――このルートは、真面目に壊れる。
マサルは礼儀正しい。
丁寧。
頭が良い。
真面目。
そして、優しい。
ガラルの「紳士」みたいな空気をまとっていて。
何でもきちんとする。
だからこそ。
俺の人生の異常さを、真正面から整理してしまう。
つまり。
このルートは危険だ。
「冷静に考えたらおかしい」ことを。
全部おかしいと指摘される。
逃げられない。
笑って誤魔化せない。
真正面から、壊される。
でも。
その壊れ方は、優しい。
ガラル地方。
エンジンシティ。
夜。
俺は駅前の階段に座り込んでいた。
「……寒い」
ガラルは寒い。
空気が冷たい。
建物が大きい。
人がやたら元気。
ポケモンバトルがスポーツ扱い。
意味が分からない。
俺はため息を吐いた。
「……ここ、俺が来る場所じゃねぇ」
その時。
「こんばんは」
背後から、丁寧な声がした。
振り返る。
そこにいたのは少年。
制服っぽい服装。
きちんと整った髪。
姿勢が良い。
目が真っ直ぐ。
そして、礼儀が完璧。
マサル。
俺は言った。
「……誰」
マサルは軽く会釈した。
「マサルと申します」
俺は言った。
「申しますって……」
マサルは微笑んだ。
「あなたは八雲零さんですね」
俺は固まった。
「……なんで知ってんだよ」
マサルは言った。
「ガラルでも噂になっています」
俺は呟いた。
「……勘弁してくれ」
マサルは俺を見て言った。
「寒そうですね」
俺は言った。
「寒い」
マサルは頷いた。
「では、温かいものを飲みに行きませんか?」
俺は言った。
「……断る理由がないな」
マサルは微笑んだ。
「よかったです」
俺は思った。
(よかったって言う奴、多すぎだろ)
マサルに連れられてカフェへ。
店内は暖かい。
ココアの匂い。
マサルはメニューを開いて言った。
「何がよろしいですか?」
俺は言った。
「……じゃあ、コーヒー」
マサルは頷いた。
「承知しました」
俺は思った。
(こいつ、接客業向いてるな)
飲み物が届く。
マサルは手を揃えて言った。
「いただきます」
俺は一瞬止まった。
「……律儀だな」
マサルは微笑んだ。
「習慣です」
俺は思った。
(こういう真面目なやつ、苦手なんだよな……)
マサルは俺を見て言った。
「……ですが」
「あなたは、かなり無理をされていますね」
俺は固まった。
また見抜かれる。
でも、マサルの言い方は違った。
心配じゃない。
分析だ。
診断だ。
俺は言った。
「……そう見えるか」
マサルは頷いた。
「はい」
「睡眠不足、栄養不足、ストレス過多」
「そして、責任感が強すぎます」
俺は言った。
「医者かよ」
マサルは言った。
「いいえ」
「ただのトレーナーです」
俺は思った。
(嘘つけ)
マサルは淡々と続けた。
「あなたは強い」
俺は言った。
「……元な」
マサルは言った。
「元でも同じです」
俺は言った。
「それはカルムも言ってた」
マサルは少し驚いた。
「カルムさんと会ったんですか?」
俺は言った。
「会った」
マサルは真顔で言った。
「大変でしたね」
俺は言った。
「……お前もそう思うか」
マサルは頷いた。
「はい」
俺は思った。
(カロスの王子はめんどくさい、ガラルの真面目は怖い)
その時。
俺のスマホが震えた。
連絡帳。
嫌な予感。
俺は顔をしかめた。
「……来た」
マサルはすぐに言った。
「見てください」
俺は言った。
「……お前、即答すんな」
マサルは言った。
「逃げても解決しません」
俺は思った。
(正論がガラルの寒さより冷たい)
俺はスマホを開いた。
通知。
【ローズ:面談希望】
俺は固まった。
「……は?」
マサルの目が鋭くなる。
「ローズ委員長……」
俺は言った。
「知ってるのか」
マサルは言った。
「ガラルの厄介事の中心です」
俺は思った。
