――このルートは、野生だ。
文明がない。
倫理も薄い。
常識が通じない。
そして何より。
テルが強すぎる。
テル。
こいつは現代のトレーナーじゃない。
もう「生存者」だ。
ポケモンと共に戦うとかいう次元じゃない。
ポケモンと同じ土俵で殴り合うタイプ。
つまり。
このルートは――俺が一番弱く見える。
情けなくなる。
惨めになる。
でも。
それが救いになる。
俺は「強くあろう」としなくてよくなるから。
ヒスイ地方。
コトブキムラ。
朝。
俺は雪の上で震えていた。
「……寒い寒い寒い寒い」
何度目だ、ここ。
俺は未来から来たはずなのに、気づけばまた原始時代。
神の趣味、いい加減にしろ。
俺は息を吐き、白い息を見つめた。
「……アルセウスの趣味悪すぎる」
その瞬間。
「……おい」
後ろから声。
低い。
荒い。
でも、嫌な感じじゃない。
振り返る。
そこにいたのは青年。
顔はコウキに似てる。
髪は短め。
服はボロい。
でも目が鋭い。
筋肉が、現代の高校生のそれじゃない。
完全に生存者の体。
テル。
俺は言った。
「……誰だよ」
テルは言った。
「テルだ」
俺は言った。
「それだけ?」
テルは言った。
「それで十分だろ」
俺は思った。
(ヒスイの男、みんなコウキ化するのか?)
テルポケモンは俺の服装を見て、鼻で笑った。
「お前、弱そうだな」
俺は言った。
「初対面で言うことか」
テルは言った。
「事実だろ」
俺は言った。
「……うるせぇ」
テルは言った。
「その格好じゃ死ぬぞ」
俺は言った。
「死なねぇよ」
テルは即答した。
「死ぬ」
俺は思った。
(断定が強い)
テルは俺の腕を掴んだ。
「来い」
俺は言った。
「おい、どこ行く」
テルは言った。
「狩り」
俺は言った。
「は?」
テルは言った。
「飯がないと死ぬ」
俺は言った。
「いや俺、現代人だからコンビニとか……」
テルは言った。
「何言ってんだ?」
俺は思った。
(あ、そうだ。ここ原始だったわ)
森の中。
雪が積もっている。
風が冷たい。
俺は足を取られながら歩く。
「……無理……滑る……」
テルは普通に歩いている。
いや、走っている。
意味が分からない。
テルが振り返る。
「遅い」
俺は言った。
「お前が速すぎるんだよ!!」
テルは言った。
「鍛えろ」
俺は思った。
(ヒスイ、筋トレが全てか?)
その時。
茂みが揺れた。
オヤブンのビッパ。
目が赤い。
デカい。
圧がすごい。
俺は叫んだ。
「おいおいおいおい!!」
テルは静かに言った。
「来るぞ」
俺は言った。
「来るぞじゃねぇ!!」
オヤブンビッパが突進してくる。
俺は逃げようとする。
だが。
テルが前に出た。
そして。
普通に避けた。
紙一重で。
当たり前のように。
俺は固まった。
「……え?」
テルは言った。
「お前も避けろ」
俺は言った。
「無理だろ!!!!」
テルは叫んだ。
「無理じゃねぇ!!足を動かせ!!」
俺は思った。
(体育教師かこいつ!?)
