――このルートは、静かに狂う。
トウヤは穏やかだ。
優しい。
柔らかい。
笑顔も、声も、空気も。
全部「安心」できる。
なのに。
一緒にいると、逆に怖くなる。
なぜなら。
この男は、俺を「否定しない」。
否定しないまま。
俺の逃げ道を全部、塞いでくるからだ。
やさしさで。
笑顔で。
常識で。
そして――当然のように。
イッシュ地方。
カノコタウン。
朝。
潮の匂いがする。
俺は海を見ながら、ぼんやりしていた。
「……久しぶりだな、ここ」
イッシュ。
騒がしい地方。
元気な地方。
そして。
トラブルが起きるときは、必ず盛大に起きる地方。
俺はため息を吐いた。
「……何も起きませんように」
その瞬間。
「おはようございます」
後ろから、穏やかな声。
振り返る。
そこにいたのは少年。
黒髪。
優しそうな顔。
笑顔。
清潔感。
そして、謎の落ち着き。
トウヤ。
俺は固まった。
「……誰」
トウヤは少し笑った。
「トウヤです」
俺は言った。
「……そう」
トウヤは言った。
「旅の途中ですか?」
俺は言った。
「……まあな」
トウヤは微笑んだ。
「よかった」
俺は言った。
「何が」
トウヤは言った。
「旅の人がいると、この町が少し明るくなるので」
俺は思った。
(言い方が優しすぎる)
トウヤは海を見ながら言った。
「海、好きですか?」
俺は言った。
「……嫌いじゃない」
トウヤは頷いた。
「僕も好きです」
俺は思った。
(会話が穏やかすぎて逆に不安だ)
トウヤは俺を見て言った。
「……でも」
「あなた、疲れてますね」
俺は固まった。
まただ。
また見抜かれる。
でもトウヤは責めない。
追い詰めない。
ただ、当たり前みたいに言う。
俺は言った。
「……そう見えるか」
トウヤは言った。
「はい」
「でも、それが悪いとは思いません」
俺は言った。
「……は?」
トウヤは笑った。
「頑張った人は、疲れますから」
俺は思った。
(やめろ、刺さる)
その後。
俺はなぜかトウヤと一緒に歩いていた。
理由は分からない。
気づいたら隣にいる。
トウヤは喋りすぎない。
でも沈黙も怖くない。
必要な時に、必要な言葉だけくれる。
それが、逆に怖い。
トウヤが言った。
「コーヒー、飲みますか?」
俺は言った。
「……飲む」
トウヤは笑った。
「よかった」
俺は思った。
(よかったって何回言うんだよ)
カフェでコーヒーを飲む。
静かな時間。
俺はふと聞いた。
「……お前、なんでそんな落ち着いてんだよ」
トウヤは少し考えて言った。
「そう見えますか?」
俺は言った。
「見える」
トウヤは笑った。
「僕も、怖いですよ」
俺は驚いた。
「……怖い?」
トウヤは頷いた。
「旅は、いつ何が起きるか分からないので」
俺は思った。
(こいつ、普通のこと言ってるのに、やけに重い)
トウヤは続けた。
「でも、怖いからこそ」
「落ち着こうとするんです」
俺は呟いた。
「……真面目かよ」
トウヤは笑った。
「よく言われます」
俺は思った。
(絶対モテるタイプだなこいつ)
夕方。
カノコの港。
風が吹く。
俺のスマホが震えた。
連絡帳。
嫌な予感。
俺は顔をしかめた。
「……来た」
トウヤが覗き込む。
「何ですか?」
俺は言った。
「絶対見るな」
トウヤは素直に言った。
「分かりました」
俺は驚いた。
「……え、引くのか」
トウヤは微笑んだ。
「あなたが嫌なら、見ません」
俺は思った。
(優しさの圧がすごい)
トウヤは続けた。
「でも」
「あなたが苦しいなら、話してください」
俺は言った。
「……話したら巻き込む」
トウヤは言った。
「巻き込まれてもいいです」
俺は固まった。
トウヤは笑った。
「だって、僕はあなたの味方になりたいので」
俺は思った。
(この男、言葉が軽いのに重い)
俺はスマホを見せた。
連絡帳。
悪の組織。
四天王。
チャンピオン。
神。
アルセウス。
トウヤは静かに読み、眉をひそめた。
「……これ」
俺は言った。
「そうだよ」
トウヤは言った。
「全部、あなたが関わったんですか?」
俺は言った。
「関わったというか巻き込まれた」
トウヤは少し笑った。
「大変でしたね」
俺は息を止めた。
またそれだ。
その言葉。
それだけで救われる。
トウヤは続けた。
「……でも」
「あなた、まだ生きてます」
俺は言った。
「生きてるだけだよ」
トウヤは言った。
「それが、一番すごいことです」
俺は思った。
(この男、真顔で言うな)
その時。
空が割れる。
潮風が止まる。
空気が凍る。
アルセウスが降りる。
俺は呟いた。
「……お前、空割るの好きだな」
アルセウスが言う。
『零』
『お前はまだ足掻くのか』
俺は笑った。
「足掻くっていうか、生活させろって言ってんだよ」
その時。
トウヤが前に出た。
「……アルセウス」
アルセウスが沈黙する。
トウヤは穏やかに言った。
「あなたは神なんですよね」
アルセウスが言う。
『そうだ』
トウヤは微笑んだ。
「なら、神らしくしてください」
俺はいつものように固まった。
アルセウスが言う。
『……神らしく?』
トウヤは言った。
「人を試すだけが神じゃないと思います」
「救うことも、神の役目です」
俺は思った。
(正論パンチだ)
トウヤは続けた。
「この人は、十分苦しみました」
「これ以上は、ただの虐待です」
俺は吹きそうになった。
(虐待って言ったぞこいつ)
アルセウスが沈黙した。
そして。
『……面白い』
光が降りる。
スマホが震える。
連絡帳が更新される。
【トウヤ:日常】
俺は呟いた。
「……日常?」
トウヤは笑った。
「いいですね」
俺は言った。
「いや、どういう意味だよ」
トウヤは言った。
「きっと、あなたに必要なものです」
俺は思った。
(こいつ、怖いくらい正しい)
夜。
港のベンチ。
トウヤが隣で言った。
「八雲さん」
俺は言った。
「……何」
トウヤは穏やかに言った。
「あなたが今まで戦ってきたのは」
「誰かのためですか?」
俺は黙った。
答えられない。
トウヤは続けた。
「もし誰かのためなら」
「今度は、自分のために生きてもいいと思います」
俺は呟いた。
「……それができたら苦労しねぇ」
トウヤは微笑んだ。
「できますよ」
俺は言った。
「根拠は」
トウヤは言った。
「僕が、隣にいるからです」
俺は固まった。
それは告白じゃない。
でも。
それ以上に逃げられない言葉だった。
俺はため息を吐いた。
「……お前、ずるいな」
トウヤは笑った。
「よく言われます」
俺は思った。
(絶対嘘だろ、今の)
このルートは、激情がない。
修羅場がない。
戦いも少ない。
ただ。
「普通」に戻っていく。
それが怖い。
なぜなら。
俺はもう、普通に戻れないと思っていたから。
でもトウヤは言う。
戻れる、と。
当たり前みたいに。
それが一番、狂う。
俺は呟いた。
「……まあ、少しだけなら」
トウヤは笑った。
「はい」
「少しずつでいいです」
トウヤルート 完
(※このルートの八雲零は、優しすぎる日常に溺れて、やっと「戦わない生き方」を学ぶ)