――終わった。
俺はスマホを見つめたまま、現実逃避みたいに口を開いた。
「……知り合いしかいないな」
ヒカリが、ゆっくりと振り向いた。
目が死んでいた。
「……零」
「はい」
「それ、今言うこと?」
俺は真顔で頷いた。
「うん」
シロナさんは静かにスマホを見つめていたが、表情は相変わらず落ち着いている。
いや、落ち着きすぎだ。
さすがチャンピオン。
だがその目は、確実に“面倒ごと”を察知した目だった。
「……反応、すごいわね」
シロナさんが小さく呟く。
俺は画面をスクロールしながら読み上げる。
「グリーン『は?』」
「ゴールド『もう1回言うけどお前なにしてんだよ』」
「シルバー『○す』」
「ワタル『今すぐ説明しろ』」
ヒカリが叫んだ。
「シルバー怖すぎ!!」
俺は肩をすくめた。
「いつもあんな感じだよ」
「慣れちゃだめだよ!?」
俺のスマホは止まらない。
通知が鳴り続ける。
ピコン。
ピコン。
ピコンピコンピコン。
俺は目を細めた。
「……ハルカ『何してるの八雲さん?』」
「ユウキ『あんた、マジでどこいんの』」
「ヒウンシティのファンアカ『ダークライ!?!?!?』」
ヒカリが顔を覆った。
「なんでファンアカまであるの……」
俺も知らない。
というか、作るな。
俺はただの旅人だ。
ただの高校生だったんだ。
しかも宮城に住んでた普通の。
……いや、普通でもないか。
転生してるし。
俺はスマホを閉じて、空を仰いだ。
「……やっぱりバズってるけど」
ヒカリが泣きそうな顔で言う。
「バズるって軽く言うけど、これもう事件だよ!!」
俺は首を傾げた。
「事件ってほどでもなくない?」
ヒカリが食い気味に叫んだ。
「ダークライがいる時点で事件なの!!」
その通りだった。
俺の背後。
そこには今もダークライがいる。
無言。
無表情。
圧だけが強い。
「俺の後ろに立つなランキング」があるなら、堂々の一位だ。
そして肩には、ミュウとセレビィ。
世界観が崩壊している。
シロナさんが、ふっと微笑んだ。
「零くん。あなたって、面白いわね」
俺は即答した。
「面白くないです」
シロナさんは上品に笑う。
「ふふ。そういうところも含めて」
やめてほしい。
その“面白い”は、たぶん褒め言葉じゃない。
“面倒な爆弾”って意味だ。
ヒカリが俺のスマホを覗き込み、急に声を上げた。
「……え、待って」
俺は顔をしかめる。
「なに」
ヒカリが画面を指さした。
「これ……ダンデ……?」
俺は、嫌な汗が背中を伝うのを感じた。
ヒカリは震える声で言った。
「え、なんでガラルのチャンピオンがまた反応してるの……?」
俺も知りたい。
そして、さらに下。
【ダイゴ:それ、本物か?】
【ダイゴ:連絡してくれ。すぐにだ】
俺の顔が引きつった。
「……ダイゴにダンデ?」
ヒカリは呆然としたまま口を開く。
「待って待って待って……」
シロナさんも、少しだけ表情を変えた。
驚き。
そして、確信。
「……あなた、他地方のチャンピオンとも繋がっているのね」
俺は首を横に振った。
「いや、俺が繋がりたくて繋がってるわけじゃなくて……」
ヒカリが真顔で言った。
「もうそれ言い訳だよ」
「え?」
「言い訳にしか聞こえない」
俺は絶望した。
そうだ。
この世界、俺が何を言っても信じない。
”結果”だけが全てだ。
そして結果は――
ダークライと一緒に写真を撮って、世界中の有名人に反応されている男。
完全に怪しい。
怪しすぎる。
その瞬間。
シロナさんのスマホが鳴った。
ピコン。
彼女が画面を見る。
そして、静かに眉を上げた。
「……来たわ」
ヒカリが息を呑む。
「……え?」
俺は嫌な予感しかしない。
「なにが来たんですか」
シロナさんは落ち着いた声で言った。
「シンオウの四天王たち」
俺は固まった。
「……え?」
ヒカリが青ざめた。
「え、待って……」
シロナさんは優雅に微笑む。
「きっとあなたに興味があるのね」
俺は叫んだ。
「興味持たないでください!!」
だが、もう遅い。
遠くから、足音が近づいてくる。
数人分。
そして聞こえる声。
「……あれが噂の?」
「ダークライ……だと?」
「冗談じゃないな」
俺は顔を引きつらせた。
ヒカリは俺の袖を掴んで震えている。
「零……これ……本当にやばいよ……」
俺は乾いた笑いを浮かべた。
「……うん」
そして、俺は思った。
ここで捕まったら終わりだ。
事情聴取。
質問攻め。
責任追及。
下手したらリーグ預かり。
それだけは嫌だ。
俺はゆっくりと、後ろを振り向いた。
そこにいたダークライが、静かにこちらを見ている。
俺は真顔で言った。
「……ダークライ」
ダークライは無言。
だが、俺の意図を察したのか、黒い霧が少し濃くなる。
俺は、笑顔を作った。
「逃げるぞ」
ヒカリが叫ぶ。
「逃げるの!?」
俺は当然のように言った。
「逃げる」
シロナさんは少し困ったように笑った。
「ふふ……あなた、本当に逃げ足だけは一流ね」
俺は胸を張った。
「褒めないでください」
ヒカリが涙目で叫ぶ。
「いや褒められてないよ!!」
そして俺は、ヒカリとシロナさんに向けて、急いで名刺を取り出した。
――いや、正確には“連絡先の紙”だ。
俺はそれを二人に押し付けるように渡した。
「はい、これ!」
ヒカリが受け取りながら叫ぶ。
「え、なにこれ!?」
「連絡先!」
シロナさんも受け取る。
「……連絡先?」
俺は勢いよく言った。
「俺、イッシュ地方に逃げますね!!」
ヒカリが目を見開いた。
「え、は!?」
シロナさんが呟く。
「逃げる方向、そこなのね……」
俺はもう止まらなかった。
スマホが鳴る。
通知が増える。
世界が燃えていく。
だから俺は決めた。
逃げる。
逃げるしかない。
俺は最後に二人へ手を振った。
「じゃあまた!!」
そして――
ダークライの黒い霧が俺を包む。
視界が暗くなる。
空気が冷たくなる。
世界が遠ざかる。
ヒカリの叫び声が聞こえた。
「零ぃぃぃぃ!!また勝手に逃げたぁぁぁぁ!!」
シロナさんの声が、静かに響いた。
「ふふ……本当に、面白い子」
俺は心の中で叫ぶ。
(面白くない!!)
こうして俺は、シンオウ地方をわずか数時間で脱出した。
……シンオウ地方編、短すぎだろ。
次回イッシュ地方編
「どっちもいるタイプか」