俺は必死で走る。
オヤブンビッパの突進を、奇跡的に避ける。
転ぶ。
雪まみれ。
テルが言った。
「立て」
俺は言った。
「無理……」
テルは言った。
「立て」
俺は思った。
(この男、優しさが命令口調なんだよな)
俺は歯を食いしばって立ち上がった。
その瞬間。
テルがボールを投げる。
「行け、バクフーン!」
炎が爆ぜる。
オヤブンビッパが怯む。
テルは淡々と指示する。
「火炎放射」
俺は呟いた。
「……強すぎるだろ」
オヤブンが倒れる。
森が静かになる。
テルは言った。
「終わりだ」
俺は言った。
「終わりだじゃねぇ……死ぬかと思った……」
テルは言った。
「死ななかった」
俺は言った。
「それだけで褒められると思うなよ」
テルは言った。
「褒めてる」
俺は固まった。
テルは続けた。
「生き残ったのは偉い」
俺は思った。
(こいつ、褒め方がヒスイ基準すぎる)
焚き火。
テルが肉を焼いている。
俺は震えながら座っていた。
「……助かった」
テルは言った。
「食え」
俺は言った。
「……うまい」
テルは言った。
「生きるってそういうことだ」
俺は思った。
(急に哲学)
その時。
俺のスマホが震えた。
連絡帳。
お馴染みの嫌な予感。
俺は顔をしかめた。
「……また来た」
テルが即座に言った。
「それ、何だ」
俺は言った。
「……呪いみたいなもん」
テルは言った。
「呪いなら切れ」
俺は言った。
「切れない」
テルは言った。
「なら壊せ」
俺は言った。
「壊せない」
テルは言った。
「なら戦え」
俺は言った。
「……結局それかよ」
テルは言った。
「生きるってそういうことだ」
俺は思った。
(こいつ、ヒスイのアルセウスか?)
空が割れる。
雪が止まる。
空気が重くなる。
現れる。
ギラティナ。
異形。
冥界の影。
俺は呟いた。
「……うわ、最悪」
テルは目を細めた。
「強いな」
俺は言った。
「強いなじゃねぇよ!!」
ギラティナが咆哮する。
地面が揺れる。
俺は腰が抜けそうになる。
その時。
テルが前に出た。
「下がれ」
俺は言った。
「お前が下がれ!!」
テルは言った。
「お前は弱い」
俺は叫んだ。
「正直すぎるだろ!!!!」
テルは言った。
「弱いなら守る」
俺は固まった。
テルは続けた。
「弱い奴を守るのは、強い奴の仕事だ」
俺は思った。
(ヒスイの男、男前すぎる)
テルがボールを投げる。
「行け、オオニューラ!」
鋭い爪。
素早い動き。
ギラティナの攻撃をギリギリで避ける。
テルは叫ぶ。
「避けろ!踏み込め!」
俺は呟いた。
「……指示が戦場の兵士なんだよな」
戦いは激しい。
だがテルは一歩も引かない。
ギラティナが退く。
雪が戻る。
静寂。
俺はへたり込んだ。
「……終わった?」
テルは言った。
「終わった」
俺は言った。
「お前、怖くなかったのか」
テルは少しだけ黙って言った。
「怖い」
俺は驚いた。
テルは続ける。
「怖いから、動く」
俺は思った。
(コウキと同じ理屈だ……でももっと野生だ)
夜。
焚き火の前。
テルは空を見て言った。
「お前、名前は?」
俺は言った。
「さっき言っただろ。八雲零」
テルは頷いた。
「零」
俺は言った。
「呼び捨てすんな」
テルは言った。
「呼び捨ての方が生き残る」
俺は言った。
「意味分からん」
テルは言った。
「ヒスイは、余計な言葉を削る場所だ」
俺は思った。
(合理的すぎる)
テルは俺を見て言った。
「零」
「お前、強いな」
俺は固まった。
「……は?」
テルは言った。
「心が折れてない」
俺は呟いた。
「折れてるわ」
テルは首を振った。
「折れてるなら、ここにいない」
俺は言葉を失った。
テルは続けた。
「お前は」
「何度も死にかけて」
「それでも生きてる」
「それが強さだ」
俺は思った。
(ヒスイの男の価値観、優しいのか怖いのか分からねぇ)
でも。
胸が熱くなった。
テルは言った。
「明日も生きるぞ」
俺は言った。
「……当たり前だろ」
テルは笑った。
ほんの少しだけ。
そして言った。
「じゃあ、仲間だ」
俺は固まった。
仲間。
それだけで十分だった。
このルートは、文明がない。
だから。
嘘もない。
誤魔化しもない。
慰めも、言い訳もない。
ただ。
「生きろ」と言われる。
それが、救いになる。
俺は思った。
(こいつといると、俺は弱くていいんだな)
弱くても。
生きていい。
それを許されるルート。
テルルート 完
(※このルートの八雲零は、ヒスイの野生主人公に鍛え直されて、最終的に“人間オヤブン”になる)