シンオウ地方。
空気が澄んでて、山が綺麗で、街並みも落ち着いてて。
……なのに、目の前にいる二人のせいで、精神的に落ち着かない。
ヒカリとシロナ。
この組み合わせ、強すぎる。
戦闘力じゃなくて圧が。
俺はヒウンアイスを食べながら、二人の視線を受け止めていた。
いや、正確には――受け止められていない。
シロナの視線が強すぎる。
ヒカリの視線が好奇心の塊すぎる。
俺は内心でため息をついた。
(ホウエンではチャンピオン二人、シンオウではこの二人かよ……)
人生って不公平だな。
シロナが柔らかい声で言った。
「零くん。あなた、旅をしているのよね?」
「まぁ、はい」
「今は……シンオウに?」
「はい。今まさに」
ヒカリが腕を組んで頷く。
「ふーん。なるほどねぇ」
「何だその納得した顔」
俺が突っ込むと、ヒカリはニヤニヤした。
「だってさぁ。噂になってたんだよ?」
俺は嫌な予感しかしなかった。
「……どんな噂?」
ヒカリは指を折りながら言う。
「ホウエンで、チャンピオン二人を倒した謎のトレーナーがいる!」
「うん」
「しかも、カントー出身!」
「うん」
「しかも、めっちゃイケメン!」
「そこは盛るな」
俺が即座に否定すると、ヒカリが笑った。
「盛ってないし!」
「盛ってるだろ!」
俺は叫んだ。
シロナがくすっと笑う。
「ふふ。人気者なのね」
人気者じゃない。
炎上してるだけだ。
俺はアイスを食べながら、現実逃避する。
そのとき。
シロナがふと、俺の肩のあたりを見た。
視線が一点に集中する。
ヒカリも、同じ方向を見る。
そして二人の表情が、同時に固まった。
「……え?」
俺はその反応に首を傾げた。
「どうしました?」
二人の視線の先。
そこには――。
何もない。
いや、正確には何もないように見える。
でも、俺には分かる。
そこにいる。
見えないだけで。
俺は軽く肩を叩いた。
「おい、出てこいよ」
次の瞬間。
俺の肩の上に、小さなピンク色のポケモンが姿を現した。
くるん、と尻尾を揺らしながら、楽しそうに鳴く。
「みゅー♪」
――ミュウ。
続けて、俺の反対側の肩に、緑色の小さなポケモンが現れる。
葉っぱのような触覚を揺らし、落ち着いた目で周りを見回した。
「びぃ……」
――セレビィ。
俺は普通に言った。
「この子達みたいな?」
ヒカリの口が、ゆっくり開いた。
「……え?」
シロナも、珍しく固まっている。
数秒。
沈黙。
そしてヒカリが、震える声で言った。
「……ちょ、ちょっと待って」
俺はアイスを食べながら首を傾げた。
「何?」
「なんで……ミュウが……」
「いや、普通に懐いてるけど」
「普通に懐いてるけど、じゃない!!」
ヒカリが叫んだ。
俺は思わず笑ってしまった。
いや、分かる。
分かるけど。
こっちからしたら、もう慣れた。
ミュウは俺の頬をぺちぺち叩いてくる。
セレビィは腕を組んで、ドヤ顔みたいな顔をしている。
こいつら、絶対わざとやってる。
俺はため息をついた。
「……いや、別に危害加えないし」
シロナがゆっくり口を開いた。
「零くん。あなた……それがどれほど異常なことか分かっている?」
「え?」
俺はきょとんとした。
「異常?」
ヒカリが半泣きで言う。
「異常だよ!!」
俺は苦笑いしながら頭をかいた。
「いや、でもさ。ほら。ポケモンって懐く時は懐くじゃん?」
シロナが静かに首を振る。
「……そういう次元ではないの」
シロナの視線が、ミュウとセレビィを見ている。
その目は、トレーナーの目というより。
歴史を知る者の目だった。
神話を語る者の目だった。
俺はアイスをかじりながら、何となく聞いた。
「人が触れてはいけないのって……」
そして俺は、軽いノリで言ってしまった。
