ホウエン地方。
やっぱり海は綺麗だし、空も青い。
アローラほどではないが南国っぽい雰囲気も嫌いじゃない。
嫌いじゃないが――暑い。
…なんかデジャブな気がするな。
とにかく暑い。
俺は日差しにやられながら、適当な木陰に座っていた。
ハルカとのバトルから少し経った今。
俺の頭の中は一つのことでいっぱいだった。
「……なんでダイゴの連絡先が入ってるんだよ」
スマホを開く。
連絡帳。
そこにしっかりと刻まれている。
【ダイゴ】
いや、会ってない。
見てもない。
話してもない。
なのに入ってる。
しかも、登録されているだけじゃない。
――メッセージが来ていた。
【ダイゴ:やあ。突然で申し訳ないんだけど、君は石に興味はあるかい?】
「……何だこいつ」
俺は思わず真顔になった。
いや、知ってる。
原作通りだ。
ダイゴってそういうやつだ。
でもさ。
普通さ。
初対面の人間に送る内容じゃないだろ。
俺はスマホを握りしめた。
「俺、ホウエン来たばっかなんだけど」
しかもまだ、ジムすら見てない。
何なら、観光すらしてない。
なのにチャンピオンから石の勧誘が来る。
俺は深いため息をついて返信した。
【俺:興味はないです】
秒で既読がついた。
そしてさらに秒で返信。
【ダイゴ:そうかい。それは残念だ。じゃあ興味が湧くまで話そう】
「話すな!!」
俺は思わず叫んだ。
湧くまで話すってなんだよ。
宗教か?
石教か?
俺は頭を抱えた。
「ホウエン、やべぇ……」
すると、背後から足音がした。
砂利を踏む音。
静かで落ち着いた足取り。
俺は嫌な予感しかしないまま振り返った。
そこにいたのは――。
白い服。
長身。
整った顔立ち。
余裕のある微笑み。
そして手には、キラキラした石。
「やあ。君が八雲零くんだね?」
「……」
俺は固まった。
いや、分かる。
分かるよ。
この雰囲気。
この顔。
この圧。
「……ダイゴさん?」
俺がそう言うと、男は嬉しそうに笑った。
「そう。ツワブキ・ダイゴだよ」
やっぱりか。
ホウエンチャンピオン。
石オタク。
ポケモン界の顔面偏差値トップ層。
そして、原作でも屈指の「癖が強い男」。
俺は内心で叫んだ。
(なんでこんな所にいるんだよ!!)
ダイゴは俺の隣に当たり前のように座った。
距離感が近い。
普通に近い。
俺の人生でこんなイケメンが隣に座ったことはない。
しかもチャンピオン。
俺は変な汗をかいた。
「……どうして俺のことを?」
ダイゴは当然のように答えた。
「君の噂はもう聞いているよ」
「噂?」
俺は嫌な予感しかしなかった。
ダイゴはにこやかに言う。
「カントー地方出身で、各地方を旅している強いトレーナー。しかも――伝説のポケモンとも関わりがあるとか」
「……」
俺は顔を引きつらせた。
誰だ。
誰が広めた。
絶対ワタルかレッドかアルセウスだろ。
俺が黙っていると、ダイゴは石を俺の前に差し出した。
「これ、見てくれないかい?」
「……石ですね」
「そう。石だ」
いや、知ってる。
俺は真顔で答える。
「それがどうしたんですか」
ダイゴは嬉しそうに目を輝かせた。
「この石はね、最近見つけた珍しい鉱石で――」
「ストップ」
俺は即座に手を上げた。
ダイゴは首を傾げる。
「どうしたんだい?」
「説明すると長くなるタイプですよね、それ」
ダイゴは微笑んだ。
「うん。長くなる」
即答だった。
迷いがなかった。
俺は震えた。
怖い。
石オタクって怖い。
だが、ダイゴは悪気ゼロで続ける。
「でもね、君なら分かってくれる気がするんだ。強いトレーナーは、石の美しさにも敏感なはずだから」
「いや、俺は別に――」
「それに、君の持っているバッジケース……すごいね」
ダイゴの視線が、俺の腰に向いた。
俺は反射的にバッジケースを押さえた。
「……見ないでください」
ダイゴは少し笑った。
「すごい数だ。ジョウトも、ホウエンも……それ以外もあるね」
「……」
俺は背筋が冷えた。
やばい。
こいつ、観察眼が鋭い。
石見てるだけの男じゃない。
流石ホウエンチャンピオンだ。
強いし、頭も回る。
俺は咳払いした。
「で、何の用ですか?」
ダイゴはあっさり答えた。
「君とバトルがしたい」
――来た。
俺は心の中で叫んだ。
(やっぱりそうなるよな!!)
