スマホが、また震えた。
いや、震えるというか……もはや痙攣している。
通知欄には俺の名前が並び、まとめサイトが量産され、意味不明な考察班が湧き、俺の過去の行動が発掘され、ついでに“女癖が悪い疑惑”まで勝手に追加されていた。
……誰だよ。
誰がそんな設定付け足したんだよ。
俺は砂浜のベンチに座り、海を眺めながら深くため息をついた。
波の音だけが優しい。
現実だけが地獄。
「……はぁ」
俺はスマホを見つめる。
連絡先一覧。
メイ、トウコ、セレナ、ハルカ、ヒカリ、ミヅキ……。
その中で、今の俺に必要なのは――。
「……こういうとき頼れるの、ヒカリしかいねぇ」
トウコは火に油を注ぐタイプだし、メイはガソリンぶち撒けるタイプだ。
セレナは心配してくれるけど、逆に周囲が「彼女か!?」って騒ぐ。
ハルカは煽ってくる。
ミヅキは逆効果だ
つまり、詰んでる。
俺は覚悟を決め、通話ボタンを押した。
数回のコール。
そして、聞き慣れた声が返ってくる。
『もしもし?零?』
その瞬間、俺は泣きそうになった。
「……もしもしヒカリ」
『どしたの?声、死んでない?』
「死んでる」
『え、なに、また炎上?』
何故わかる。
いや、わかるか。
俺は海を見ながら静かに言った。
「……今、大炎上してる」
『あー……やっぱり』
ヒカリの声が妙に落ち着いている。
まるで「またか」みたいなテンションだった。
俺は疑問に思って聞いた。
「……お前、慣れてるのか?」
『そりゃね。シンジくんと一緒にいたら、だいたい燃える』
「お前何してんだよ」
『いや、燃えてないよ!?私は!!』
俺は疲れた顔のままスマホを耳に当て、愚痴を吐き出した。
「メイが写真撮って投稿したんだよ」
『うわ』
「しかもバズった」
『うわぁ……』
「しかも特定された」
『うわうわうわ』
「しかも元カントーチャンピオンなのもバレた」
『……それはワタルのせいだね』
即答だった。
やっぱりか。
俺は乾いた笑いを漏らした。
「だよな」
『ワタル、口軽いもん』
「お前、ドラゴン使いに対する偏見強くね?」
『偏見じゃなくて事実だよ』
さらっと言うな。
俺はスマホを握りしめながら、さらに言った。
「それでさ……俺どうすればいい?」
『どういうこと?』
「こういうときってどうすればいい?」
ヒカリは少し黙った。
考えてるのかと思ったら、あっさり言った。
『笑えばいいと思うよ』
俺は固まった。
「……は?」
『笑えばいいと思うよ』
「……いやいやいや」
『え、違う?』
「違うだろ」
ヒカリは不思議そうに言う。
『だってさ、炎上って止めようとすると逆に燃えるじゃん』
「まぁ……それはそうだけど」
『だから堂々としてればいいの』
堂々と?
今俺は「女癖が悪いチャンピオン兼悪の組織候補」みたいな扱いなんだぞ?
俺は震える声で言った。
「俺、女癖悪いって言われてんだぞ」
『うん』
「うんじゃねぇよ」
『でもさ、零って彼女いないじゃん』
「そうだよ」
『なら潔白じゃん』
「潔白でも疑われるんだよ!!」
ヒカリは笑いながら言った。
『それは普段の行いだね』
「お前味方じゃねぇだろ」
俺は頭を抱えた。
海風が虚しく頬を撫でる。
そして俺は、ふと思い出したことを口にする。
「……てかお前、いつからシンジになったの?」
ヒカリが一瞬黙った。
『……は?』
「なんか、口調がシンジっぽい」
『いや、ならないよ!?』
俺は真顔で続ける。
「お前、最近冷たいし」
『冷たくないよ!?』
「絶対シンジに感化されてる」
『してない!!』
ヒカリは必死に否定した。
だが俺は確信した。
こいつ、確実にシンジの影響を受けている。
俺はため息をつき、さらに言った。
「あと俺、零は零でも綾○レイじゃないから」
『え、なに急に!?』
「笑えばいいと思うよって、綾○に返したセリフじゃん」
『知らないよ!!そんなの!!』
ヒカリは怒っているようで、笑っているようだった。
『てか、零ほんと疲れてるね?』
「疲れてる」
『じゃあさ、アローラ楽しんできなよ』
「炎上してんのに?」
『炎上してても海は綺麗だよ』
その言葉は妙に刺さった。
確かに、今目の前に広がる海は、信じられないくらい青い。
俺がどれだけ燃えていても、世界は何も変わらない。
俺は少しだけ笑ってしまった。
「……そうだな」
『それで、誰かに何か言われたら』
「うん」
『“そういう噂もあるらしいね”って言って流せばいい』
「それ余計怪しくないか?」
『じゃあ“事実無根です”って言えば?』
「それも怪しいだろ」
『じゃあ……』
ヒカリは少し考えたあと、結論を出した。
『開き直って、チャンピオンっぽく振る舞えばいいよ』
俺は眉をひそめた。
「チャンピオンっぽく?」
『うん。“俺が八雲零だ”って感じで』
「……それ、燃料追加じゃね?」
『追加だね』
「おい」
ヒカリは楽しそうに笑った。
『でもさ、零って結局そういう運命じゃん』
「やめろ」
『あはは』
俺はスマホ越しに笑い声を聞きながら、少しだけ肩の力が抜けた。
たぶん俺は、こういうふうに誰かと話さないと潰れていた。
ヒカリは最後に、さらっと言った。
『あ、あと』
「ん?」
『変な女の子増やしすぎないでね』
「増やしてねぇよ!!」
『でも増えてるじゃん』
「勝手に増えてるんだよ!!」
『ふふ、頑張って』
プツッ。
通話が切れた。
俺はスマホを見つめ、深く息を吐いた。
「……笑えばいいと思う、か」
俺は立ち上がり、青い空を見上げた。
太陽が眩しい。
海が綺麗だ。
そして俺のスマホはまだ震えている。
だが、さっきよりは少しだけマシだった。
「……よし」
俺は決意するように呟いた。
「開き直るか」
その瞬間。
通知が来た。
【トウコ:今からアローラ行く】
俺は真顔になった。
「……いや待て」
待て。
それは待て。
俺は再びスマホを握りしめ、叫んだ。
「笑ってる場合じゃねぇ!!」
次回
「ミュウツー。サイコキネシス!」