――このルートは、上品に詰む。
カルムは静かだ。
礼儀正しい。
口数は多くない。
でも、その一言一言が重い。
カロスの王子様みたいな雰囲気で。
爽やかで。
優雅で。
綺麗で。
なのに。
目が笑ってない。
笑ってるのに、笑ってない。
それが怖い。
この男は、たぶん。
俺が「逃げる」ことを許さない。
静かに。
優雅に。
完璧に。
カロス地方。
ミアレシティ。
夕方。
俺はプリズムタワーを見上げていた。
「……でけぇな」
人が多い。
街が明るい。
オシャレ。
キラキラ。
そして俺は場違い。
旅人というより、事故物件。
俺はため息を吐いた。
「……帰りてぇ」
その瞬間。
「失礼」
後ろから声がした。
低い。
落ち着いた声。
振り返る。
そこにいたのは、少年。
金髪ではない。
黒髪寄り。
整った顔。
清潔な服装。
姿勢が良い。
目が鋭い。
カルム。
俺は言った。
「……誰」
カルムは軽く会釈した。
「カルムです」
俺は言った。
「そう」
カルムは微笑んだ。
「あなたが八雲零ですね」
俺は固まった。
「……なんで知ってんだよ」
カルムは言った。
「あなたは有名です」
俺は呟いた。
「……またそれか」
カルムは俺を見て言った。
「今、暇ですか?」
俺は言った。
「暇っていうか……」
カルムは言った。
「なら、少し付き合ってください」
俺は言った。
「断る選択肢は」
カルムは微笑んだ。
「ありません」
俺は思った。
(こいつ、言い方が丁寧なだけで強制だ)
カルムはミアレのカフェに俺を連れていった。
店員が「いらっしゃいませ」と言う。
カルムは当然のように窓際の席に座り、メニューを開く。
「何が好きですか?」
俺は言った。
「……コーヒー」
カルムは頷いた。
「では、コーヒーで」
俺は言った。
「お前も?」
カルムは言った。
「同じものを」
俺は思った。
(こいつ、相手に合わせるタイプか……?)
だが。
その視線が、妙に鋭い。
観察されてる。
俺は落ち着かなくなった。
コーヒーが届く。
カルムはカップを持ち、上品に飲んだ。
そして言った。
「あなた、逃げ癖がありますね」
俺は盛大にむせた。
「ぶっ……!!」
俺は言った。
「いきなり何言ってんだよ」
カルムは淡々と続けた。
「逃げるのが悪いとは言いません」
「ただ、逃げ方が下手です」
俺は言った。
「……黙れ」
カルムは微笑んだ。
「図星ですか?」
俺は思った。
(こいつ、笑顔で刺してくるタイプだ)
カルムは言った。
「あなたは強い」
俺は言った。
「……元な」
カルムは言った。
「強さは称号ではありません」
俺は言った。
「……お前、意外と熱いな」
カルムは首を振った。
「熱くありません」
「冷静です」
俺は思った。
(冷静な奴ほど怖いんだよ)
カルムは窓の外を見ながら言った。
「カロスは、美しいでしょう」
俺は言った。
「……まあな」
カルムは言った。
「でも、美しさの裏には」
「必ず汚れがあります」
俺は言った。
「哲学かよ」
カルムは微笑んだ。
「現実です」
そして俺を見て言った。
「あなたも同じです」
俺は固まった。
カルムは続ける。
「あなたは強い」
「でも、あなたの強さは」
「あなた自身を傷つけている」
俺は言葉を失った。
こいつ。
言葉が少ないのに、的確すぎる。
その時。
俺のスマホが震えた。
連絡帳。
毎回毎回嫌な予感。
俺は顔をしかめた。
「……来た」
カルムは言った。
「見てください」
俺は言った。
「……なんで」
カルムは言った。
「逃げるなら」
「逃げる理由を、確認すべきです」
俺は思った。
(理屈が強すぎる)
俺はスマホを開いた。
通知。
【フラダリ:連絡】
俺は固まった。
「……は?」
