外は相変わらず暑かった。
暑い。
暑すぎる。
なんなら空気が熱い。
俺はククイ博士の家から出た瞬間、現実を思い出した。
――俺、なんでここにいるんだっけ。
あぁそうだ。
逃げてきたんだ。
炎上から。
人間関係から。
アルセウスの趣味から。
なのに今は、博士と主人公に挟まれてバトルをする流れになっている。
俺の人生、終わってる。
ミヅキは隣でぴょんぴょん跳ねながら言った。
「れい!どのポケモン出すの!?」
俺は頭を掻いた。
「……適当」
ククイ博士が笑う。
「ハハハ!適当で勝てるなら苦労しないぞ!」
俺は心の中で呟いた。
適当で勝てるから困ってんだよ。
だがその時、遠くから声が聞こえた。
「ククイ博士ーー!!」
俺はそちらを見た。
そこにいたのは――
明らかに“偉い”雰囲気の男。
肌は褐色。
背は高い。
腕が太い。
何より、目が鋭い。
そして、背後にいるポケモンの圧がヤバい。
俺は直感で悟った。
この人、強い。
ククイ博士が軽く手を上げる。
「おっ、ハラさん!」
……ハラ。
聞いたことがある。
アローラのしまキング。
格闘タイプの使い手。
そしてこの地方の“試練”を管理している存在。
俺は思わず小声で呟いた。
「……しまキング?」
ミヅキが元気よく頷く。
「そう!この人がメレメレ島のしまキング、ハラさんだよ!」
俺はハラをじっと見た。
圧がある。
四天王みたいな圧。
いや、四天王より怖いかもしれない。
俺は率直に口にした。
「しまキングって四天王みたいな感じ?」
ミヅキはきょとんとした。
「してんのう?」
ククイ博士は笑いながら説明する。
「まあ、似たようなものだな!島巡りをするトレーナーを導く役目だ!」
ハラは俺をじっと見ていた。
目が怖い。
この人、絶対「戦ってみろ」って言うタイプだ。
俺は心の中で警戒した。
するとハラがゆっくり口を開いた。
「……おぬし、見慣れぬ顔だな」
声が低い。
腹に響く。
俺は反射的に背筋を伸ばした。
「……どうも」
ハラは目を細める。
「その目……ただ者ではないな」
やめろ。
そういうのやめろ。
俺はただの高校生だ。
ただの転生者だ。
ただのチュートリアルお兄さんのはずなんだ。
ククイ博士が嬉しそうに言った。
「ハラさん!彼が八雲零だ!」
余計なこと言うな。
ハラは俺の名前を聞いて、少し眉を動かした。
「八雲零……」
そして、何故か納得したように頷く。
「なるほど。噂の」
噂の。
噂の?
俺は固まった。
「……え?」
ミヅキも驚く。
「えっ!?れいって噂になってるの!?」
俺は心の中で叫んだ。
なってるに決まってるだろ!!!
俺、カントー元チャンピオン扱いされてるし、各地方で主人公と絡んで炎上してるんだぞ!!!
