ホウエン地方。
暑い。
海が綺麗とか、景色がいいとか、そういうのはもうどうでもいい。
暑い。
そして治安が悪い。
マグマ団とアクア団をボコして追い返したあと、俺はそのままポケモンセンターに直行した。
もちろん、俺の後ろには――なぜかダイゴがついてきている。
こいつ、ホウエンチャンピオンだよな?
暇なのか?
仕事しろよ。
俺が受付でポケモンを預けていると、後ろでダイゴが穏やかに言った。
「君、本当に強いね」
「……どうも」
「君なら、ホウエンのリーグも制覇できそうだ」
俺は即答した。
「しません」
「即答だね」
「当たり前です。俺、そういうのもう卒業したんで」
チャンピオンになる。
ジムバッジを集める。
四天王を倒す。
名誉。
称号。
そんなものは、もういい。
俺は過去にカントーでそれをやった。
そして今の俺は、ただの旅人であり、チュートリアルお兄さんであり――
巻き込まれ体質だ。
ポケモンを受け取った俺は、さっさと外に出た。
外の空気は熱い。
太陽が俺を殺しに来ている。
「……ホウエン、太陽が本気すぎるだろ」
俺がぼやくと、ダイゴは笑った。
「それもホウエンの魅力だよ」
「魅力じゃなくて凶器です」
俺はそう言って歩き出す。
ダイゴは変わらずついてくる。
「で、ダイゴさん」
「なんだい?」
「なんでずっとついてくるんですか?」
俺がそう聞くと、ダイゴは当然のように答えた。
「君が面白いから」
「最悪の理由だな」
そのときだった。
遠くから歓声が聞こえた。
ドン、と地響きみたいな声。
人が集まっている。
街全体がざわついている。
俺は足を止めた。
「……なんだ?」
ダイゴも耳を澄ます。
「これは……リーグの方からだね」
リーグ?
ホウエンポケモンリーグ?
嫌な予感がする。
俺たちは人の流れに逆らわず、そのままリーグの方向へ歩いた。
すると、巨大モニターが見えた。
リーグ会場の外に設置されているやつだ。
そこに映っているのは――バトルフィールド。
そして、二人のトレーナー。
観客席は満員。
実況の声が響いていた。
『さぁぁぁぁ!ついに決着の時が来ましたァァァ!!』
『挑戦者ユウキ!そして挑戦者ハルカ!』
『ホウエンリーグ史上初!!ダブル挑戦!!』
「……は?」
俺は固まった。
「いや、なんで?」
ダイゴが興味深そうに画面を見つめる。
「へぇ……面白いね」
「面白いねじゃないですよ」
画面にはユウキとハルカが映っていた。
……どっちもいるタイプの世界線かよ。
最悪だ。
俺の嫌な予感は、だいたい当たる。
実況が叫ぶ。
『ここまで勝ち上がってきた二人!果たしてホウエンチャンピオンの座を掴むのはどちらだ!!』
俺は横にいるダイゴを見た。
「……あれ?」
ダイゴがにこやかに答える。
「うん。僕はもうチャンピオンじゃないよ」
「は?」
「さっきのバトルで負けたからね」
「いやいやいやいや!!」
俺は思わず叫んだ。
「そんな軽い感じでチャンピオン譲るんですか!?」
ダイゴは穏やかに笑った。
「いいじゃないか。強い人が上に立つ。それが自然だよ」
「それ自然かなぁ!?」
俺が頭を抱えている間にも、モニターの中の戦いは進んでいく。
ユウキのバシャーモが躍動し、ハルカのラグラージが地面を揺らす。
スピード。
火力。
判断力。
……強い。
普通に強い。
観客の歓声が一段階上がった。
『決まったァァァ!!』
『バシャーモのブレイズキック!!』
『ラグラージ、倒れたァァァ!!』
その瞬間、ハルカの顔が映った。
悔しそうに歯を食いしばっている。
しかし次の瞬間、彼女は笑った。
そしてユウキに手を差し出した。
ユウキも笑いながら手を取る。
『勝者ァァァ!!ユウキ選手!!』
『そして新チャンピオン誕生!!』
会場が揺れるほどの歓声。
だが、それで終わらなかった。