(こいつ、言い方容赦ねぇな)
次の瞬間。
店の照明が一瞬揺れる。
空気が重くなる。
そして、ホログラムが映し出される。
ローズの姿。
『八雲零君』
『君の力が必要だ』
俺は呟いた。
「……また勧誘かよ」
ローズは続ける。
『ガラルの未来のために』
『君の協力を――』
その瞬間。
マサルが立ち上がった。
「お断りします」
俺は固まった。
ローズが眉をひそめる。
『君は誰だね』
マサルは礼儀正しく言った。
「ガラルのトレーナーです」
「そして」
「零さんの同行者です」
俺は言った。
「同行者になった覚えねぇよ」
マサルは小声で言った。
「今なりました」
俺は思った。
(こいつ、決定事項が多いな)
ローズが言う。
『彼はガラルとは無関係だろう』
マサルは淡々と返す。
「無関係ではありません」
「あなたが呼び出した時点で」
「もう関係者です」
俺は思った。
(論破が綺麗すぎる)
ローズが言う。
『未来のための選択だ』
マサルは言った。
「未来のために現在を壊すのは、間違いです」
ローズが沈黙する。
マサルは続ける。
「零さんはもう十分戦いました」
「これ以上使い潰すなら」
「ガラルが恥をかきます」
俺は固まった。
(ガラルの恥とか言い出したぞ)
ローズが静かに笑った。
『……面白い』
『君は、正しい』
そしてホログラムは消えた。
静寂。
店内が元に戻る。
俺は言った。
「……お前、何者だよ」
マサルは座り直して言った。
「ただのトレーナーです」
俺は言った。
「嘘だろ」
マサルは微笑んだ。
「嘘ではありません」
俺は思った。
(こいつ、真顔で嘘つくの上手いな)
夜。
エンジンシティの駅前。
冷たい風。
俺は言った。
「……助かった」
マサルは首を振った。
「当然のことをしただけです」
俺は言った。
「当然って言うな」
マサルは言った。
「当然です」
俺は思った。
(こいつ、コウキと同じ系統か?)
マサルは俺を見て言った。
「零さん」
俺は言った。
「……何」
マサルは真剣に言った。
「あなたは」
「自分の価値を、過小評価しています」
俺は言った。
「価値なんてねぇよ」
マサルは即答した。
「あります」
俺は言った。
「根拠は」
マサルは言った。
「あなたが、まだ優しいからです」
俺は固まった。
マサルは続ける。
「普通なら」
「ここまで傷つけば、人を嫌いになります」
「世界を恨みます」
「全部壊したくなります」
俺は黙った。
図星だった。
壊したい時はあった。
でも。
壊したら終わる。
それが分かっていたから耐えただけだ。
マサルは言った。
「あなたは耐えた」
「それは、強さです」
俺は呟いた。
「……お前、真面目すぎる」
マサルは微笑んだ。
「そう言われます」
最後。
駅の改札前。
マサルが言った。
「一つ提案があります」
俺は言った。
「嫌な予感しかしねぇ」
マサルは真顔で言った。
「あなたの旅のスケジュールを組み直しましょう」
俺は言った。
「……は?」
マサルは淡々と続ける。
「睡眠時間を確保」
「食事の回数を増やす」
「危険地域は迂回」
「戦闘回数を制限」
「休息日を設ける」
俺は言った。
「お前、俺のマネージャーかよ」
マサルは微笑んだ。
「必要なら、なります」
俺は固まった。
この男。
真面目すぎて。
優しすぎて。
逃げ道がない。
でも。
その逃げ道がないのが。
今の俺には、ちょうど良かった。
俺はため息を吐いた。
「……分かったよ」
マサルは頷いた。
「では、明日は朝食からです」
俺は言った。
「早すぎる」
マサルは言った。
「健康第一です」
俺は思った。
(こいつ、呪いより怖いかもしれねぇ)
マサルルート 完
(※このルートの八雲零は、ガラルの真面目な少年に生活を管理されて、呪いより先に生活習慣病を治される)