チュートリアルお兄さん(呪い)   作:夜神桜

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第2話 バッジケースを落としたら人生も落ちた

人生っていうのは、積み重ねだ。

努力とか、経験とか、友情とか。

そういうのが積み上がって、人は強くなる。

 

……少なくとも俺はそう思っていた。

だが今の俺は違う。

努力してないのに、経験も曖昧なのに、友情もまだ築いてないのに――

 

なぜか俺の手元にはバッジケースがある。

 

しかも。

中身は、もうすでに“埋まりかけ”だった。

「……なんでだよ」

 

俺は木陰でバッジケースを開き、真顔になった。

カントーのバッジが全部揃ってる。

 

いや、待て待て待て。

 

俺、カントー地方でやったことと言えば、レッドと目が合ってバトルになって、リザードンで威嚇して、虫ポケモンが出るから草むらに突っ込むなって助言したくらいだぞ?

 

ジム巡りしてない。

むしろ、ジムに入った覚えがない。

なのに。

 

「……バッジが、揃ってる」

 

意味が分からない。

しかもケースの端には、ジョウトのバッジまでいくつか入っている。

……怖い。

普通に怖い。

 

俺は震える指でバッジを一つ取り出した。

光沢のある虹色のバッジ。

「これは……ニビ?」

 

いや違う、ニビは岩っぽいやつだ。これはトキワ?

いやでもカントーは揃ってるし。

脳が追いつかない。

 

俺はバッジケースを閉じた。

「……俺の人生、RTAみたいになってる」

 

そんなことを呟きながら歩く。

 

周囲は森。

木々が生い茂り、どこか懐かしい匂いがする。

空気がカントーより湿っていて、虫が多い。

――つまり。

 

「……ジョウト地方だな」

俺はため息をついた。

どうやって来たのかは分からない。

 

いや、分かっている。

分かっているけど認めたくない。

どうせアルセウスの仕業だ。

 

俺は空を見上げた。

「……なぁアルセウス」

 

返事はない。

あいつは呼んでも出てこない。

都合の悪い時だけ神は沈黙する。人間の上司よりタチが悪い。

 

俺は歩きながら考える。

ジョウトの主人公はゴールド……いや、ゲームだとクリスもいるし、リメイクだとコトネもいる。

 

でもこの世界線、主人公が複数同時に存在してもおかしくない。

何せレッドが普通にいた。

あの時点で俺の常識は崩壊している。

 

……となると次に会うのは、誰だ?

 

ゴールド?

シルバー?

それとも、いきなりワタルとか出てくるのか?

 

俺がそんなことを考えていると、草むらが揺れた。

 

ガサガサ。

 

「……来たな」

 

俺は反射で身構えた。

虫ポケモンだったら最悪だ。

 

……いや、虫は嫌いじゃないけど、嫌いじゃないだけで遭遇したいわけじゃない。

だが、出てきたのは虫じゃなかった。

 

銀髪の少年。

目つきが悪い。

服装も、態度も、全てが「反抗期」という単語で説明できる。

 

そして、俺は知っている。

その顔を。

 

「……シルバー?」

 

少年は俺を見るなり眉をひそめた。

「……誰だお前」

 

俺は肩をすくめる。

「通りすがりのチュートリアルお兄さんだ」

 

「は?」

 

シルバーの目がさらに険しくなった。

「ふざけてんのか」

 

ふざけてない。

俺が一番ふざけてほしいと思ってる。

 

シルバーは俺の腰のボールに目を向けた。

そして。

ポケモントレーナー特有の目になった。

 

「……お前、トレーナーか」

 

俺は嫌な予感しかしなかった。

 

次の瞬間、シルバーはモンスターボールを構えた。

「なら、勝負だ」

 

「ちょっと待て」

 

俺は即座に制止した。

「お前、初対面の人に勝負吹っかけるの当たり前だと思ってる?」

 

「当たり前だろ」

 

即答された。

カントーだけじゃなかった。

ジョウトも同じ文化だった。

俺は絶望した。

 

「……この世界、治安悪すぎだろ」

 

シルバーが言う。

「俺は急いでる」

 

「お前が急いでるのは知らん」

 

だがシルバーは聞く耳を持たない。

ボールを投げた。

「出てこい!」

 

光が弾け、現れたのはワニのポケモン。

青い身体、赤いトゲ。

「ワニノコ……?」

 

いや、待て。

ジョウト御三家だ。

 

つまり、こいつが主人公枠か。

 

シルバーは鋭い目で俺を見る。

「お前は何を出す?」

 

俺は迷った。

リザードンで威圧して終わらせる?

 

いや、ダメだ。

シルバーは性格が荒い。プライドも高い。ここで圧倒すると余計に拗れる。

 

……何なら出す?

弱そうで、でも戦えるやつ。

俺が腰のボールを適当に掴み投げる。

 

「出てこい!」

 

現れたのは――犬。

黒い毛並みに、鋭い牙。

 

「……デルビル?」

 

地味に強いな。

 

シルバーが鼻で笑う。

「炎タイプか。なら水で終わりだ」

 

そう言うとシルバーは叫んだ。

「ワニノコ! みずでっぽう!」

 

ワニノコが口を開き、水を噴き出す。

デルビルに直撃――。

 

する前に、俺は叫んでいた。

 

「デルビル、かわして噛みつけ!」

 

デルビルが地面を蹴り、水流を回避。

そのままワニノコの横腹に噛みついた。

 

「ワニッ!?」

 

シルバーが舌打ちする。

「チッ……!」

 

デルビルはさらに距離を詰める。

 

俺は畳みかけた。

「デルビル、ひのこ!」

 

小さな火の玉がワニノコに直撃し、ワニノコは転がった。

「ワニ……!」

 

