チュートリアルお兄さん(呪い)   作:夜神桜

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第17話 あ、こんにちは

カロス地方。

海を越えた先にある、上品で、綺麗で、そして――面倒な予感しかしない地方。

 

船が港に到着した瞬間、俺は甲板から飛び降りる勢いで地面に降り立った。

 

「……やっと着いた」

 

潮風がイッシュとは違う匂いを運んでくる。

どこか甘いような、花みたいな匂い。

街並みも整っていて、建物も洒落ている。

 

さすがカロス地方。

全体的に「オシャレ」を押し付けてくる感じがする。

 

俺は深呼吸した。

「……よし。今回は静かに生きる」

 

そう誓った瞬間。

スマホが震えた。

ピコン。

 

【ヒカリ:零、今どこ!?!?】

 

「……」

 

俺は無言でスマホを耳に当てた。

「……もしもし」

 

すると、開口一番。

『ちょっと!!また逃げたでしょ!!』

 

ヒカリの声が耳を貫く。

相変わらず元気すぎる。

 

「いや、逃げたっていうか……」

 

『イッシュ地方のリーグ関係者が大騒ぎだよ!?』

 

「知らんがな……」

 

『トウコもメイも泣いてたし!』

 

「泣くなよ!?重いんだよ!」

 

俺は頭を抱えた。

 

電話越しにヒカリが続ける。

『で、今どこ?』

 

「……カロス」

 

『は?』

 

「カロス地方」

 

『は????』

 

沈黙。

 

そして、ヒカリが呆れた声で言った。

『……あんた、ワープでもしてんの?』

 

「俺もそう思う」

 

そんな会話をしていると、目の前の道を歩いてきた少女がいた。

赤い帽子に、可愛らしい服装。

髪は明るい茶色で、目は優しい色。

手にはモンスターボール。

 

どう見ても旅立ったばかりの新人トレーナー。

彼女は、少し緊張したように俺を見た。

 

そして、小さく会釈する。

「……あ、あの」

 

俺は反射的に口を開いた。

「あ、こんにちは」

 

その瞬間。

ヒカリの声が電話越しに響く。

『え?誰!?女!?』

 

「うるさいな」

 

少女は、俺のスマホ越しの声を聞いて、ちょっと驚いた顔をした。

「あ……電話中でしたか?」

 

「いや、まぁ……うん」

 

俺は適当に頷いた。

 

そして、目の前の少女の顔を改めて見る。

……可愛い。

 

いや、可愛いとか言ってる場合じゃない。

こっちは炎上中だぞ。

 

俺は自分を戒めた。

 

少女は少し恥ずかしそうに笑った。

「私、セレナって言います」

 

――あ。

セレナ。

カロス地方の主人公枠。

アニメでもゲームでも「ヒロイン」扱いされがちな存在。

 

つまり、関わったら面倒くさいやつだ。

俺の中の危険センサーが全力で鳴り響く。

 

だが、俺の口は勝手に動いた。

「……セレナさん、こんにちは」

 

丁寧に言ってしまった。

その瞬間。

 

電話の向こうのヒカリが叫んだ。

『セレナ!?!?!?!?!?』

 

うるせぇ!!!!!

 

「お前なんで知ってんだよ!!」

 

『知ってるに決まってるでしょ!?』

 

セレナは困ったように首を傾げた。

「……あの、お知り合いですか?」

 

俺は即答した。

「違います」

 

『違うって何!?』

 

「ただの幼馴染です」

 

『幼馴染って何!?』

 

やめろ。

言葉が勝手に出る。

 

俺は電話を持ちながら、セレナに笑いかけた。

「今うるさいですけど気にしないでください」

 

セレナは少し笑った。

「ふふ……はい」

 

可愛い。

可愛いけど、これ以上関わると俺の人生が終わる。

 

俺は電話に向かって言った。

「ヒカリ、今忙しいから切るぞ」

 

『ちょっと待って!今の状況説明して!』

 

「無理」

 

『無理じゃないでしょ!』

 

「無理なもんは無理」

 

俺は通話を切った。

そして、空を見上げる。

 

――静かになった。

最高。

だが、静寂は長く続かない。

 

セレナが少しだけ距離を詰めて、俺を見上げた。

「えっと……あなたは旅をしてるんですか?」

 

俺は一瞬迷った。

 

旅をしている。

それは事実だ。

だが、正確に言えば「逃亡」だ。

 

俺は曖昧に笑った。

「……まぁ、そんな感じ」

 

セレナは嬉しそうに言った。

「私もなんです!今日から旅に出るんです!」

 

初心者特有の、キラキラした目。

眩しい。

眩しすぎる。

 

俺は目を逸らした。

「そっか……頑張って」

 

セレナはモンスターボールを握りしめる。

「私、ポケモンバトルもまだ慣れてなくて……」

 

俺は嫌な予感がした。

 

まさか。

まさかだよな?

 

セレナは続ける。

「よかったら……少し、バトルしてもらえませんか?」

 

ほら来た。

カロス地方に来て早々、チュートリアルが始まった。

俺は天を仰いだ。

 

「……」

俺の平穏、開始5分で終了。

 

俺はセレナの目を見て、静かに頷いた。

「……いいよ」

 

セレナの顔がぱっと明るくなる。

「ほんとですか!?」

 

俺はため息を吐く。

「ただし、優しくな」

 

セレナは元気よく頷いた。

「はい!」

 

――こうして。

俺の「静かに生きる」という誓いは、カロス地方に着いて即死した。

そして俺は気づいていなかった。

 

この出会いが、また俺の人生を大きく狂わせることになるということを。

 

次回

「うるさいですけど気にしないでください」

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