時間あると思ってた」
「もう八月後半だよ」
「知ってる」
「知っててそれ?」
「知ってても進まない時、あるでしょ」
りりは机の上に積まれたノートを指さす。
「あたし、終わってる」
「全部?」
「全部」
「……すご」
「計画的だっただけ」
「それがすごい」
マコトは観念したみたいに、問題集を取り出す。
ページは、ほぼ新品だ。
「どれからやる?」
「国語」
「理由」
「量が多い」
「正しい」
りりは机に向かって、椅子を一つ引き寄せる。
「ほら、座りな」
「りり、教える気満々じゃん」
「放っとくと終わんないでしょ」
「否定できない」
マコトが問題を読む。
現代文の感想文。
「……これ、正解ある?」
「ない」
「一番嫌い」
「でも書けば終わる」
「雑」
「宿題なんてそんなもん」
マコトはシャーペンを持ったまま止まる。
「どう書けばいいと思う?」
「どう思ったの」
「……眠くなった」
「正直」
「それ書いていい?」
「言い方変えな」
「どう変えるの」
「“静かな文章で、時間がゆっくり流れてると感じた”とか」
「りり、作文うま」
「慣れ」
「ギャルなのに」
「それ関係ある?」
「あると思ってた」
マコトは書き始める。
時々止まって、天井を見る。
「ねえ」
「なに」
「りり、なんであたしの宿題手伝ってんの」
「暇だから」
「それだけ?」
「それ以上いる?」
少し考えてから、マコトは言う。
「……いる気がする」
「じゃあ言って」
「一人でやると、終わらない」
「正直」
「でも、りりがいると、やる気が出る」
「それ、褒めてる?」
「たぶん」
「じゃあ続けな」
夕方になって、ページが少しずつ埋まっていく。
完璧じゃないけど、空白は減っている。
「りり」
「なに」
「これ終わったら、次なに」
「数学」
「地獄」
「知ってる」
りりはペットボトルを差し出す。
「休憩」
「ありがとう」
「ちゃんとやってるからね」
「監督?」
「同席」
「言い方やさしい」
「雑に優しいでしょ」
「うん」
日が傾いて、部屋の色が変わる。
マコトは最後の一行を書いて、ペンを置いた。
「……国語、終わった」
「えら」
「まだ山ほどあるけど」
「今日はここまででいい」
「いいの?」
「一日で人生変えなくていいでしょ」
「りり、たまに変なこと言う」
「昔の哲学者みたい?」
「ギャル哲学」
「それ、流行らせよ」
帰り際、マコトが言う。
「今日、助かった」
「知ってる」
「なんで」
「顔」
「どんな」
「静か」
マコトは少しだけ笑った。
宿題はまだ残っている。
でも、手つかずじゃなくなった。
それだけで、夏休みは少し前に進んだ気がしていた。