フォッコとのバトルが終わった後。
セレナは悔しそうな顔をしながらも、どこか楽しそうに笑っていた。
その表情を見て、俺は少しだけ安心する。
初心者の頃って、負けても楽しいんだよな。
……いや、俺は初心者の頃から負けたら普通に腹立ってた気がするけど。
セレナはモンスターボールを握ったまま、俺を見上げた。
「ありがとうございました!すごく勉強になりました!」
俺は軽く頷いた。
「いや、まあ。頑張れ」
セレナは一歩前に出る。
そして、少しだけ言いづらそうに口を開いた。
「……あの」
嫌な予感がした。
俺の経験則だ。
この「……あの」の後は、大体面倒くさい展開になる。
「……何?」
セレナは頬を少し赤くしながら言った。
「もう一回、バトルしてもらえませんか?」
俺は固まった。
「……は?」
セレナは慌てて手を振る。
「い、いえ!別に、無理ならいいんですけど……!」
俺は内心で叫んだ。
無理だよ!!
俺、炎上してんだよ!!
今俺とセレナが並んでるだけで「交際確定」とか言われるんだぞ!?
しかも、さっきのバトル中に通知が鳴り止まなかったせいで、俺の精神がもう限界。
……なのに。
セレナの目が真剣すぎた。
純粋に、強くなりたい。
勝ちたい。
旅をしたい。
そういう目だ。
こういう目をされると、断れない。
俺は天を仰いだ。
「……」
俺の人生、どこでこうなったんだ。
俺はため息を吐いて、言った。
「……えーと……」
そして、逃げ道を探すように周囲を見回した。
街の人々。
通りすがりのトレーナー。
遠くの草むら。
そして――数メートル先で、スマホを構えている女の子。
明らかに俺達を撮ろうとしている。
俺は顔が引き攣った。
「……やめろ」
その女の子はニヤニヤして、さらにズームしてきた。
絶対SNSに上げるタイプだ。
終わった。
俺は諦めてセレナに向き直った。
「……どうしますか」
セレナが首を傾げる。
「え?」
俺は言った。
「えーと…どうしますか。ポケモンバトルします?」
セレナの顔が一気に明るくなる。
「はい!!」
……即答かよ。
俺は頭を抱えた。
「……分かった」
そして、俺は自分のモンスターボールを見つめた。
初心者相手だ。
ポチエナでも十分だが、同じポケモンばかりだとセレナもつまらないかもしれない。
でも強すぎるのは絶対にダメ。
リザードン、ガブリアス、サンダース、ミュウツー。
論外。
ジュカインも強い。
メガシンカなんてしたらセレナが泣く。
俺は少し考え――
ボールを一つ手に取った。
「……こいつなら、ちょうどいい」
俺は投げた。
「出てこい、ポチエナ……じゃない」
言いかけて止めた。
いや違う。
俺はすぐに訂正する。
「……えっと、違う。出てこい――」
――ボールから光が弾けた。
現れたのは。
緑の身体、鋭い目つき、腕には葉っぱの刃。
「ジュカァァァァイン!!」
セレナが固まった。
「え……」
俺も固まった。
「……え?」
――ジュカイン。
ホウエン地方の御三家最終進化。
しかもこいつ、俺の手持ちの中でもかなり仕上がってるやつ。
そして何より。
ジュカインの腕には――
「メガストーン」が、当然のように装着されていた。
俺はゆっくり目線を下げる。
自分の手首。
そこには。
――メガリング。
光っていた。
「……あ」
終わった。
セレナの目が、まるで星みたいに輝いた。
「え……!?メガリング!?それって……!」
俺は反射的に言った。
「違います」
「何がですか!?」
「違います」
何が違うのか自分でも分からないが、とりあえず否定した。
セレナは興奮気味に言う。
「すごい……!私、メガシンカってまだ見たことなくて……!」
俺は胃が痛くなった。
ダメだ。
ダメなんだよ。
見せたらSNSに上げられる。
絶対に上げられる。
そして俺はまた炎上する。
さっきからスマホの通知も鳴りっぱなしだ。
俺はスマホを見る。
【メイ:ちょ今ジュカイン出した!?】
【ヒカリ:何でメガリング持ってんの!?】
【トウコ:今すぐ説明して】
【ダイゴ:ジュカイン、いいね】
【ダンデ:それは反則だろ!?】
俺はスマホを握り潰しそうになった。
「……メイ、お前今どこにいるんだよ」
セレナが不思議そうに聞く。
「メイ……?お友達ですか?」
俺は即答した。
「違います」
「えっ!?」
俺はもうダメだと思った。
俺の人生、もう詰んでる。
セレナはジュカインを見て目を輝かせたまま言った。
「……あの!そのジュカインと戦ってもいいですか!?」
俺は思った。
いや、無理だろ。
フォッコだぞ?
