チュートリアルお兄さん(呪い)   作:夜神桜

101 / 109
トウヤルート編

――このルートは、静かに狂う。

トウヤは穏やかだ。

優しい。

柔らかい。

 

笑顔も、声も、空気も。

全部「安心」できる。

 

なのに。

一緒にいると、逆に怖くなる。

 

なぜなら。

この男は、俺を「否定しない」。

 

否定しないまま。

俺の逃げ道を全部、塞いでくるからだ。

 

やさしさで。

笑顔で。

常識で。

 

そして――当然のように。

 

イッシュ地方。

カノコタウン。

朝。

 

潮の匂いがする。

 

俺は海を見ながら、ぼんやりしていた。

「……久しぶりだな、ここ」

 

イッシュ。

騒がしい地方。

元気な地方。

 

そして。

 

トラブルが起きるときは、必ず盛大に起きる地方。

 

俺はため息を吐いた。

「……何も起きませんように」

 

その瞬間。

「おはようございます」

 

後ろから、穏やかな声。

 

振り返る。

そこにいたのは少年。

 

黒髪。

優しそうな顔。

 

笑顔。

清潔感。

そして、謎の落ち着き。

 

トウヤ。

 

俺は固まった。

「……誰」

 

トウヤは少し笑った。

「トウヤです」

 

俺は言った。

「……そう」

 

トウヤは言った。

「旅の途中ですか?」

 

 俺は言った。

「……まあな」

 

トウヤは微笑んだ。

「よかった」

 

俺は言った。

「何が」

 

トウヤは言った。

「旅の人がいると、この町が少し明るくなるので」

 

俺は思った。

(言い方が優しすぎる)

 

トウヤは海を見ながら言った。

「海、好きですか?」

 

俺は言った。

「……嫌いじゃない」

 

トウヤは頷いた。

「僕も好きです」

 

俺は思った。

(会話が穏やかすぎて逆に不安だ)

 

トウヤは俺を見て言った。

「……でも」

 

「あなた、疲れてますね」

 

俺は固まった。

 

まただ。

また見抜かれる。

 

でもトウヤは責めない。

追い詰めない。

 

ただ、当たり前みたいに言う。

 

俺は言った。

「……そう見えるか」

 

トウヤは言った。

「はい」

 

「でも、それが悪いとは思いません」

 

俺は言った。

「……は?」

 

トウヤは笑った。

「頑張った人は、疲れますから」

 

俺は思った。

(やめろ、刺さる)

 

その後。

 俺はなぜかトウヤと一緒に歩いていた。

 

理由は分からない。

気づいたら隣にいる。

 

トウヤは喋りすぎない。

でも沈黙も怖くない。

必要な時に、必要な言葉だけくれる。

 

それが、逆に怖い。

 

トウヤが言った。

「コーヒー、飲みますか?」

 

俺は言った。

「……飲む」

 

トウヤは笑った。

「よかった」

 

俺は思った。

(よかったって何回言うんだよ)

 

カフェでコーヒーを飲む。

静かな時間。

 

俺はふと聞いた。

「……お前、なんでそんな落ち着いてんだよ」

 

トウヤは少し考えて言った。

「そう見えますか?」

 

俺は言った。

「見える」

 

トウヤは笑った。

「僕も、怖いですよ」

 

俺は驚いた。

「……怖い?」

 

トウヤは頷いた。

「旅は、いつ何が起きるか分からないので」

 

俺は思った。

(こいつ、普通のこと言ってるのに、やけに重い)

 

トウヤは続けた。

「でも、怖いからこそ」

 

「落ち着こうとするんです」

 

俺は呟いた。

「……真面目かよ」

 

トウヤは笑った。

「よく言われます」

 

俺は思った。

(絶対モテるタイプだなこいつ)

 

夕方。

カノコの港。

風が吹く。

 

俺のスマホが震えた。

連絡帳。

 

嫌な予感。

 

俺は顔をしかめた。

「……来た」

 

トウヤが覗き込む。

「何ですか?」

 

俺は言った。

「絶対見るな」

 

トウヤは素直に言った。

「分かりました」

 

俺は驚いた。

「……え、引くのか」

 

トウヤは微笑んだ。

「あなたが嫌なら、見ません」

 

