――シンオウ地方。
空気が違う。
ホウエンみたいにベタつかないし、何より暑くない。
最高だ。
海風の湿気もない。
変な石オタクもいない。
悪の組織も、今のところ見えない。
うん、平和。
やっぱりシンオウって落ち着くな。
俺は駅のホームで伸びをしながら、深呼吸した。
「……やっと来た」
旅をしてると、移動だけでHPが削られる。
特に最近は、リーグだの悪の組織だのチャンピオンだの、情報量が多すぎた。
俺はスマホを開いて、連絡帳を確認する。
ユウキとハルカの名前が増えている。
……増えた。
また増えた。
「はぁ……」
俺はため息をついて、スマホを閉じた。
何で俺の連絡帳って、こんなに増えるんだ?
俺、そんな社交的じゃないんだけど。
というか、基本的に逃げてるんだけど。
だが逃げても追ってくる。
悪の組織と主人公とチャンピオンが。
俺の人生、なんなんだろうな。
……まぁいい。
今はシンオウだ。
切り替えよう。
俺はリュックを背負い直し、街を歩き出した。
見慣れた風景。
石畳の道。
澄んだ空気。
遠くに見える山。
シンオウの街は、どこか厳かで、落ち着いている。
――そう、落ち着いているはずだった。
数分後。
俺は「何かがおかしい」ことに気づいた。
街の人が、妙にざわついている。
視線が多い。
というか、明らかに俺を見ている。
俺は嫌な予感を覚えた。
「……いやいや」
シンオウに着いたばかりだぞ?
俺、まだ何もしてないぞ?
なんで見られてるんだ?
俺は帽子を深くかぶり、足早に歩く。
だが視線が追ってくる。
ヒソヒソ声が聞こえる。
「……あの人じゃない?」
「ホウエンでチャンピオン二人倒したっていう……」
「え、ほんと?カントー出身の……?」
「八雲……零……?」
「やば……本人じゃん」
俺は提醒した。
「……噂、回るの早すぎだろ!!」
いや、SNSだな。
絶対SNS。
あのホウエンリーグの試合、絶対拡散された。
俺は頭を抱えた。
俺の旅は、いつから「配信者」みたいな扱いになったんだ。
そのまま歩いていると、遠くに人だかりが見えた。
明らかに大きい。
観光客の群れではない。
――もっと、異質な空気。
俺は足を止めた。
「……なんだ?」
群衆の中心。
そこには、大きな建物。
荘厳で、格式があって、威圧感がある。
……ポケモンリーグ関係の施設?
いや、違う。
この雰囲気は。
「……まさか」
俺が呟いた瞬間。
人だかりが割れた。
まるで誰かを迎えるように。
そして、二人の女性が現れた。
片方は、明るい雰囲気の少女。
青みがかった黒色の髪、元気そうな顔立ち。
見覚えがある。
――ヒカリ。
もう片方は、圧倒的な存在感を放つ女性。
長い金髪。
静かな微笑み。
気品と威圧が同居する、異常なオーラ。
……シンオウチャンピオン。
シロナ。
俺はその場で固まった。
「……」
いやいやいや。
なんで?
なんでこの二人が揃ってるんだよ。
しかも、こっち見てる。
確実に俺を見てる。
やめろ。
俺は逃げたい。
だが、足が動かない。
ヒカリがこちらに向かって手を振った。
「……いた!」
シロナも静かに微笑んだ。
「ふふ。やっぱり来たのね」
終わった。
俺は確信した。
シンオウでも平穏は無理だ。
俺の人生、詰んでる。
ヒカリが小走りで近づいてくる。
「久しぶり!零!」
「……久しぶりじゃないだろ、割と最近だろ」
俺は即ツッコミした。
シロナがゆっくり歩いてきて、俺の前で止まる。
「八雲零くん。噂は聞いているわ」
やめてくれ。
噂を聞くな。
俺は笑顔を作った。
「ど、どうも……」
ヒカリがニヤニヤしている。
「ねえねえ、ホウエンでさ」
俺は即座に言った。
「その話やめようか」
「えー!」
ヒカリが不満そうに頬を膨らませる。
だが、次の瞬間。
ヒカリの後ろにいたシロナが、俺をじっと見た。
その視線は優しい。
だけど、どこか鋭い。
「零くん。あなた……また色々な地方を回っているのね」
「まぁ、はい」
「バッジケース、見せてもらっていい?」
俺は固まった。
「……え?」
シロナの声は柔らかい。
しかし、断れる雰囲気がない。
俺は恐る恐る、腰のバッジケースに触れた。
そして取り出す。
開く。
中には――。
カントー。
ジョウト。
ホウエン。
そして、既にシンオウのバッジもいくつか。
……いや、なんであるんだよ。
俺自身が一番疑問だった。
ヒカリが目を丸くする。
「ちょっと待って!?」
シロナも珍しく驚いた顔をした。
「……もう、シンオウのバッジも持っているの?」
俺は視線を逸らした。
「……あのー」
ヒカリが叫ぶ。
「ずるい!!私より進んでるじゃん!!」
俺は手を振った。
「違う違う違う!俺が集めたわけじゃない!」
「じゃあ誰が集めたの!?」
「知らん!!」
俺は本気で叫んだ。
俺が叫んでていると、ヒカリが笑った。
「紹介するね!この人、シンオウのチャンピオン、シロナさん!」
「いや知ってる」
「で、こっちが零!」
「紹介されるのか俺」
俺がツッコミを入れる間もなく、ヒカリが元気よく言った。
「零ってさ、めっちゃ強いんだよ!」
「余計なこと言うな!」
俺が叫ぶと、シロナが微笑んだ。
「ふふ。やっぱり噂通りね」
そして俺の目を見て、ゆっくり言う。
「あなた……シンオウの歴史にも興味はある?」
俺は一瞬だけ、固まった。
歴史。
シンオウの歴史。
つまり、神話。
アルセウス。
ディアルガ。
パルキア。
ギラティナ。
……嫌な単語が脳内に浮かびまくる。
俺は乾いた笑いを浮かべた。
「さぁどうでしょう?」
そして、なぜか俺の手には――。
ヒウンアイスがあった。
どこで買ったのかは分からない。
だが、俺はそれを食べながら言った。
「ここの歴史なら知りたいですけどね」
ヒカリがぽかんとした。
「……なんでヒウンアイス?」
俺は真顔で答えた。
「知らない。気づいたら持ってた」
シロナがくすっと笑う。
「面白い人ね」
俺はため息をついた。
そして心の中で呟く。
(シンオウ地方、絶対平和じゃない)
間違いなく、ここからまた面倒が始まる。
俺はアイスをかじりながら、笑顔で手を振った。
「こんにちはー!どうもー!八雲零でーす!」
自分でも分かる。
完全にやけくそだった。
次回
「触れてはいけない伝説」