ホウエン地方。
海が綺麗で、空が広くて、気温が終わってる場所。
そして――悪の組織が湧く場所。
俺は今、さっきまでチャンピオンのダイゴと戦っていた砂浜を歩いていた。
ブースターはモンスターボールの中で休んでいる。
俺は汗を拭きながらため息をつく。
「……まさか砂浜でチャンピオン戦するとは思わなかったな」
俺の隣には、ダイゴがいる。
なんでいるのかは分からない。
というか、分かりたくない。
ダイゴは満足そうに微笑んでいた。
「やっぱり君はすごいね。石のように輝いている」
「それ褒め言葉じゃなくて石の感想ですよね?」
俺が真顔で返すと、ダイゴは首を傾げた。
「褒め言葉だよ?」
「……そうですか」
この人、天然で怖い。
だが、俺は知っている。
このホウエン地方という土地は、平和そうに見えて――だいぶ治安が悪い。
マグマ団とアクア団。
原作でも出てきた、世界を作り替えようとしてた連中。
火山を増やすか、海を増やすかで揉めてる謎の思想集団。
どっちも迷惑。
そして、俺は嫌な予感がしていた。
さっきから妙に周りが騒がしい。
観光客が減ってきている。
遠くの方で、何か叫び声が聞こえる。
ダイゴも気づいたのか、視線を遠くへ向けた。
「……ん?」
俺も目を細める。
砂浜の向こう。
道路の方から、黒い影がどんどん近づいてくる。
そして次の瞬間。
赤い服を着た集団が現れた。
真ん中にいる男は、赤いフードを被っている。
間違いない。
――マグマ団だ。
「……来たか」
俺が呟くと、ダイゴは少し驚いた顔をした。
「知っているのかい?」
「まぁ、なんとなく」
マグマ団の男たちは、こちらを見て立ち止まった。
そして先頭の男が叫ぶ。
「おい! そこのトレーナー!」
俺は嫌な予感しかしなかった。
ダイゴはいつもの微笑みのまま、のんびり手を振る。
「やあ」
「チャンピオンのダイゴ!? なぜここに……!」
マグマ団の空気が一瞬で固まった。
そりゃそうだ。
一般人を脅して物資を奪うつもりが、チャンピオンがいるんだから。
マグマ団の男たちは明らかに動揺していた。
だが――。
その動揺を上書きするように、さらに別方向から声が聞こえた。
「待ちな! その荷物はアクア団がいただく!」
「は?」
俺は振り向いた。
青い服の集団が海側から現れる。
海賊っぽい格好。
自信満々の顔。
間違いない。
――アクア団だ。
「……うわぁ」
俺は思わず顔を覆った。
マグマ団とアクア団。
同時に出てくるな。
順番を守れ。
アクア団の男がダイゴを見て、顔を引きつらせた。
「げっ、チャンピオン……!」
マグマ団が叫ぶ。
「アクア団! 邪魔するな!」
アクア団も叫ぶ。
「そっちこそ引っ込め! 陸ばっか増やしてどうすんだ!」
俺は冷めた目で両方を見た。
「……お前ら小学生かよ」
ダイゴが静かに言った。
「争いは良くないね」
マグマ団とアクア団は一瞬だけ黙った。
だが次の瞬間。
アクア団が叫ぶ。
「チャンピオンがいようが関係ねぇ!俺たちには信念がある!」
マグマ団も叫ぶ。
「そうだ!地上を広げるためなら、俺たちは止まらない!」
俺はため息をついた。
「……だよなぁ。そうなるよなぁ」
こういう奴らは、説得しても無駄だ。
原作通りだ。
結局、拳で分からせるしかない。
俺はモンスターボールを取り出した。
するとダイゴが少し意外そうに俺を見る。
「君がやるのかい?」
「はい」
俺は真顔で答えた。
「……俺、悪の組織に絡まれるの慣れてきたんで」
ダイゴは少し笑った。
「それはそれでどうかと思うけどね」
俺は肩をすくめた。
そしてマグマ団とアクア団に向かって言う。
「なぁ、君たちさ」
両方が俺を見る。
「今から俺と戦う?」
マグマ団が鼻で笑う。
「ガキが! 俺たちを止められると思うなよ!」
アクア団も笑う。
