チュートリアルお兄さん(呪い)   作:夜神桜

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第9話 触れてはいけない伝説

シンオウ地方。

空気が澄んでて、山が綺麗で、街並みも落ち着いてて。

……なのに、目の前にいる二人のせいで、精神的に落ち着かない。

 

ヒカリとシロナ。

この組み合わせ、強すぎる。

戦闘力じゃなくて圧が。

 

俺はヒウンアイスを食べながら、二人の視線を受け止めていた。

 

いや、正確には――受け止められていない。

 

シロナの視線が強すぎる。

ヒカリの視線が好奇心の塊すぎる。

 

俺は内心でため息をついた。

(ホウエンではチャンピオン二人、シンオウではこの二人かよ……)

人生って不公平だな。

 

シロナが柔らかい声で言った。

「零くん。あなた、旅をしているのよね?」

 

「まぁ、はい」

 

「今は……シンオウに?」

 

「はい。今まさに」

 

ヒカリが腕を組んで頷く。

「ふーん。なるほどねぇ」

 

「何だその納得した顔」

俺が突っ込むと、ヒカリはニヤニヤした。

 

「だってさぁ。噂になってたんだよ?」

 

俺は嫌な予感しかしなかった。

「……どんな噂?」

 

ヒカリは指を折りながら言う。

「ホウエンで、チャンピオン二人を倒した謎のトレーナーがいる!」

 

「うん」

 

「しかも、カントー出身!」

 

「うん」

 

「しかも、めっちゃイケメン!」

 

「そこは盛るな」

 

俺が即座に否定すると、ヒカリが笑った。

「盛ってないし!」

 

「盛ってるだろ!」

俺は叫んだ。

 

シロナがくすっと笑う。

「ふふ。人気者なのね」

 

人気者じゃない。

炎上してるだけだ。

俺はアイスを食べながら、現実逃避する。

 

そのとき。

シロナがふと、俺の肩のあたりを見た。

視線が一点に集中する。

 

ヒカリも、同じ方向を見る。

そして二人の表情が、同時に固まった。

「……え?」

 

俺はその反応に首を傾げた。

「どうしました?」

 

二人の視線の先。

そこには――。

何もない。

 

いや、正確には何もないように見える。

 

でも、俺には分かる。

そこにいる。

見えないだけで。

 

俺は軽く肩を叩いた。

「おい、出てこいよ」

 

次の瞬間。

俺の肩の上に、小さなピンク色のポケモンが姿を現した。

 

くるん、と尻尾を揺らしながら、楽しそうに鳴く。

「みゅー♪」

 

――ミュウ。

 

続けて、俺の反対側の肩に、緑色の小さなポケモンが現れる。

葉っぱのような触覚を揺らし、落ち着いた目で周りを見回した。

 

「びぃ……」

 

――セレビィ。

 

俺は普通に言った。

「この子達みたいな?」

 

ヒカリの口が、ゆっくり開いた。

「……え?」

 

シロナも、珍しく固まっている。

 

数秒。

沈黙。

 

そしてヒカリが、震える声で言った。

「……ちょ、ちょっと待って」

 

俺はアイスを食べながら首を傾げた。

「何?」

 

「なんで……ミュウが……」

 

「いや、普通に懐いてるけど」

 

「普通に懐いてるけど、じゃない!!」

ヒカリが叫んだ。

 

俺は思わず笑ってしまった。

 

いや、分かる。

分かるけど。

こっちからしたら、もう慣れた。

 

ミュウは俺の頬をぺちぺち叩いてくる。

セレビィは腕を組んで、ドヤ顔みたいな顔をしている。

こいつら、絶対わざとやってる。

 

俺はため息をついた。

「……いや、別に危害加えないし」

 

シロナがゆっくり口を開いた。

「零くん。あなた……それがどれほど異常なことか分かっている?」

 

「え?」

 

俺はきょとんとした。

「異常?」

 

ヒカリが半泣きで言う。

「異常だよ!!」

 

俺は苦笑いしながら頭をかいた。

「いや、でもさ。ほら。ポケモンって懐く時は懐くじゃん?」

 

シロナが静かに首を振る。

「……そういう次元ではないの」

 

シロナの視線が、ミュウとセレビィを見ている。

その目は、トレーナーの目というより。

歴史を知る者の目だった。

神話を語る者の目だった。

 

俺はアイスをかじりながら、何となく聞いた。

「人が触れてはいけないのって……」

 