ハラは腕を組み、ゆっくり言った。
「最近、各地方で妙な噂が流れておる」
俺は嫌な汗をかく。
「妙な噂……?」
ハラは続けた。
「どこにでも現れ、強者を倒し、少年少女と絡み……」
やめろ。
やめてくれ。
ミヅキが目を輝かせた。
「えっ!?なにそれ!すごい!!」
すごくない。
最悪だ。
ハラは俺を見て言った。
「おぬし……試しに、ワシと一戦どうだ」
来た。
来たよ。
やっぱり言った。
ククイ博士がニヤニヤしながら言う。
「いいじゃないか!ハラさんとバトルできる機会なんて滅多にないぞ!」
ミヅキも両手を合わせて頼んでくる。
「お願い!れい!私も見たい!」
俺は思った。
終わった。
アローラ到着してまだ一日経ってないのに、しまキング戦が始まる。
しかも相手はハラ。
格闘タイプの達人。
そして何より。
俺は今、精神的に疲れている。
……が。
断れない。
俺は深く息を吐いた。
「……分かりましたよ」
ハラは口元を少し上げた。
「よい返事だ」
俺はポケットからモンスターボールを取り出した。
ここでガブリアスは出せない。
ミュウツーは論外。
ジュカインもダメだ。
強いポケモンを出せば、確実に炎上が加速する。
だが弱すぎても、しまキング相手に失礼。
俺は少し悩み――
ボールを選んだ。
「……行け、サーナイト」
光が弾け、白いドレスのようなポケモンが現れる。
「サーナイ……!」
ミヅキが目を輝かせた。
「わぁ!きれい!」
ククイ博士も頷く。
「サーナイトか!格闘に強いな!」
ハラは頷いた。
「なるほど。理にかなっておる」
ハラは自分のボールを投げる。
「出でよ、ハリテヤマ」
巨体の格闘ポケモンが現れる。
「ドスコイ!!」
圧がすごい。
ミヅキが思わず後ずさる。
「うわ……でっか……」
俺はサーナイトを見て小さく言った。
「……手加減するなよ」
サーナイトは静かに頷いた。
ハラが言う。
「では始めるぞ。若者よ」
俺は頷く。
「……どうぞ」
次の瞬間。
俺のスマホが震えた。
また通知だ。
俺は見ないようにした。
見たら負けだ。
だが、振動が止まらない。
ハラが言った。
「ハリテヤマ!はっけい!」
ハリテヤマが突進して掌底を叩き込む。
俺は即座に指示を出した。
「サーナイト、テレポート」
サーナイトの身体が一瞬消える。
ハリテヤマの攻撃は空振り。
次の瞬間、サーナイトが背後に現れる。
ハラが目を細めた。
「ほう……」
俺は言う。
「サーナイト、サイコキネシス」
念力が渦巻き、ハリテヤマの身体が宙に浮く。
「ドスコイ!?!?」
ハリテヤマが暴れるが、動けない。
ミヅキが口を押さえた。
「すご……」
ハラは落ち着いて言った。
「ハリテヤマ、耐えろ」
俺は少し驚いた。
しまキング、動じない。
普通なら焦る。
だがハラは冷静だ。
俺は内心、少しだけ楽しくなってきた。
――強い相手と戦うのは、やっぱり面白い。
俺は言った。
「サーナイト、ムーンフォース」
月の光が弾け、ハリテヤマに直撃する。
「ドォォォスコイ!!」
ハリテヤマが吹き飛び、地面に膝をついた。
……が、倒れない。
ハラが静かに笑った。
「まだだ」
俺は目を細めた。
タフすぎる。
ハリテヤマは根性で立ち上がり、吠えた。
「ドスコォォイ!!」
その姿を見て、ミヅキが思わず声を漏らした。
「うわぁ……かっこいい……!」
俺はサーナイトに言う。
「……終わらせるぞ」
サーナイトが静かに構えた。
ハラが叫ぶ。
「ハリテヤマ!もう一度はっけい!」
俺は即答する。
「サーナイト、サイコショック」
光の衝撃波が放たれ、ハリテヤマに直撃。
ハリテヤマはそのまま倒れた。
気絶。
静寂。
風が吹き抜ける。
そして、ミヅキが目を輝かせて叫んだ。
「すごーーい!!れい強すぎ!!」
俺は乾いた笑いを漏らした。
「……いや、まあ」
ハラはハリテヤマを戻し、俺を見て頷いた。
「見事だ」
そして、少しだけ優しい声で言った。
「おぬし……アローラに来たのは、ただの偶然ではないな」
俺は固まった。
「……え?」
ハラは続ける。
「この島は、流れ者を拒まぬ。だが運命からは逃げられぬ」
やめろ。
そういう運命とか言うな。
俺は運命って言葉が嫌いなんだよ。
その瞬間。
俺のスマホがまた震えた。
今度は着信。
画面に表示された名前を見て、俺は絶望した。
【トウコ】
ミヅキが覗き込んで言った。
「トウコ……?誰?」
俺は青ざめた顔でスマホを見つめたまま答えた。
「……鬼」
ミヅキが「え?」って顔をした。
ククイ博士が笑う。
「ハハハ!鬼ってなんだ!」
俺はスマホを耳に当て、死んだ目で言った。
「……もしもし」
電話の向こうから聞こえた声は、怒りに満ちていた。
『零ぃぃぃぃぃ!!!!』
俺は思った。
アローラ。
暑い。
海は綺麗。
でも。
俺の人生は、相変わらず終わってる。
次回
「うるさいよトウコ!」