マイペースとギャル   作:5734589

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夏のある一日2

 夏休みの午後は、時間の輪郭がぼやけている。

 窓から入る光も、音も、どこか途中で止まっている感じがする。

 

 りりの部屋は、思ったより静かだった。

 物は多いけど散らかってはいない。生活の途中、みたいな空間。

 

「で」

 

 りりがベッドに腰掛けて言う。

 

「マコトの宿題は?」

 

 マコトは床に座って、鞄を開けたまま動かない。

 

「……ほぼ、手つかず」

 

「予想通りすぎ」

 

「まだ時間あると思ってた」

 

「もう八月後半だよ」

 

「知ってる」

 

「知っててそれ?」

 

「知ってても進まない時、あるでしょ」

 

 りりは机の上に積まれたノートを指さす。

 

「あたし、終わってる」

 

「全部?」

 

「全部」

 

「……すご」

 

「計画的だっただけ」

 

「それがすごい」

 

 マコトは観念したみたいに、問題集を取り出す。

 ページは、ほぼ新品だ。

 

「どれからやる?」

 

「国語」

 

「理由」

 

「量が多い」

 

「正しい」

 

 りりは机に向かって、椅子を一つ引き寄せる。

 

「ほら、座りな」

 

「りり、教える気満々じゃん」

 

「放っとくと終わんないでしょ」

 

「否定できない」

 

 マコトが問題を読む。

 現代文の感想文。

 

「……これ、正解ある?」

 

「ない」

 

「一番嫌い」

 

「でも書けば終わる」

 

「雑」

 

「宿題なんてそんなもん」

 

 マコトはシャーペンを持ったまま止まる。

 

「どう書けばいいと思う?」

 

「どう思ったの」

 

「……眠くなった」

 

「正直」

 

「それ書いていい?」

 

「言い方変えな」

 

「どう変えるの」

 

「“静かな文章で、時間がゆっくり流れてると感じた”とか」

 

「りり、作文うま」

 

「慣れ」

 

「ギャルなのに」

 

「それ関係ある?」

 

「あると思ってた」

 

 マコトは書き始める。

 時々止まって、天井を見る。

 

「ねえ」

 

「なに」

 

「りり、なんであたしの宿題手伝ってんの」

 

「暇だから」

 

「それだけ?」

 

「それ以上いる?」

 

 少し考えてから、マコトは言う。

 

「……いる気がする」

 

「じゃあ言って」

 

「一人でやると、終わらない」

 

「正直」

 

「でも、りりがいると、やる気が出る」

 

「それ、褒めてる?」

 

「たぶん」

 

「じゃあ続けな」

 

 夕方になって、ページが少しずつ埋まっていく。

 完璧じゃないけど、空白は減っている。

 

「りり」

 

「なに」

 

「これ終わったら、次なに」

 

「数学」

 

「地獄」

 

「知ってる」

 

 りりはペットボトルを差し出す。

 

「休憩」

 

「ありがとう」

 

「ちゃんとやってるからね」

 

「監督?」

 

「同席」

 

「言い方やさしい」

 

「雑に優しいでしょ」

 

「うん」

 

 日が傾いて、部屋の色が変わる。

 マコトは最後の一行を書いて、ペンを置いた。

 

「……国語、終わった」

 

「えら」

 

「まだ山ほどあるけど」

 

「今日はここまででいい」

 

「いいの?」

 

「一日で人生変えなくていいでしょ」

 

「りり、たまに変なこと言う」

 

「昔の哲学者みたい?」

 

「ギャル哲学」

 

「それ、流行らせよ」

 

 帰り際、マコトが言う。

 

「今日、助かった」

 

「知ってる」

 

「なんで」

 

「顔」

 

「どんな」

 

「静か」

 

 マコトは少しだけ笑った。

 

 宿題はまだ残っている。

 でも、手つかずじゃなくなった。

 

 それだけで、夏休みは少し前に進んだ気がしていた。

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