――逃げる。
それが俺の人生の必勝法だ。
いや、必勝法って言うと聞こえがいいけど、実際は違う。
ただの現実逃避。
でも、逃げないと死ぬ。
精神的に。
社会的に。
あとたぶん物理的にも。
俺はスマホを握りしめたまま、ヒウンシティの路地裏を全力で走っていた。
「……なんでこうなるんだよ……!!」
背後から聞こえる声。
「待ってー!!零くーん!!」
メイだ。
あいつ、元気すぎるだろ。
トウコの声も聞こえる。
「メイ、追いかけすぎ!転ぶよ!」
いや、俺を止めろよ。
レンブの低い声も遠くから響いてくる。
「逃げるな!八雲零!」
四天王が追いかけてくるの、普通に怖い。
怖すぎる。
俺は走りながら、肩の上のミュウに囁いた。
「ミュウ、頼む。今だけ静かにして」
「みゅ?」
いや、鳴くな。
そしてセレビィも。
「びぃ!」
お前も鳴くな。
今鳴いたら位置バレる。
……もうバレてるけど。
その時だった。
俺の背後に、冷たい気配が迫る。
黒い霧。
ダークライだ。
こいつ、追いかけてきてるというか、普通に俺の移動に付いてきてるだけだ。
護衛なのか監視なのか分からない。
怖い。
でも、ありがたい。
俺は息を切らしながら呟いた。
「……ダークライ、頼む」
ダークライは無言。
黒い霧が濃くなる。
そして一瞬、周囲の景色が揺らいだ。
メイの声が遠くなる。
「え!?きゃっ……!」
トウコが叫ぶ。
「メイ!?」
レンブの声が途切れる。
「……っ、視界が――」
俺は勝った。
勝ったんだ。
逃げに関しては俺が最強だ。
俺は路地裏を抜けて、人通りの少ない場所まで来ると、ようやく立ち止まった。
「……はぁ、はぁ……」
汗が額を伝う。
息が苦しい。
でも、まだ終わってない。
俺のスマホが震える。
ピコン。
通知。
最悪な文字が見えた。
【アイリス:今どこ!?】
俺は叫びそうになった。
「うるせぇ!!」
やめろ。
お前が来たらイッシュ地方が終わる。
俺の人生も終わる。
そして次の通知。
【ヒカリ:何してんの!?!?!?】
【ハルカ:またチャンピオン戦!?】
【ユウキ:え……メガシンカ……?】
【シロナ:……あなた、また逃げたわね】
【ダイゴ:メガジュカインの件、ちゃんと詳しく聞かせてくれ】
俺は頭を抱えた。
「……もうやだ」
俺は全ての通知を無視し、スマホをポケットに突っ込む。
そして背後を振り向いた。
そこにはダークライがいる。
黒い霧の中で、無言で立っている。
俺はダークライに言った。
「……俺、次どこ行けばいい?」
当然、返事はない。
だが、ダークライは静かに影を伸ばした。
影が、地面に“方向”を示すように広がる。
俺はそれを見て、嫌な予感がした。
「……そっちって」
影の先。
そこには大きな看板があった。
『ヒウンシティ港』
――船。
海。
つまり、他地方への移動手段。
俺は震える声で呟いた。
「……やっぱりそうだよな」
逃げるしかない。
ここに居たら、レンブとアイリスが合流してしまう。
そうなったら俺は終わる。
俺は港へ向かって歩き出した。
ミュウが楽しそうに鳴く。
「みゅー♪」
セレビィも元気に鳴く。
「びぃ!」
俺は死んだ目で呟いた。
「お前ら楽しそうだな……」
港に着くと、ちょうど出航直前の船があった。
行き先を見る。
『カロス地方行き』
俺は即決した。
「……よし、これだ」
俺は切符を買い、船に乗り込む。
甲板の風が冷たい。
潮の匂いがする。
イッシュ地方が少しずつ遠ざかっていく。
俺は手すりにもたれ、空を見上げた。
「……やっと落ち着ける」
その時。
背後から聞こえた声。
「零くーん!!!」
俺は固まった。
振り向くと、港の入り口でメイが手を振っていた。
トウコもその隣で息を切らしている。
レンブまでいる。
なんで来てんだよ。
俺は絶望した。
メイが叫ぶ。
「また会おうねー!!」
トウコが口を開く。
「逃げても、絶対どこかで会うよ」
レンブは腕を組んで言った。
「次に会った時は、リーグへ来てもらう」
俺は乾いた笑いを浮かべた。
「嫌すぎる」
だが、俺は逃げ切る。
俺は、ポケットから紙を取り出した。
連絡先。
――もう癖になっている。
俺はそれを風に乗せるように放り投げた。
ひらひらと舞い、港側へ落ちる。
メイがキャッチして叫ぶ。
「え!?連絡先!?」
トウコが呆れたように言う。
「……ほんとにそれ渡すんだ」
俺は船の上から叫んだ。
「じゃあまた!!」
そして、俺は付け足す。
「俺、カロス地方に行ってきますね!!」
メイが叫び返す。
「また逃げたぁぁぁ!!」
トウコが頭を抱える。
「……ほんとに逃げ足だけは最強」
レンブは小さく笑った。
「……面白い男だ」
面白くない。
全然面白くない。
船が出航する。
イッシュ地方が遠ざかっていく。
俺は深く息を吐き、やっと肩の力を抜いた。
そして、思い出したように呟く。
「……えーと、フレア団がいるのか」
カロス地方。
あの地方には、面倒な組織がいる。
世界を滅ぼすとか言い出す赤いおっさん。
あれだ。
俺は顔をしかめた。
「……だるーい」
俺は鞄を開き、中身を確認する。
そこには――
ギンガ団の服。
マグマ団の服。
アクア団の服。
プラズマ団の服。
そして、フレア団の服。
何故か揃っている。
いや、何故かじゃない。
俺が逃げる度に増えていったんだ。
俺は虚無の目で呟いた。
「……なんで持ってんだよ」
ミュウが嬉しそうに鳴く。
「みゅー♪」
セレビィも鳴く。
「びぃ!」
俺はため息を吐いて、服を鞄に戻した。
「……ま、いざとなったら使うか」
使うな。
絶対使うな。
そう自分に言い聞かせながら、俺はカロス地方へ向かう船の上で、遠い海を眺めた。
逃げ続ける人生。
それでもいい。
俺はただ、平穏に暮らしたいだけなんだ。
――ただそれだけなのに。
俺のスマホが震えた。
ピコン。
通知。
嫌な予感がして画面を見る。
【シロナ:次はどこ?】
【ヒカリ:また逃げたの!?】
【メイ:カロス行くならやっぱ私も行こっかな!】
【トウコ:……無事ならまた連絡して】
【アイリス:追いかける!!】
俺は絶望して、スマホを閉じた。
「……追いかけるな」
船は進む。
俺の平穏は遠ざかる。
そして、カロス地方という次の地獄が近づいてくる。
次回カロス地方編
「あ、こんにちは」