――嫌な予感は、だいたい当たる。
カロス地方に来て数分。
俺はもう、バトルの流れに巻き込まれていた。
目の前にはセレナ。
そしてその足元には、赤い毛並みの小さな狐――フォッコ。
可愛い。
普通に可愛い。
セレナは緊張した顔でモンスターボールを握っている。
「よ、よろしくお願いします!」
俺は軽く手を挙げた。
「はいはい。よろしく」
……いや、ほんとに。
何やってんだ俺。
静かに生きるんじゃなかったのか。
俺はスマホをポケットに突っ込んだ。
さっきまでヒカリがうるさかったが、今は通話を切っている。
これで平和。
平和……のはず。
セレナはフォッコに声をかける。
「フォッコ!がんばってね!」
「フォッコ!」
フォッコは元気よく鳴いた。
俺は自分のモンスターボールを取り出す。
――出すのは、何でもいい。
相手は初心者だ。
強すぎるのはダメ。
ガブリアスとか出したら一瞬で終わる。
ジュカインもダメ。
ミュウ?論外。
俺はボールを見つめながら小さく呟いた。
「……初心者相手だしな」
そして、俺は投げた。
「行け。ポチエナ」
光が弾けて、黒い子犬が現れる。
「ガウッ!」
セレナの目が丸くなった。
「わぁ……ポチエナ……!」
カロス地方にはいないポケモン。
それだけで新鮮に映るんだろう。
セレナは嬉しそうに言った。
「かっこいいですね!」
俺は苦笑した。
「まぁな」
ポチエナは俺の足元で尻尾を振っている。
こいつ、わりと愛嬌ある。
俺はしゃがんで頭を撫でた。
「適当にやるぞー」
「ワン!」
セレナが少し深呼吸する。
「……いきます!フォッコ!」
そして、可愛い声で叫んだ。
「ひのこ!」
フォッコが口を開け、小さな火の玉を飛ばした。
ポチエナに向かって一直線。
俺は軽く言う。
「避けろ」
ポチエナはひょい、と横に跳んで避けた。
火の玉は地面に当たり、パチパチと燃えた。
セレナは「あっ」と声を漏らした。
「え……!?」
俺は思った。
あぁ、そうか。
セレナはまだ「命令しても当たる」って感覚なんだ。
最初はそうだよな。
俺は少しだけ優しく言った。
「攻撃は、当てる工夫しないと意味ないぞ」
セレナは慌てて頷く。
「は、はい!」
フォッコも「フォ……」と少し落ち込んだように鳴いた。
俺はポチエナに指示を出す。
「ポチエナ。ひっかく」
「ガウッ!」
ポチエナが駆け出し、フォッコへ一直線。
セレナは焦った顔で叫ぶ。
「フォッコ!避けて!」
フォッコは必死に横へ飛ぶ。
だが、間に合わない。
ポチエナの爪がフォッコの頬をかすめた。
「フォッコッ!」
フォッコが小さく悲鳴を上げ、よろける。
セレナが息を呑む。
「フォッコ、大丈夫!?」
俺は慌てて言った。
「いや、そこまで強くは――」
その瞬間。
ピコンピコンピコン!!!!!
俺のポケットが狂ったように震え始めた。
「……あ?」
嫌な予感。
俺はポケットからスマホを取り出した。
画面には通知。
【ヒカリ:出ろ!!!!】
【メイ:今カロスのどこ!?】
【トウコ:お願いだから返事して】
【セレナといるってマジ?】
【なんでカロス!?!?】
俺は固まった。
「……」
セレナはバトル中なのに、気になったのか俺を見た。
「え、えっと……?」
俺は苦笑して言った。
「今うるさいですけど気にしないでください」
セレナは目を瞬かせる。
「は、はい……?」
気にしないでください、じゃねぇよ。
こっちが気にしたいわ。
俺はスマホを見つめながら小さく呟いた。
「……どこから漏れた」
その時だった。
また通知。
【メイ:え、写真あるんだけど!?】
【ヒカリ:何してるの!?!?!?】
俺は叫びそうになった。
「写真!?!?!?!?」
セレナがびくっとする。
「えっ!?」
俺はスマホを握りしめたまま、天を仰いだ。
カロス地方に来てまだ一時間も経ってない。
なのに、もう情報が漏れてる。
……ありえない。
いや。
ありえる。
この世界、原作キャラのネットワークが強すぎる。
俺は震える指でSNSを開いた。
そして見つけた。
――投稿されている。
【カロスで怪しい男とセレナが話してるんだけどww】
【え、これ八雲零じゃね?】
【また女といるwww】
【もう完全に女癖悪いだろ】
俺は静かにスマホを閉じた。
セレナが不安そうに聞く。
「……あの、大丈夫ですか?」
俺は笑顔を作った。
「大丈夫。よくあること」
セレナは納得していない顔だった。
「……よくあること?」
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。
「……よくあることなんだよ」
もう泣きたい。
だが、バトルは終わっていない。
フォッコはまだ立っている。
ポチエナも元気。
セレナは小さく拳を握りしめた。
「……フォッコ。もう一回、ひのこ!」
フォッコは頷くように鳴き、火の玉を飛ばす。
さっきより速い。
狙いもいい。
俺は感心した。
「お、成長早いな」
俺は指示を出す。
「ポチエナ、横に避けろ」
ポチエナは軽く跳んで回避。
だが。
火の玉は地面に当たった瞬間、跳ねて、ポチエナの足元に火花を散らした。
「ワンッ!?」
ポチエナが少し怯む。
セレナが目を輝かせた。
「当たった……!」
俺は思わず笑った。
「いいじゃん」
セレナは嬉しそうに頷く。
「はい!」
――その表情を見た瞬間。
俺は少しだけ思った。
炎上とか、面倒とか。
そういうのは嫌だ。
嫌だけど。
こういう「旅の始まり」ってやつは、嫌いじゃない。
俺は小さく息を吐き、ポチエナに言った。
「……ポチエナ。もう一回、ひっかく」
「ガウッ!」
ポチエナが駆け出す。
フォッコは避けようとする。
だが、間に合わない。
ポチエナの爪がフォッコに当たり、フォッコはよろけた。
「フォッコ……!」
セレナが声を上げる。
フォッコは倒れない。
だが、膝をついている。
限界だ。
セレナは悔しそうに唇を噛んだ。
そして、小さく言った。
「……フォッコ、戻って」
フォッコは「フォ……」と鳴きながらボールへ戻った。
バトル終了。
俺はポチエナを撫でて言った。
「よし。戻れ」
ポチエナもボールに戻る。
セレナは少し悔しそうに、でも笑顔で言った。
「……負けちゃいました」
俺は肩をすくめた。
「最初はそんなもん」
セレナは真剣な顔で頷く。
「もっと強くなります!」
その瞬間。
俺のスマホがまた震えた。
画面には――
【ダイゴ:面白い噂を聞いたよ】
【ダンデ:おいおいまたか!?】
俺は目を見開いた。
「……は?」
セレナが首を傾げる。
「えっと……?」
俺は引き攣った笑みで言った。
「……いや、なんでもない」
なんでもなくない。
何で何度もホウエンの石オタクとガラルの最強が反応してんだよ。
俺はセレナの前で、静かに心の中で誓った。
――もう絶対、写真を撮らせない。
だが。
この誓いが、次の瞬間に砕け散ることを。
俺はまだ知らなかった。
次回
「えーと…ポケモンバトルします?」