カルムの目が、すっと細くなる。
「……フラダリ」
俺は言った。
「知ってるのか」
カルムは言った。
「知っています」
「カロスの汚れの象徴です」
俺は思った。
(この男、怒ってるな)
でも表情は変わらない。
ただ。
目だけが冷たい。
空が暗くなる。
ミアレの街がざわつく。
そして。
現れるフラダリ。
いや、本人ではない。
ホログラム。
でも、声が不快なほど鮮明。
『八雲零』
『君の力が欲しい』
俺は呟いた。
「……また勧誘かよ」
カルムは静かに立ち上がった。
「断ってください」
俺は言った。
「お前が言うのか」
カルムは言った。
「僕は」
「あなたが利用されるのが嫌です」
俺は固まった。
フラダリが言う。
『拒否するのか?』
カルムが言った。
「当然です」
『君は誰だ』
カルムは微笑んだ。
「ただのトレーナーです」
その微笑みが。
怖かった。
礼儀正しいのに、殺意が混ざっている。
フラダリが笑う。
『なら、力で示せ』
その瞬間。
周囲の空気が変わる。
カルムが俺に言った。
「バトルです」
俺は言った。
「……お前、やる気か」
カルムは言った。
「当然です」
そして、ボールを投げる。
ポケモンが出る。
戦闘開始。
カルムのバトルは、芸術だった。
美しい。
無駄がない。
読みが深い。
そして。
容赦がない。
フラダリ側のポケモンが倒れるたびに。
カルムは淡々と命令する。
感情を見せない。
勝つために勝つ。
勝つことが正義だと言わんばかりに。
俺は思った。
(こいつ、カロスのチャンピオン級だろ)
最後。
カルムのポケモンが勝利した。
フラダリのホログラムが乱れる。
『……面白い』
『君は』
『君は、何を守りたい?』
カルムは言った。
「僕の世界です」
そして、視線を俺に向ける。
「そして」
「彼の平穏です」
俺は固まった。
フラダリは消えた。
夜。
ミアレの街灯。
カルムは俺と並んで歩きながら言った。
「あなたは、危険です」
俺は言った。
「……俺が?」
カルムは頷いた。
「あなたの存在そのものが」
「世界を揺らす」
俺は言った。
「知ってる」
カルムは言った。
「なら、覚悟してください」
俺は言った。
「……何の」
カルムは微笑んだ。
「僕が、あなたを守ります」
俺は止まった。
「……は?」
カルムは言った。
「あなたは」
「守られる側になるべきです」
俺は言った。
「俺はチュートリアルお兄さんだぞ」
カルムは少しだけ笑った。
「呪いですね、それ」
俺は固まった。
カルムは続ける。
「呪いなら」
「解きます」
俺は呟いた。
「……どうやって」
カルムは微笑んだ。
「簡単です」
「あなたが逃げる前に」
「僕が先回りする」
俺は思った。
(最悪だ)
この男。
上品にストーカーだ。
しかも合理的。
勝てない。
最後。
プリズムタワーの下。
カルムが言った。
「零」
俺は言った。
「いきなり呼び捨てすんな」
カルムは言った。
「あなたは、一人でいると壊れます」
俺は言った。
「……うるせぇ」
カルムは微笑んだ。
「だから」
「僕が壊させません」
俺は思った。
(優雅に重い)
俺はため息を吐いた。
「……お前、面倒くせぇな」
カルムは言った。
「褒め言葉として受け取ります」
俺は言った。
「褒めてねぇよ」
カルムは笑った。
「そうですか」
でも、その笑顔は少しだけ柔らかかった。
このルートは、静かに詰む。
逃げれば追われる。
隠れれば見つかる。
諦めれば支えられる。
そして気づけば。
俺は「守られる」ことに慣れてしまう。
それが怖い。
でも。
それが救いだ。
カルムルート 完
(※このルートの八雲零は、カロスの王子様に上品に囲われて、逃げ道ごと平穏を手に入れる)