「ギラティナとかアルセウスとかのことですか?」
――空気が、凍った。
ヒカリが固まる。
シロナの笑顔が、消える。
笑顔が消えたシロナは、怖い。
いや、怖いなんてもんじゃない。
天気が急に悪くなったみたいな圧がある。
俺は思わず背筋を伸ばした。
「……え、なに?」
ヒカリが小声で言う。
「……それ、名前出しちゃダメなやつ……」
「え、そうなの?」
「そうなの!!」
ヒカリが叫ぶ。
俺は困った顔で言った。
「いやでも、ギラティナは俺の――」
そこで、俺は言葉を止めた。
言ったら絶対やばい。
確信がある。
シロナが静かに言う。
「零くん。あなた……ギラティナを知っているの?」
俺は目を逸らした。
「まぁ……なんとなく」
シロナは一歩近づいた。
ヒカリが慌てて止める。
「シロナさん、落ち着いて!」
シロナは落ち着いている。
落ち着いているから怖い。
シロナは俺の目を見て言った。
「シンオウ地方は、神話と密接に関わる土地よ」
「はい」
「あなたのような存在が、軽々しく踏み込んでいい領域ではないの」
俺は苦笑いした。
「いや、俺も踏み込むつもりは……」
だが。
ミュウが俺の頭の上に乗った。
セレビィが俺の肩からぴょん、と飛んで、シロナの前に浮かぶ。
「びぃ」
シロナが驚いた顔をする。
セレビィは、何故かシロナを見下ろすように浮かんでいる。
完全に煽っている。
こいつ、性格悪いな?
ヒカリが呆然と呟く。
「……セレビィが……煽ってる……」
俺は頭を抱えた。
「お前らさぁ……」
そのとき。
空気が変わった。
いや、変わったというより。
――世界の温度が一段下がった。
ヒカリが息を呑む。
「……え?」
シロナが目を細めた。
「この気配……」
俺は分かってしまった。
来た。
最悪のやつが来た。
俺はゆっくり振り返った。
背後の影が、濃くなっている。
まるで空間が裂けるように。
そして。
そこから、黒い霧が溢れた。
冷たい悪夢の気配。
俺は小さく呟いた。
「……あー……」
次の瞬間。
影の中から、姿を現す。
黒い身体。
白い襟巻きのようなもの。
赤い首元。
深い闇のような目。
――ダークライ。
ヒカリが悲鳴を上げかけた。
「えっ――!?」
だが声にならない。
シロナも、明らかに動揺していた。
俺は疲れ切った顔で言った。
「……影から出てくるなよ」
ダークライは無言で、俺の後ろに立った。
完全に護衛の立ち位置。
何を守ってんだよ。
俺の平穏を守れよ。
ヒカリが震える声で言う。
「……え、え、え……」
シロナも冷静さを保とうとしているが、目が真剣だ。
「……ダークライ。あなたは……なぜ彼の後ろに?」
俺はため息をついて、頭をかいた。
「いや、俺も知らないです」
ダークライは何も言わない。
ただ静かに立っている。
圧がすごい。
ヒカリが俺を見て、涙目で言った。
「……零……何者なの……?」
俺は真顔で答えた。
「俺?ただの高校生」
ヒカリが叫んだ。
「嘘つけぇぇぇぇ!!」
シロナが小さく息を吐く。
そして、俺に優しく微笑んだ。
……怖い優しさだ。
「零くん」
「はい」
「あなたは今すぐ、私と一緒に来て」
「え?」
俺は固まった。
「いや、どこに……」
シロナが静かに言った。
「詳しく話を聞かせてもらうわ」
その声は穏やかだった。
だが拒否権はなかった。
俺は心の中で叫んだ。
(終わった)
ホウエンから逃げてきたはずなのに。
シンオウで、さらにやばいことになった。
ミュウが「みゅー♪」と楽しそうに鳴く。
セレビィが「びぃ」と頷く。
ダークライが無言で圧を出す。
俺はため息をつきながら、空を見上げた。
「……シンオウ地方、平和じゃないじゃん」
次回
「写真撮ります?」