実況が続ける。
『しかし!これで終わりではありません!!』
『なんと!!ホウエンリーグは特例として、挑戦者ハルカにもチャンピオン挑戦権を与えることを決定!!』
「は????」
俺は思わず口が開いた。
ダイゴは嬉しそうに頷いた。
「なるほど。二人とも実力は十分だもんね」
画面の中で、ユウキが再びバトルフィールドに立つ。
ハルカも立つ。
―チャンピオン戦、連戦。
どんな地獄だよ。
俺は呟いた。
「……こいつら、体力おかしいだろ」
バトルは続いた。
そして、さらに数十分後。
実況の声が、割れるほどの熱量で叫んだ。
『決着ゥゥゥゥゥ!!』
『ラグラージのハイドロカノン!!』
『バシャーモ、倒れたァァァ!!』
『勝者ァァァ!!ハルカ選手!!』
会場が揺れる。
歓声。
拍手。
泣き声。
ホウエンの空気が震えていた。
『これにより!ホウエン地方は史上初!!』
『チャンピオンが二人誕生!!』
「……終わった」
俺は放心した。
ダイゴは満足そうに頷いた。
「素晴らしいね。これが成長というものだよ」
俺はダイゴを睨んだ。
「原因、あなたですよね?」
「そうかな?」
「そうですよ」
俺は深いため息をついた。
……まぁいい。
二人がチャンピオンになった。
それは素直に凄い。
レッドやゴールドの時みたいな、あの感じ。
主人公が本当に主人公してる瞬間。
俺は少しだけ笑った。
「……将来が楽しみだな」
そのとき、リーグ会場の入り口が開いた。
人の流れが外に出てくる。
そして――。
会場から出てきた二人の姿が見えた。
ユウキとハルカ。
どちらも疲れ切った顔。
だけど、誇らしげに笑っている。
周りの人々が祝福している。
俺は遠目に眺めながら呟いた。
「よかったな……」
だが、その瞬間。
ユウキがこっちを見た。
目が合った。
次にハルカも気づく。
そして――。
二人が同時に、俺を指差した。
「え?」
俺の背筋が凍った。
嫌な予感しかしない。
ダイゴが静かに笑った。
「……あぁ。来るね」
二人がこちらへ向かって歩いてくる。
観客がざわつく。
カメラが向く。
スマホが向く。
俺は逃げたくなった。
だが足が動かない。
ユウキが俺の前で立ち止まり、笑った。
「……あんた、強いんだろ?」
ハルカも笑う。
「あ、お久しぶりですね零さん」
「……」
俺は静かに顔を覆った。
あぁ。
来た。
来てしまった。
そしてユウキが言った。
「チャンピオンになったんだ。だから――」
ハルカが続ける。
「最後に、改めてあなたと戦いたい」
観客がどよめく。
実況が外に出てきて、何故かマイクを向けてくる。
『おおっと!?これはまさか!?』
『新チャンピオン二人が、謎のトレーナーを指名だァァァ!!』
「……」
俺は遠い目をした。
俺はチュートリアルお兄さんだったはずだ。
主人公の成長を見届けて、連絡先を渡して、次の地方に行くだけだったはずだ。
なのに。
なんでこうなる。
俺は二人を見て、ため息をついた。
「……え?俺?」
ユウキが頷く。
「うん」
ハルカも頷く。
「お願い」
ダイゴが横で笑っている。
絶対楽しんでる。
俺は小さく笑った。
もう逃げても無駄だ。
こういう時は――やるしかない。
「分かったよ」
俺はモンスターボールを取り出した。
観客が息を呑む。
ユウキとハルカが身構える。
俺は静かに言った。
「……相棒、行くぞ」
ボールを投げる。
「出てこい、ブースター」
赤い炎のポケモンが地面に降り立つ。
ブースターが低く唸った。
ユウキが笑う。
「炎タイプか……いいね」
ハルカも笑う。
「チャンピオン同士、全力で行くよ!」
俺は口角を上げた。
「……俺も少し本気で行くか」
そして心の中で呟いた。
(ホウエン、ワクワクさせんなよ)
次回
「ホウエンチャンピオン、ワクワクさせんなよ」