シルバーが目を見開く。

「……なに?」

 

俺は汗を拭う。

「いや、普通に戦っただけだが」

 

シルバーは信じられないものを見る目で俺を見た。

「……お前、強いな」

 

俺は言い返す。

「お前も、初心者にしては戦い方がうまい」

 

これは本音だ。

シルバーは性格が終わってるが、ポケモンバトルの才能はガチである。

そしてここで俺は、気付いた。

 

シルバーのワニノコの動きが、少しだけ荒い。

雑に扱われているわけではない。

だが、どこか“命令”が冷たい。

ポケモンとの距離がある。

 

……そういう時期なんだろう。

俺は勝負を終わらせるべきか迷った。

 

だが。

次の瞬間。

シルバーが叫んだ。

 

「ワニノコ! かみつけ!」

 

ワニノコが突進してくる。

デルビルは避けきれない。

 

俺は咄嗟に叫んだ。

「デルビル、守れ!」

 

デルビルが身構えた瞬間――。

俺の肩に、何かが当たった。

 

ガツン。

 

「……っ!?」

 

衝撃で俺はよろけた。

足元を見る。

 

そこに落ちていたのは――バッジケース。

俺のバッジケースだった。

 

「……あ」

俺の手からバッジケースが滑り落ち、地面を転がった。

 

コロコロ、コロコロ。

 

坂道を。

そのまま。

 

「……待て!!」

俺は反射で追いかけた。

 

バッジケースは勢いよく転がり、草むらを突っ切り、崖の縁へ向かっていく。

 

嫌な予感。

嫌な予感しかしない。

 

「やめろォォォ!!」

俺が手を伸ばす。

届かない。

 

そして。

バッチケースは。

崖の下へ落ちた。

カラン、と乾いた音がした。

 

「…………」

俺は崖の上で固まった。

背後で、バトルが止まった気配がする。

シルバーもワニノコも、デルビルも動かない。

 

静寂。

 

俺は崖下を覗き込む。

下は川だった。

水音が聞こえる。

 

……つまり。

バッジケースは。

落ちた。

流された。

 

終わった。

 

俺は真顔で呟いた。

「……バッジケースを落とした」

 

そして続ける。

「人生も落ちた」

 

シルバーが後ろから言った。

「……何してんだお前」

 

俺は振り返り、真剣な顔で言った。

「俺の全地方の実績が消えた」

 

「……は?」

 

「いや、今までのバッジ全部入ってたんだよ」

シルバーは明らかに理解できない顔をした。

 

当然だ。

ジョウトの旅立ちたての少年に「全地方のバッジ」なんて言っても伝わるわけがない。

俺は頭を抱えた。

 

「……最悪だ」

 

すると。

ポケットが震えた。

 

スマホ。

勝手に存在している呪いのスマホ。

 

画面を見る。

通知が表示されていた。

 

【バッジケースが追加されました】

【所持バッジ:更新】

 

俺は固まった。

「……は?」

 

恐る恐る確認すると。

バッジケースは。

戻っていた。

 

いや、正確には。

バッジケースそのものではない。

データとして「バッジ所持情報」が復元されている。

意味が分からない。

 

俺は震える声で呟いた。

「……アルセウス」

 

返事はない。

だが画面には、追加で通知が来た。

 

【アルセウス:既読】

【重要:物理的な紛失は問題ありません】

 

俺はスマホを握り潰したくなった。

 

「物理的な紛失は問題ありませんじゃねぇよ!!」

 

シルバーが怪訝そうに言う。

「……何言ってんだ」

 

俺はため息をついて、デルビルをボールに戻した。

「いや、こっちの話だ」

 

シルバーは腕を組んだ。

「勝負は?」

 

俺は崖の下を見て、諦めたように言った。

「……俺の負けでいい」

 

「は?」

 

「いいから負けでいい」

 

シルバーは納得していない顔だったが、勝ちを拾ったと思ったのか、鼻で笑った。

「ふん。そうか」

 

そして踵を返す。

「俺は行く」

 

去り際、シルバーは小さく言った。

「……ポケモン、大事にしろよ」

 

その言葉は意外だった。

冷たい奴に見えるのに、心の奥には何かがある。

 

俺は少しだけ笑った。

「お前もな」

 

シルバーは振り返らずに歩いていった。

ワニノコが「ワニ……」と小さく鳴く。

 

俺はその背中を見送って、呟く。

「……あいつ、将来めちゃくちゃ強くなるな」

 

間違いない。

あいつは伸びる。

ただし性格は多分そのままだ。

俺は歩き出した。

 

……と、その瞬間。

スマホが震える。

 

【連絡先が追加されました】

シルバー

 

俺は崩れ落ちた。

「……いや、交換してねぇよ!!」

 

叫んだ。

森に響いた。

 

空が青い。

どこまでも青い。

なのに俺の心は、どこまでも暗かった。

 

俺は天を仰いで言った。

「……アルセウス」

 

「お前、絶対俺のこと面白がってるだろ」

 

返事はない。

だが通知だけは来た。

【アルセウス:既読】

 

俺は悟った。

神は暇じゃないと言っていた。

でも多分、暇だ。

 

そして俺は。

この呪いのスマホから逃げられない。

 

「……次はゴールドか?」

そんなことを呟きながら、俺はジョウトの森を歩き続けた。

 

そして俺はまだ知らない。

この先、ホウエンで水鉄砲を食らってビショビショになり、

シンオウでダークライを撮影され、

イッシュで炎上し、

カロスで逃げ、

アローラで神に怒られ、

ガラルでさらに地獄を見ることを。

 

俺はまだ、知らない。

……知りたくもない。

 

次回ホウエン地方編

「心が痛い」

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