光が弾けた。
白く眩しい光がヒウンシティの空気を裂くように広がり、周囲の人間たちは一斉に息を呑む。
メガシンカ。
――この世界でも、まだ珍しい現象。
なのに俺は、何故かそれを当たり前のように発動していた。
眩しさが消えた瞬間。
そこに立っていたのは、さらに鋭く、さらに獰猛になった緑の影。
メガジュカイン。
背中から伸びた大きな葉。
腕に生えた刃のような枝。
目の奥には、草タイプとは思えないほどの闘争心が宿っている。
俺は内心で呟いた。
(……いや、なんでメガリング持ってんだよ俺)
誰が渡した。
アルセウスか?
あいつか?
そうとしか思えない。
トウコが目を見開いたまま呟く。
「……本物のメガシンカ……?」
メイは両手を口に当てて叫んだ。
「えええええええ!!かっこよすぎ!!」
周囲の観衆は完全にパニックになっていた。
「なにあれ!?」
「メガシンカだ!!」
「ジュカイン!?イッシュにいないだろ!?」
「誰だよあのトレーナー!」
――誰だよって、俺も知りたい。
俺はただアイス食べに来ただけだったんだぞ。
なのに、いつの間にか四天王とバトルしている。
意味が分からない。
レンブは、メガジュカインを見つめながら静かに言った。
「……メガシンカか」
その声は冷静だったが、目は完全に本気だった。
「君、本当に何者だ?」
俺は即答した。
「ただの旅人です」
レンブは淡々と返す。
「嘘だな」
俺は苦笑いした。
「はい」
トウコが小さく呟いた。
「潔いのか雑なのか分からない……」
メイは楽しそうに手を叩いた。
「零くん!最高!」
最高じゃない。
俺の人生は今、最悪に近づいている。
レンブはモンスターボールを構える。
「行け、ローブシン」
光の中から現れたのは、巨大な格闘ポケモン。
ローブシン。
コンクリートの柱を持ち、威圧感だけで空気を重くする。
さすが四天王の手持ち。
こいつは強い。
俺はジュカインの背中を軽く叩く。
「ジュカイン、集中しろ」
ジュカインは静かに頷いた。
目が鋭い。
レンブが命令する。
「ローブシン、マッハパンチ」
ローブシンが地面を蹴り、拳を突き出す。
速い。
目で追えないレベル。
だが。
俺は口元を歪めて笑った。
「……影分身」
メガジュカインが一瞬で動いた。
残像が生まれる。
視界の中に、メガジュカインが何体も現れたように見える。
ローブシンの拳が空を切る。
レンブの眉がわずかに動いた。
「……厄介だな」
メイが叫ぶ。
「影分身!?ズルい!!」
トウコが冷静に言った。
「ズルくはない。戦術だよ」
俺は続けて命令する。
「ジュカイン、葉っぱカッター」
メガジュカインの腕が振られた。
鋭い葉が無数に飛ぶ。
それはただの草技ではない。
刃物だ。
風を切り裂く音。
鋭利な殺意。
葉がローブシンへ降り注ぐ。
ローブシンは腕で防御しようとするが――
防げない。
葉が、柱を持つ腕を切り裂き、肩を裂き、地面に突き刺さる。
ローブシンが呻き声を上げた。
「……ぐぉおお!!」
レンブが即座に叫ぶ。
「耐えろ!ストーンエッジ!」
ローブシンが地面を叩き、鋭い岩を飛ばす。
だが、俺は冷静だった。
「避けろ」
影分身の残像が散る。
岩が外れる。
ローブシンの攻撃は当たらない。
俺は小さく呟いた。
「……当たらなければどうということはない」
トウコが反応した。
「今、変なこと言った」
メイが笑う。
「零くんオタクだー!」
やめろ。
言うな。
それ以上俺を掘るな。
レンブは腕を組んで俺を見つめる。
そして、静かに言った。
「……君、相当な実力者だ」
俺は軽く肩をすくめた。
「どうも」
レンブが続ける。
「だが、それでも――」
その瞬間。
俺の背後から、圧が増した。
冷たい霧。
黒い気配。
ダークライだ。
こいつ、いつの間にか観戦してやがる。
メイが振り向いて叫ぶ。
「うわぁ!?またいる!!」
トウコが顔を引きつらせる。
「……なんで普通にいるの……」
レンブですら、一瞬視線を逸らした。
だが、すぐに気を取り直してローブシンへ指示を出す。
「ローブシン、気合いパンチ!」
ローブシンの拳に、闘気が集まる。
これはまずい。
直撃したら、ジュカインでも危ない。
俺は短く言った。
「終わらせる」
メイが目を輝かせた。
「え!?決めるの!?」
トウコが息を呑む。
「……来る」
俺は指を前に突き出した。
「ジュカイン。リーフブレード」
メガジュカインが一瞬で距離を詰める。
緑の刃が光った。
そして――
ズバァァァン!!