レベル差ありすぎる。
だがセレナの顔は本気だった。
俺は悩んだ。
そして――
ジュカインが俺を見て、ニヤっと笑った気がした。
こいつ。
絶対楽しんでる。
俺はため息を吐いて、言った。
「……分かったよ」
セレナは嬉しそうに頷く。
「ありがとうございます!」
俺はジュカインに目線を向ける。
「ジュカイン。手加減しろ」
「ジュカァ!」
ジュカインは自信満々に吠えた。
セレナがモンスターボールを構える。
「フォッコ!お願い!」
「フォッコ!」
フォッコが飛び出してきて、ジュカインを見た瞬間、少し怯えた。
そりゃそうだ。
進化系どころか、最終進化だ。
しかも圧が違う。
俺はフォッコに向かって小さく言った。
「……すまんな」
セレナはフォッコの頭を撫でた。
「大丈夫!フォッコ、頑張ろう!」
フォッコは少し震えながらも、前を向いた。
「フォッコ……!」
いい子だな。
俺は少し感心した。
セレナが叫ぶ。
「フォッコ!ひのこ!」
火の玉が飛ぶ。
ジュカインは動かない。
火の玉が当たり、ジュカインの身体が少し燃える。
だが。
ジュカインは無傷みたいな顔で立っている。
セレナが「えっ」と声を漏らした。
俺は心の中で謝った。
タイプ相性は悪くない。
だけど、種族値と経験が違いすぎる。
俺はジュカインに言った。
「……ジュカイン。適当に、葉っぱカッターで終わらせろ」
セレナが「葉っぱカッター!?」と驚く。
ジュカインは腕の葉を振り、鋭い葉の刃を飛ばした。
緑の光が一直線に走る。
フォッコは避けようとする。
だが、間に合わない。
――直撃。
「フォッコッ!!」
フォッコが倒れた。
気絶。
セレナが固まった。
俺も固まった。
「……」
やりすぎた。
手加減しろって言っただろ。
ジュカインは何故かドヤ顔をしていた。
セレナはフォッコを抱き上げ、悔しそうに唇を噛んだ。
だが、泣かない。
泣かずに言った。
「……負けました」
俺は申し訳なくて、思わず頭を下げた。
「ごめん。ちょっとやりすぎた」
セレナは首を振った。
「いえ……!私がお願いしたんです!」
そして、セレナは笑った。
「でも……すごかったです。ジュカイン、強いですね」
俺は苦笑した。
「まあな」
その瞬間。
背後から「カシャ」という音が聞こえた。
俺はゆっくり振り返る。
さっきのスマホを構えていた女の子が、満面の笑みでこっちを見ていた。
――撮ったな?
俺は青ざめた。
「……おい」
女の子は逃げるように走り去った。
「じゃっ!」
俺は追いかけようとしたが遅い。
スマホの通知が、すぐに爆発した。
ピコンピコンピコンピコン!!!!!
【速報:セレナの隣にいる男、メガリング持ち】
【メガジュカイン!?!?!?】
【八雲零、カロスでも暴れる】
【また主人公と絡んでて草】
【こいつ絶対女癖悪い】
俺はその場で膝をついた。
「……終わった」
セレナが心配そうに覗き込む。
「だ、大丈夫ですか!?」
俺は笑った。
笑うしかなかった。
「……大丈夫だよ」
嘘だ。
全然大丈夫じゃない。
俺の人生、また燃えてる。
そして、通知の中に見覚えのある名前が混ざっていた。
【フラダリ:面白いね】
俺は目を見開いた。
「……は?」
セレナは首を傾げる。
「フラダリ……?」
俺は冷や汗をかいた。
まずい。
カロス地方の黒幕が、俺に興味を持った。
俺は確信した。
この地方、絶対ヤバい。
俺はセレナに笑顔を作って言った。
「……じゃあ、俺そろそろ行くわ」
セレナは慌てた。
「えっ!?もう!?」
俺は頷く。
「うん。旅、頑張れ」
セレナは少し寂しそうにしながらも、笑って言った。
「はい!また会えたら、お願いします!」
俺は背を向けて歩き出した。
そして、心の中で叫ぶ。
――俺は静かに生きたいだけなんだよ!!!
なのに何で毎回こうなる!?
俺はスマホを握りしめながら、早足で街を離れた。
その背後で、通知音は鳴り止まなかった。
次回アローラ地方編
「南国で綺麗な海だけど…暑い」