「二人で相手してやるよ!」
俺はうんざりした。
「……あー、はいはい」
俺はポケットからもう一つ、別のボールを出した。
黒くて、不穏な光沢。
――ダークボール。
それを見た瞬間、ダイゴが目を細めた。
「……それは?」
「えーと……」
俺は一瞬迷った。
出したら怒られるかもしれない。
アルセウスに。
でも今は、面倒を片付けたい。
早く帰って寝たい。
俺は開き直った。
「……ギラティナ、出番だ」
ダークボールから、異質な影が噴き出す。
空気が一気に冷える。
波が止まったような錯覚。
そして――。
異世界の王が、砂浜に降り立った。
ギラティナ。
反転世界の支配者。
禁忌の存在。
ダイゴが静かに呟いた。
「……なるほど。噂は本当だったんだね」
マグマ団とアクア団は、完全に固まった。
「……は?」
「え?」
「な、なんだよあれ……」
ギラティナが低く唸る。
砂浜が揺れる。
空が暗くなる。
観光客が悲鳴を上げ、全力で逃げ始めた。
当然だ。
俺でも逃げる。
マグマ団の男が震えながら叫んだ。
「お、おい! 伝説って……」
アクア団の男も顔面蒼白で言う。
「そんなの聞いてねぇぞ……!」
俺は冷たい目で言った。
「お前らが喧嘩してる暇に、世界滅ぶぞ」
ギラティナの目が光る。
俺は命令した。
「ギラティナ。シャドーボール」
闇の塊が放たれ、地面に着弾する。
爆発。
砂が舞い上がる。
マグマ団もアクア団も吹き飛んだ。
「ぐあああ!」
「うわあああ!」
俺は腕を組んだ。
「……はい、解散」
だが、マグマ団とアクア団はまだ諦めていなかった。
リーダー格らしい男が叫ぶ。
「く、くそ! 行け! グラエナ!」
「行け! サメハダー!」
ポケモンが飛び出す。
だが、ギラティナの圧で明らかに怯えている。
俺はため息をついた。
「……かわいそうだからさ」
俺はギラティナを戻した。
代わりにモンスターボールを投げる。
「リザードン、カメックス、フシギバナ。行くぞ」
御三家三体。
砂浜に並ぶだけで、圧が違う。
マグマ団とアクア団が絶望した顔になる。
「……なんで三体も」
「何者だよこいつ……」
俺は笑った。
「俺? ただのチュートリアルお兄さんだよ」
絶対嘘だ。
俺自身が一番分かってる。
ダイゴは苦笑いした。
「チュートリアルお兄さんっていうのは、普通こんなことしないと思うけどね」
俺はリザードンを指さす。
「火炎放射」
マグマ団のグラエナが一撃で沈む。
カメックス。
「ハイドロポンプ」
アクア団のサメハダーが吹き飛ぶ。
フシギバナ。
「はなびらのまい」
残った雑魚がまとめて散った。
マグマ団とアクア団は、完全に戦意を失った。
「……撤退だ!!」
「くそ! 覚えてろ!」
テンプレ捨て台詞を残して逃げていく。
俺は肩を落とした。
「……毎回これだよ」
ダイゴが笑った。
「君、やっぱり面白いね」
「面白くないです」
俺は即答した。
するとスマホが震えた。
通知。
【マツブサ:お前、うちに入らないか?】
【アオギリ:お前、うちに入らないか?】
「同時に来るな!!!」
俺は叫んだ。
ダイゴが興味深そうに俺を見る。
「彼らとも知り合いなのかい?」
「知らないです!!」
俺は即答した。
だが、通知は止まらない。
【ゲーチス:保険は必要か?】
【フラダリ:君の名を勝手に使うな】
【サカキ:……面白い】
「……なんでだよ」
俺はその場にしゃがみ込んだ。
人生が終わっていく音がした。
ダイゴがのんびり言う。
「ところで零くん」
「なんですか」
「石、好きになった?」
「ならねぇよ!!」
俺は叫んだ。
俺は某春日部の幼稚園児じゃないし。
ホウエン地方。
海は綺麗だ。
空も青い。
そして悪の組織は、今日も元気だった。
次回
「ハルカとユウキがチャンピオンになりました」