チュートリアルお兄さん(呪い)   作:夜神桜

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番外編を書きたくなりました。因みに番外編は本編にほとんど関係ないです。


番外編
転生前の話


転生前の俺は、普通だった。

少なくとも――本人はそう思っていた。

 

朝は眠い。

学校はだるい。

課題はめんどい。

テストはクソ。

でもゲームは楽しい。

 

そんな、よくある高校生。

名前は八雲零。

どこにでもいる、ただの男子高校生。

 

……だったはずだ。

 

ただ一つだけ、他人と違った点があるとすれば。

俺は異常に「ポケモン」が好きだった。

 

小学生の頃は、普通にやってた。

中学の頃は、普通にハマった。

高校になってからは――

 

普通じゃなくなった。

 

「お前さ、またポケモンの話?」

 

クラスメイトに言われても、やめられなかった。

 

「うるせぇ。人生の半分ポケモンなんだよ」

 

俺は本気でそう思っていた。

そして何より。

俺は、ポケモン世界の「モブ」に憧れていた。

 

チャンピオンとか四天王とか、そういう派手な存在じゃない。

主人公でもない。

悪の組織でもない。

 

ただ、旅人に話しかけるNPC。

道具をくれるNPC。

「ここは危ないよ」と注意するNPC。

 

それが、なぜか好きだった。

 

友達に言ったことがある。

「俺さ、異世界転生するなら、チュートリアルお兄さんがいい」

 

友達は笑った。

「地味すぎだろ」

 

俺は真顔で答えた。

「いいんだよ。あれが一番安全なんだよ」

 

当時の俺は、賢かった。

そして同時に、人生最大のフラグを立てていた。

 

安全。

平穏。

平凡。

それを求めた奴ほど、物語は逃がしてくれない。

 

神様って、そういうとこある。

 

高校二年の夏。

俺はコンビニでアイスを買って帰る途中だった。

 

夕方。

蝉の声。

暑すぎて死にそうな空気。

部活帰りの高校生が、自転車で走っていく。

 

平和だった。

俺はイヤホンをつけて、スマホをいじりながら歩いていた。

ポケモンの考察動画を見ていた。

 

「アルセウスって結局、創造神なのに扱い雑だよな」

 

独り言を呟く。

この時の俺はまだ知らない。

その神が、後に俺の人生を全部ぶち壊すことを。

 

信号が青になった。

俺は横断歩道を渡った。

その瞬間。

足元に何かが落ちているのが見えた。

 

キーホルダー。

バッジケース型のやつ。

多分、誰かの落とし物。

 

俺はしゃがんで拾った。

「……バッジケースじゃん」

 

懐かしさで笑った。

その時。

俺の背後で、低い声がした。

 

「……拾ったな」

 

俺は振り返った。

そこにいたのは、誰もいなかった。

夜でもないのに、背筋が冷えた。

 

「……え?」

 

次の瞬間。

空気が歪んだ。

 

信号の音が消えた。

蝉の声が止まった。

世界が、無音になった。

 

俺は目を見開いた。

「……は?」

 

目の前に、白い影が浮かび上がる。

馬みたいな体。

金色のリング。

無機質な目。

 

神話の存在。

あり得ない存在。

 

俺は口を開けたまま固まった。

「……アルセウス?」

 

出てきたのは、俺が今まで何百回も画面越しに見てきた存在だった。

アルセウスは静かに言った。

 

『願いを叶えよう』

 

俺は固まったまま呟いた。

「……え?」

 

アルセウスは続けた。

『お前は望んだ』

 

『チュートリアルお兄さんになりたいと』

 

俺は叫んだ。

「言ったけど!!!!!!」

 

「それ冗談だろ!!!!!!!!!!」

 

アルセウスは無表情だった。

『神は冗談を理解しない』

 

俺は震えながら言った。

「理解しろよ!!!!!!!!!!」

 

アルセウスは淡々と言った。

『お前の望みは叶う』

 

『お前は安全な役割を得る』

 

俺は必死に叫んだ。

「待って待って待って!!!!!!」

 

「安全って何だよ!!!!!!」

 

アルセウスが言った。

『安全だ』

 

『ただし』

 

俺は嫌な予感でしかなかった。

「……ただし?」

 

アルセウスは静かに言った。

『物語は、安全を許さない』

 

俺は叫んだ。

「意味分かんねぇよ!!!!!!!!!!」

 

その瞬間。

俺の体が浮いた。

 

足が地面から離れる。

スマホが手から落ちそうになる。

 

俺は叫んだ。

「うわっ!!???」

 

アルセウスが言った。

『転生』

 

世界が白く染まる。

視界が消える。

音が消える。

 

俺は最後に思った。

――終わった。

 

俺の人生終わった。

 

でも同時に。

ちょっとだけ、ワクワクした。

だって。

ポケモン世界だ。

 

俺は、最後に笑ってしまった。

「……まぁ、ポケモン世界ならいいか」

 

アルセウスが言った。

『よかろう』

 

そして。

俺の意識は途切れた。

 

次に目を覚ました時。

俺は森の中にいた。

 

ポケモンの鳴き声が聞こえた。

草むらが揺れた。

 

そして俺のポケットには――

バッジケースが入っていた。

 

俺は呟いた。

「……マジで始まった」

 

その時、遠くから声が聞こえた。

「ねえ!お兄さん!」

 

俺は振り返った。

そこにいたのは、目を輝かせた少年だった。

 

俺は、嫌な予感がした。

 

少年が言った。

「ポケモンってどうやって捕まえるの?」

 

俺の口が勝手に動いた。

「まずは弱らせてから、モンスターボールを投げるんだ」

 

俺は絶望した。

「……最初から呪いじゃねぇか!!!!!!!!!!」

 

そして俺は理解した。

転生は、事故じゃない。

神の気まぐれでもない。

 

俺が、自分で望んだ結果だ。

――人生最大の自業自得。

 

俺は空を見上げた。

青い空の向こう。

神が笑っている気がした。

 

俺は叫んだ。

「アルセウス!!!!!!!!!!」

 

「お前絶対許さねぇ!!!!!!!!!!」

 

もちろん返事はない。

神はいつだって、沈黙する。

そうして俺の物語は始まった。

 

最初はただの転生。

ただのチュートリアル。

ただのNPC。

 

……のはずだった。

 

でも後に俺は知る。

俺のスマホの連絡帳が、████ことを。

 

悪の組織が俺を████することを。

レッドが俺を██に来ることを。

████が現実になることを。

 

そして俺が█になって、呪いに戻されることを。

 

全部、全部。

この瞬間から始まっていた。

 

たった一つの落とし物。

たった一つの願い。

たった一つの、バッジケース。

 

俺は呟いた。

「……バッジケース拾っただけなのに」

 

風が吹く。

草むらが揺れる。

 

そして少年が笑った。

「ありがとう、お兄さん!」

 

俺は笑った。

笑うしかなかった。

こうして俺は、世界に固定された。

 

チュートリアルお兄さんという名の呪いに。

 

番外編 完

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