ローブシンの胸を斬り裂いた。
ローブシンは拳を振り上げたまま、固まり。
そのまま、ゆっくりと膝をついた。
戦闘不能。
─―決着。
周囲が静まり返る。
次の瞬間。
観衆が爆発した。
「すげぇぇぇ!!」
「四天王に勝った!?」
「誰だよあいつ!!」
「メガシンカ使ってる!!」
「動画撮れ!動画!!」
俺は頭を抱えた。
(やめろやめろやめろ)
レンブはローブシンを戻し、俺を見つめた。
そして静かに言った。
「……君は危険だ」
俺は即答した。
「俺もそう思います」
トウコがため息を吐く。
「自覚はあるんだね……」
メイが笑顔で言った。
「零くん、四天王に勝っちゃったね!」
俺は虚無の目で答えた。
「勝っちゃったね……」
レンブは俺に近づき、低い声で言った。
「リーグに来い」
俺は即答した。
「嫌です」
レンブは静かに言った。
「拒否権はない」
俺は叫んだ。
「あるだろ!!人権!!」
トウコが冷静に言う。
「この世界、そういうの弱いよ」
メイが笑う。
「バトルの世界だからね!」
最悪だ。
そしてその時だった。
メイがスマホを構えた。
カシャ。
シャッター音。
俺はゆっくり振り向いた。
「……ん?」
メイは笑顔で言った。
「写真撮った!」
俺は顔を引きつらせた。
「……また?」
トウコがぼそっと言う。
「もう癖だね」
メイは当然のように言った。
「だって絶対バズるもん!」
俺はゆっくり天を仰いだ。
終わった。
また終わった。
俺の人生はいつも終わっている。
メイは即座に投稿した。
そして数秒後。
俺のスマホが震え始めた。
ピコン。
ピコンピコン。
止まらない。
俺は通知欄を見て、絶望した。
【ヒカリ:は??????????】
【ハルカ:え??????????】
【グリーン:また女の子とかよ……】
【シロナ:……あなた、今度は何をしているの】
【ダイゴ:メガジュカイン……?】
俺は呟いた。
「……また知り合いが反応してますね」
メイが笑う。
「ね!」
トウコが真顔で言った。
「知り合いしかいないのが一番怖い」
俺は小さく呟いた。
「……しかもまたバズってるし」
レンブが静かに言った。
「……君、もはや国際問題だな」
俺は泣きそうだった。
俺はただのチュートリアルお兄さんのはずだった。
なのに。
四天王に勝ち。
メガシンカを披露し。
ネットで拡散され。
知り合いに囲まれ。
リーグに呼び出され。
世界に追い詰められていく。
俺は、逃げる準備をした。
心の中で。
(次はどこに逃げよう)
その時。
通知欄に、また新しい名前が出た。
【アイリス:今すぐ会いに行くね!】
俺は固まった。
メイが叫ぶ。
「アイリス来るの!?」
トウコが静かに言った。
「……詰んだ」
俺は、乾いた笑いを浮かべた。
「……逃げます」
次回
「じゃあカロス地方に行ってきますね」