チュートリアルお兄さん(呪い)   作:夜神桜

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第12話 どっちもいるタイプか

――シンオウ地方から逃げた。

ダークライの霧に包まれ、視界が真っ暗になったかと思えば、次に見えたのは見知らぬ街の風景。

 

高いビル。

やけに整った道路。

そして、人の多さ。

 

「……ここどこだ?」

俺が呟いた瞬間、鼻をくすぐる甘い匂いがした。

 

バニラみたいな、ミルクみたいな。

……いや、違う。

あの匂いは知ってる。

 

「ヒウンアイス……?」

俺はゆっくりと顔を上げた。

 

そこには大きな看板。

街の名前も書かれている。

 

『ヒウンシティ』

 

俺は安堵したように息を吐いた。

「……イッシュ地方だな」

 

よし。

ここなら、まだ大丈夫だ。

シンオウみたいに神話と密接じゃない。

ダークライを見て「世界の危機!」ってなる空気も、たぶん薄い。

 

イッシュは都会だ。

多少の異常事態なら、「なんかすげーのいた」で流される。

きっとそう。

俺はそう信じたかった。

 

……信じたかったんだよ。

 

その時だった。

「……あ」

 

聞き覚えのある声。

 

俺が振り向く。

 

そこにいたのは、二人の少女だった。

片方は帽子をかぶった元気そうな雰囲気。

もう片方は、落ち着いた顔でこちらを見ている。

 

俺は一瞬で理解した。

理解してしまった。

 

「……あ、どっちもいるタイプか」

思わず、口から出た。

 

最悪だ。

イッシュ地方の主人公枠。

トウコとメイ。

 

原作でも「前作主人公はいる?」論争が永遠に続くトウコが、メイと同時に存在している。

 

いや、存在してること自体はいい。

問題は――

二人とも俺を見て、目を輝かせていることだ。

 

嫌な予感しかしない。

 

メイが、ぱっと笑顔になって手を振った。

「こんにちはー!」

 

トウコも一歩前に出て、興味深そうに俺を見つめる。

「……あなた、旅の人?」

 

俺は反射で背筋を伸ばした。

こういう時、下手に取り繕うと余計怪しまれる。

自然に、爽やかに、平凡に。

 

俺は笑顔を作った。

「……こんにちは。八雲零です」

 

そして、俺は自分で自分の首を絞める一言を言ってしまう。

勢いで。

誤魔化すために。

その場のノリで。

 

「……俺はチャンピオンのアイリスなんて知りません」

 

――沈黙。

 

メイが一瞬、固まった。

「……え?」

 

トウコも眉を上げた。

「……アイリス?」

 

俺は心の中で叫んだ。

(やっちまったぁぁぁぁぁぁ!!!)

 

言う必要なかった。

絶対言う必要なかった。

 

なのに俺は、まるで「私は怪しい者です」って自己紹介するみたいに言ってしまった。

 

俺は慌てて両手を振った。

「いや、違う違う!今のはその……」

 

メイが首を傾げる。

「……チャンピオンって、アイリスだよね?」

 

トウコが静かに言う。

「あなた、なんでそんなこと言ったの?」

 

俺は冷や汗をかきながら、視線を逸らした。

「いや、なんか……その……」

 

トウコはじっと俺を見てくる。

目が鋭い。

絶対に誤魔化せないタイプだ。

 

メイはメイで、ニコニコしながら距離を詰めてくる。

この二人、方向性が違うだけで厄介さが同じだ。

 

俺は心の中で呟いた。

(イッシュ、詰んだかもしれない)

 

その瞬間。

俺の肩の上で、ミュウがぴょこんと顔を出した。

「みゅー♪」

 

……やめろ。

やめてくれ。

今出てくるな。

頼む。

 

トウコの目が見開かれる。

「……ミュウ?」

 

メイが叫んだ。

「え!?え!?ミュウ!?本物!?!?」

 

俺は口を押さえた。

(終わった)

 

さらに、もう片方の肩からセレビィが顔を出す。

「びぃ!」

 

メイが完全にテンション爆上がりした。

「ええええ!?セレビィもいるの!?!?!?!」

 

トウコは逆に静かに、しかし危険な声で言った。

「……あなた、何者?」

 

俺は乾いた笑いを浮かべた。

「……ただの旅人ですよ」

 

メイが目をキラキラさせて言った。

「旅人ってレベルじゃないよ!?」

 

トウコは一歩近づいてきて、俺の目をまっすぐ見た。

「あなた、どこの地方から来たの?」

 

俺は即答した。

「シンオウからです」

 

トウコが頷く。

「なるほど」

 

……理解が早い。

いや、理解してない。

納得してるだけだ。

 

メイは俺の周りをぐるぐる回り始めた。

「ねえねえ!それって、ポケモンリーグ関係者!?」

 

「え、チャンピオンなの!?」

 

「伝説使い!?」

 

俺は首を横に振った。

「違います」

 

メイは笑顔で言った。

「じゃあなんでミュウとセレビィが肩に乗ってるの?」

 

俺は黙った。

 

トウコが、ふっと笑った。

「……嘘、下手だね」

 

俺は心の中で泣いた。

(俺もそう思う)

その時。

俺のスマホが震えた。

 

ピコン。

 

通知。

嫌な予感しかしない。

 

画面には――

【ヒカリ:零ぃぃぃぃ!!!無事についたよね!?!?】

【シロナ:無事なら連絡しなさい】

【ダイゴ:返事がないが大丈夫か】

俺は青ざめた。

 

メイが覗き込んでくる。

「え、誰!?ダイゴ!?」

 

トウコの目が細くなる。

「……あなた、まさか」

 

俺は咄嗟にスマホを隠した。

「いや、違います」

 

トウコは静かに言った。

「今、通知に“ダイゴ”って見えたけど」

 

俺は苦笑いした。

「……見間違いです」

 

トウコは即答した。

「見間違いじゃないでしょ」

 

メイがにっこり笑った。

「ねえ零くん!」

 

嫌な呼び方だ。

距離の詰め方が、完全に「捕獲」なんだよな。

 

「私たちとバトルしようよ!」

 

俺は即答した。

「嫌です」

 

トウコも淡々と言う。

「バトルしないなら、話を聞かせて」

 

俺はまた即答した。

「嫌です」

 

メイが笑顔で言った。

「じゃあアイス奢ってくれたらいいよ!」

 

俺は一瞬だけ黙った。

 

……アイス。

ヒウンアイス。

甘くて冷たくて、幸せの味。

 

メイはさらに言う。

「あと、ミュウ触らせて!」

 

トウコが静かに付け足す。

「それと、あなたの旅の目的も」

 

俺は頭を抱えた。

 

詰んだ。

完全に詰んだ。

イッシュに来た時点で、俺の平和は終わっていたんだ。

 

俺はゆっくり顔を上げ、二人を見て言った。

「……分かりました」

 

メイがぱっと笑顔になる。

「やった!」

 

トウコも満足そうに頷いた。

 

俺はモンスターボールを握る。

仕方ない。

こうなったら、俺は俺のやり方で切り抜けるしかない。

 

こうして俺は。

イッシュ地方でも、平穏とは程遠いスタートを切った。

 

次回

「俺が勝ったらヒウンアイス奢ってください」

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