俺は思った。

(優しさの圧がすごい)

 

トウヤは続けた。

「でも」

 

「あなたが苦しいなら、話してください」

 

俺は言った。

「……話したら巻き込む」

 

トウヤは言った。

「巻き込まれてもいいです」

 

俺は固まった。

 

トウヤは笑った。

「だって、僕はあなたの味方になりたいので」

 

 俺は思った。

(この男、言葉が軽いのに重い)

 

俺はスマホを見せた。

 

連絡帳。

悪の組織。

四天王。

チャンピオン。

神。

アルセウス。

 

トウヤは静かに読み、眉をひそめた。

「……これ」

 

俺は言った。

「そうだよ」

 

トウヤは言った。

「全部、あなたが関わったんですか?」

 

俺は言った。

「関わったというか巻き込まれた」

 

トウヤは少し笑った。

「大変でしたね」

 

俺は息を止めた。

 

またそれだ。

その言葉。

 

それだけで救われる。

 

トウヤは続けた。

「……でも」

 

「あなた、まだ生きてます」

 

俺は言った。

「生きてるだけだよ」

 

トウヤは言った。

「それが、一番すごいことです」

 

俺は思った。

(この男、真顔で言うな)

 

その時。

空が割れる。

 

潮風が止まる。

空気が凍る。

アルセウスが降りる。

 

俺は呟いた。

「……お前、空割るの好きだな」

 

アルセウスが言う。

『零』

 

『お前はまだ足掻くのか』

 

俺は笑った。

「足掻くっていうか、生活させろって言ってんだよ」

 

その時。

トウヤが前に出た。

「……アルセウス」

 

アルセウスが沈黙する。

 

トウヤは穏やかに言った。

「あなたは神なんですよね」

 

アルセウスが言う。

『そうだ』

 

トウヤは微笑んだ。

「なら、神らしくしてください」

 

俺はいつものように固まった。

 

アルセウスが言う。

『……神らしく?』

 

トウヤは言った。

「人を試すだけが神じゃないと思います」

 

「救うことも、神の役目です」

 

俺は思った。

(正論パンチだ)

 

トウヤは続けた。

「この人は、十分苦しみました」

 

「これ以上は、ただの虐待です」

 

俺は吹きそうになった。

(虐待って言ったぞこいつ)

 

アルセウスが沈黙した。

そして。

『……面白い』

 

光が降りる。

スマホが震える。

連絡帳が更新される。

 

【トウヤ:日常】

 

俺は呟いた。

「……日常?」

 

トウヤは笑った。

「いいですね」

 

俺は言った。

「いや、どういう意味だよ」

 

トウヤは言った。

「きっと、あなたに必要なものです」

 

俺は思った。

(こいつ、怖いくらい正しい)

 

夜。

港のベンチ。

 

トウヤが隣で言った。

「八雲さん」

 

俺は言った。

「……何」

 

トウヤは穏やかに言った。

「あなたが今まで戦ってきたのは」

 

「誰かのためですか?」

 

俺は黙った。

 

答えられない。

 

トウヤは続けた。

「もし誰かのためなら」

 

「今度は、自分のために生きてもいいと思います」

 

俺は呟いた。

「……それができたら苦労しねぇ」

 

トウヤは微笑んだ。

「できますよ」

 

俺は言った。

「根拠は」

 

トウヤは言った。

「僕が、隣にいるからです」

 

俺は固まった。

 

それは告白じゃない。

でも。

 

それ以上に逃げられない言葉だった。

 

俺はため息を吐いた。

「……お前、ずるいな」

 

トウヤは笑った。

「よく言われます」

 

俺は思った。

(絶対嘘だろ、今の)

 

このルートは、激情がない。

修羅場がない。

戦いも少ない。

 

ただ。

 「普通」に戻っていく。

 

それが怖い。

 

なぜなら。

俺はもう、普通に戻れないと思っていたから。

 

でもトウヤは言う。

戻れる、と。

当たり前みたいに。

 

それが一番、狂う。

 

俺は呟いた。

「……まあ、少しだけなら」

 

トウヤは笑った。

「はい」

 

「少しずつでいいです」

 

トウヤルート 完

(※このルートの八雲零は、優しすぎる日常に溺れて、やっと「戦わない生き方」を学ぶ)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。