そして俺は、軽いノリで言ってしまった。

「ギラティナとかアルセウスとかのことですか?」

 

――空気が、凍った。

 

ヒカリが固まる。

シロナの笑顔が、消える。

笑顔が消えたシロナは、怖い。

 

いや、怖いなんてもんじゃない。

天気が急に悪くなったみたいな圧がある。

 

俺は思わず背筋を伸ばした。

「……え、なに?」

 

ヒカリが小声で言う。

「……それ、名前出しちゃダメなやつ……」

 

「え、そうなの?」

 

「そうなの!!」

ヒカリが叫ぶ。

 

俺は困った顔で言った。

「いやでも、ギラティナは俺の――」

 

そこで、俺は言葉を止めた。

 

言ったら絶対やばい。

確信がある。

 

シロナが静かに言う。

「零くん。あなた……ギラティナを知っているの?」

 

俺は目を逸らした。

「まぁ……なんとなく」

 

シロナは一歩近づいた。

ヒカリが慌てて止める。

「シロナさん、落ち着いて!」

 

シロナは落ち着いている。

落ち着いているから怖い。

 

シロナは俺の目を見て言った。

「シンオウ地方は、神話と密接に関わる土地よ」

 

「はい」

 

「あなたのような存在が、軽々しく踏み込んでいい領域ではないの」

 

俺は苦笑いした。

「いや、俺も踏み込むつもりは……」

 

だが。

ミュウが俺の頭の上に乗った。

セレビィが俺の肩からぴょん、と飛んで、シロナの前に浮かぶ。

 

「びぃ」

 

シロナが驚いた顔をする。

セレビィは、何故かシロナを見下ろすように浮かんでいる。

完全に煽っている。

 

こいつ、性格悪いな?

 

ヒカリが呆然と呟く。

「……セレビィが……煽ってる……」

 

俺は頭を抱えた。

「お前らさぁ……」

 

そのとき。

空気が変わった。

いや、変わったというより。

 

――世界の温度が一段下がった。

 

ヒカリが息を呑む。

「……え?」

 

シロナが目を細めた。

「この気配……」

 

俺は分かってしまった。

来た。

最悪のやつが来た。

 

俺はゆっくり振り返った。

背後の影が、濃くなっている。

まるで空間が裂けるように。

 

そして。

そこから、黒い霧が溢れた。

冷たい悪夢の気配。

 

俺は小さく呟いた。

「……あー……」

 

次の瞬間。

影の中から、姿を現す。

 

黒い身体。

白い襟巻きのようなもの。

赤い首元。

深い闇のような目。

 

――ダークライ。

 

ヒカリが悲鳴を上げかけた。

「えっ――!?」

 

だが声にならない。

シロナも、明らかに動揺していた。

 

俺は疲れ切った顔で言った。

「……影から出てくるなよ」

 

ダークライは無言で、俺の後ろに立った。

完全に護衛の立ち位置。

何を守ってんだよ。

 

俺の平穏を守れよ。

 

ヒカリが震える声で言う。

「……え、え、え……」

 

シロナも冷静さを保とうとしているが、目が真剣だ。

「……ダークライ。あなたは……なぜ彼の後ろに?」

 

俺はため息をついて、頭をかいた。

「いや、俺も知らないです」

 

ダークライは何も言わない。

ただ静かに立っている。

圧がすごい。

 

ヒカリが俺を見て、涙目で言った。

「……零……何者なの……?」

 

俺は真顔で答えた。

「俺?ただの高校生」

 

ヒカリが叫んだ。

「嘘つけぇぇぇぇ!!」

 

シロナが小さく息を吐く。

そして、俺に優しく微笑んだ。

 

……怖い優しさだ。

 

「零くん」

 

「はい」

 

「あなたは今すぐ、私と一緒に来て」

 

「え?」

 

俺は固まった。

「いや、どこに……」

 

シロナが静かに言った。

「詳しく話を聞かせてもらうわ」

 

その声は穏やかだった。

だが拒否権はなかった。

 

俺は心の中で叫んだ。

(終わった)

 

ホウエンから逃げてきたはずなのに。

シンオウで、さらにやばいことになった。

 

ミュウが「みゅー♪」と楽しそうに鳴く。

セレビィが「びぃ」と頷く。

ダークライが無言で圧を出す。

 

俺はため息をつきながら、空を見上げた。

「……シンオウ地方、平和じゃないじゃん」

 

次回

「写真撮ります?」

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