ダイゴは柔らかい笑顔のまま続けた。
「噂だけじゃ分からないからね。君の強さを、この目で見たい」
「……」
俺は少しだけ笑った。
確かに、チャンピオンがそう言うなら筋は通ってる。
だが、問題は別にある。
俺は言った。
「……俺が勝ったら、石の話やめてくれます?」
ダイゴは目を丸くした。
そして、楽しそうに笑った。
「それは難しいなぁ」
「難しいんだ」
俺は真顔で返した。
ダイゴは立ち上がり、モンスターボールを手に取った。
「じゃあ、バトルしようか。場所はここでいいかな?」
砂浜でチャンピオン戦。
周りには人もいる。
普通に観光客もいる。
……炎上確定だろこれ。
俺はため息をついた。
「分かりました。やりますよ」
ダイゴは嬉しそうに頷いた。
「ありがとう。君と戦えるのが楽しみだ」
その目が、完全に本気だった。
ワクワクしている。
少年みたいに。
チャンピオンのくせに。
俺は少しだけ、口角が上がった。
「……ホウエンチャンピオン、ワクワクさせんなよ」
俺はモンスターボールを取り出す。
相棒を呼ぶなら、こいつしかいない。
「出てこい。ブースター」
赤い炎の毛並み。
ふわふわの首元。
鋭い目。
ブースターが砂浜に降り立つ。
「ブオオオッ!」
ダイゴは目を輝かせた。
「いいポケモンだね。炎タイプか」
そしてダイゴはボールを投げた。
「いけ、メタグロス」
重い金属音と共に、鋼の巨体が現れる。
圧が違う。
砂浜が揺れた気がした。
俺は息を呑む。
……やっぱりか。
ホウエンチャンピオンと言えばこれだ。
ダイゴは穏やかに言う。
「遠慮はいらないよ。君も本気で来てくれ」
俺は笑った。
「最初からそのつもりです」
ブースターが身構える。
メタグロスが低く唸る。
観光客がざわつき始めた。
「え、あれメタグロスじゃね?」
「やば、チャンピオンじゃん」
「撮れ撮れ!」
スマホを構える音が聞こえる。
俺は内心で叫んだ。
(また炎上する流れだろこれ!!)
だが、もう止まらない。
俺は指示を出した。
「ブースター!影分身!」
ブースターの姿が増える。
砂浜に炎の残像が揺れる。
ダイゴは目を細めた。
「面白い戦い方だね」
そして淡々と言う。
「メタグロス、コメットパンチ」
鋼の拳が振り下ろされる。
影分身が一気に砕け散る。
だが――。
「高速移動!」
ブースターが一瞬で間合いを詰めた。
「火炎放射!!」
炎がメタグロスを包む。
だがメタグロスは揺るがない。
耐える。
耐えている。
そして鋼の目が光った。
「……こいつ硬すぎだろ」
ダイゴは楽しそうに笑った。
「いいね。その表情」
「……は?」
「強い相手と戦う時、人は一番いい顔をする」
ダイゴはそう言って、石を握りしめる。
「僕も、今すごく楽しいよ」
俺は笑ってしまった。
「……石オタクのくせに」
「石オタクだからこそ、強いものが好きなんだよ」
意味が分からないが、妙に説得力がある。
俺はブースターを見た。
「ブースター、だいもんじ」
ブースターの口から、巨大な火球が放たれる。
メタグロスに直撃。
砂浜が熱で揺らぐ。
観客が悲鳴を上げる。
だが――。
メタグロスは、まだ立っていた。
鋼の体が赤く焼けている。
それでも倒れない。
ダイゴは静かに言った。
「メタグロス、しねんのずつき」
鋼の巨体が突っ込む。
ブースターが吹き飛んだ。
「ブースター!!」
俺は叫んだ。
砂浜に転がるブースター。
息はある。
だが、明らかに限界が近い。
俺は歯を食いしばった。
――やっぱり強い。
こいつがホウエンチャンピオン。
そしてダイゴは、俺を見て笑った。
「君、いいね」
その言葉が、妙に腹立った。
俺は笑った。
「……あんまワクワクさせんなよ」
ブースターが立ち上がる。
最後の力を振り絞って。
俺は叫んだ。
「もう一回だいもんじ!!」
炎が爆発する。
メタグロスの体が、ついに崩れ落ちた。
砂浜に重い音が響く。
観客がどよめく。
「え……勝った?」
「チャンピオン負けたぞ!?」
俺は息を吐いた。
ブースターも膝をついている。
ギリギリだった。
ダイゴはメタグロスを戻し、満足そうに微笑んだ。
「……素晴らしいバトルだった」
俺は肩で息をしながら言う。
「いや、強すぎだろ」
ダイゴは楽しそうに笑った。
「君もね」
そして俺のスマホが震えた。
【ダイゴ:友達になろう。あと石を見に行こう】
「やめろ!!」
俺は叫んだ。
ダイゴはきょとんとした。
「どうしたんだい?」
俺は涙目で言った。
「なんでもないです……」
ホウエン地方。
石オタクと遭遇した結果。
俺の人生はまた一段階、終わった。
次回「マグマ団とアクア団が来ました」