サイコキネシスの余波が、まだ海に残っていた。
波が不自然にうねり、砂浜に打ち寄せる水が、どこか重たい。
俺は息を整えながら、目の前に浮かぶミュウツーを見上げた。
こいつは相変わらず、圧がすごい。
無言で空中に立ち、周囲の空気そのものを支配している。
ミュウツーは俺を見下ろし、言葉を発さずとも「次はどうする」と問いかけてくるようだった。
俺は小さく呟く
「……いや、もう十分だろ」
そのときだった。
――ポン。
軽い音。
背後で、モンスターボールが勝手に開いたような、そんな音がした。
俺は反射的に振り返る。
そこにいたのは、小さくて、丸っこくて。
ふわふわ浮いていて。
そして、ありえないくらい自由そうな存在。
ピンク色の幻。
世界で一番“可愛い”のに、世界で一番“ヤバい”やつ。
ミュウだった。
くるくると空中で回りながら、まるで散歩でもするみたいに現れる。
――そして、俺の目の前で止まった。
「……ミュウか。久しぶりに見たな」
自然と、そう言葉が出た。
ミュウは目を細め、嬉しそうに鳴いた。
「みゅ~♪」
……変わらない。
こいつ、何も変わってない。
俺がどれだけ人生狂わされてても、こいつは「久しぶり~」みたいなノリで現れる。
ミュウツーの視線が、ミュウへ向いた。
空気が一瞬で変わる。
さっきまでただの“伝説バトル”だったものが、急に“神話”になった。
海風が止んだ。
鳥が鳴くのをやめた。
世界が、息を止めた。
ミュウツーの目が鋭くなる。
ミュウは相変わらず無邪気な顔で、ミュウツーの周りをくるくる回っている。
「……お前、空気読め」
俺は思わず呟いた。
ミュウは俺の言葉を理解しているのかいないのか、笑うように鳴く。
「みゅっ♪」
そして、ミュウツーの前にふわりと移動し、ちょこんと止まった。
まるで挑発。
ミュウツーの拳が、ぎゅっと握られる。
俺は額に汗を浮かべた。
「……おい、やめろ」
ミュウツーが口を開いた。
『……なぜ、お前がここにいる』
声が直接脳内に響く。
テレパシー。
ミュウの方は、何も言わない。
ただ、くるくる回って楽しそうにしている。
……いや、こいつ絶対わかっててやってるだろ。
俺は昔の記憶を思い出した。
レッドの時。
あの時も、ミュウは突然現れて、突然消えて、突然全部ひっくり返した。
そういうポケモンだ。
幻のくせに、自由すぎる。
俺は諦め半分でため息をつく。
「……ほんと久しぶりだよ。お前」
ミュウは俺の周りを一周し、俺の頭の上にぽすっと乗った。
軽い。
……いや、軽いとかそういう問題じゃない。
ミュウツーが俺を見た。
殺意と困惑が半々の顔。
俺は慌てて両手を上げた。
「違う!俺が呼んだんじゃない!」
ミュウは頭の上で「みゅ~」とご機嫌。
俺は冷や汗をかきながら続ける。
「俺は今、炎上してて……」
ミュウツーが一瞬だけ目を細める。
『……炎上?』
「SNSっていう……いや、説明しても意味ないな」
俺がそう言った瞬間。
ミュウが俺のスマホに手を伸ばした。
そして――。
画面をちょん。
「みゅっ」
次の瞬間、スマホが勝手に動き出した。
「え?」
画面に表示されたのは、トレンド。
【#八雲零】
【#元カントーチャンピオン】
【#女癖が悪い疑惑】
【#悪の組織スカウト】
「……おい」
俺は顔を引きつらせる。
ミュウは楽しそうにスマホをスクロールしていた。
いや、やめろ。
やめてくれ。
その情報に触れるな。
ミュウは急に目を輝かせ、スマホをさらに操作する。
「みゅみゅ!」
「待て待て待て待て!!」
俺が止めようとした瞬間。
――ポンッ。
画面が切り替わった。
何故か、カメラ。
そして、ミュウツーとミュウ、俺が一緒に映っている。
タイマーが表示されていた。
3。
2。
1。
――パシャッ。
「……」
俺の魂が抜けた。
ミュウは「みゅっ♪」と満足そうに鳴く。
そして、勝手に投稿ボタンを押した。
【投稿完了】
俺はゆっくりと天を仰いだ。
「……終わった」
ミュウツーが俺を見下ろしている。
俺は震える声で言った。
「違うんだ。これは事故だ。俺は悪くない」
ミュウツーの目が、さらに冷たくなる。
『……人間は、本当に愚かだな』
「それ俺じゃなくてSNSの話だろ!?」
ミュウは頭の上で楽しそうに踊っている。
完全に犯人。
だが、犯人が幻のポケモンだから、誰も責められない。
いや責めたいけど。
ミュウツーは静かに、しかし確実に戦闘態勢に入った。
周囲の空気が震え、砂浜の砂が浮き上がる。
俺は青ざめる。
「待て待て待て待て!!」
ミュウは嬉しそうに飛び跳ねる。
「みゅーっ♪」
こいつ、完全に「バトルしよ!」って顔だ。
俺は頭を抱えた。
炎上してるのに。
炎上してるのに!
なんで伝説の親子喧嘩の間に挟まれてんだ俺は!!
俺は叫ぶように言った。
「……戦う?」
ミュウが頷くようにくるんと回った。
ミュウツーは沈黙のまま、俺を見ている。
俺は震える手でZリングに目を落とした。
そして、観念して呟いた。
「……戦うなら君のZクリスタルはめるけど?」
その瞬間。
ミュウが、俺の腕にちょこんと触れた。
Zリングが、淡く光る。
海の上で、神話が始まる音がした。
次回
「なら答えるだけだよ…」