空気が重い。
いや、重いとかいうレベルじゃない。
砂浜の上で、ミュウツーとミュウが向かい合っているだけで、周囲の自然が怯えている。
海は波を立てるのをやめ、風は止まり、空は妙に静かだった。
俺は、口を半開きにしてその光景を眺めていた。
――神話の衝突。
――世界の危機。
――アローラ消滅カウントダウン。
そんな単語が頭をよぎる。
そして俺は、震える手でスマホを見た。
通知が増えている。
【#アローラで星が爆発した】
【#しまキング困惑】
【#八雲零またやった】
【#謎のポケモン激怒】
【#ミュウかわいい】
「……ミュウかわいいじゃねぇよ」
思わずツッコミが漏れた。
俺は深呼吸する。
落ち着け。
俺はチュートリアルお兄さん……だったはずの男。
こういう時こそ冷静に、場を収めるべきだ。
俺は、鞄の中を探った。
モンスターボール。
ハイパーボール。
ダークボール。
そして――。
金属の光沢を放つ、少し特別なボール。
「……あ」
俺は手を止めた。
そこにあったのは。
ウルトラボール。
見覚えがある。
というか、これ。
いつからあったんだっけ?
いや、確か昔、レッドと旅してた時にアルセウスから貰って……。
でも今それはどうでもいい。
俺はゆっくりとそれを取り出した。
ミュウツーがこちらを見る。
ミュウもこちらを見る。
しまキングもいない。
観客もいない。
だが、世界が見ている気がする。
SNSが、俺の行動を逐一実況している気がする。
俺は、乾いた笑いを漏らした。
「……これ、もうどうしたらいいんだよ」
UBいないしな…。
ミュウがふわりと俺の前に降りてくる。
無邪気な顔。
まるで「遊ぼう?」とでも言うように。
ミュウツーは静かに浮かび、こちらを見下ろす。
その視線は鋭い。
怒りと、警戒と、ほんの少しの……興味。
俺はふと、思った。
ミュウツーは人間を嫌う。
だけど同時に、ずっと問い続けている。
――人間とは何か。
――自分とは何か。
その答えを、探している。
だからこそ、こんな場に立っている。
俺は、ウルトラボールを指で回した。
そして――。
とんでもないことを口にした。
「……あ、ちょうどあるよ?」
ミュウが首を傾げる。
「みゅ?」
ミュウツーが目を細める。
『……何をする気だ』
俺は、肩をすくめて言った。
「捕まえる?」
沈黙。
砂浜が静まり返る。
海の音すら聞こえない。
俺は自分の発言に、自分で驚いた。
……いや、なんでそんなこと言った?
完全に頭がおかしい。
炎上で脳が焼けたか?
ミュウは一瞬だけ驚いた顔をしたあと、楽しそうに笑った。
「みゅっ♪」
そして、わざわざボールの前に立った。
――いや、入る気かよ。
俺は慌てて叫んだ。
「待て待て待て!冗談だから!」
だがミュウは笑っている。
完全に「面白そうだからやろうぜ」って顔。
ミュウツーは、さらに冷たい声を響かせた。
『……人間。貴様は、幻すら道具にするのか』
「違う!そういう意味じゃない!」
俺は両手を振り回した。
「てか俺だって捕まえられると思ってないし!」
ミュウツーの目が、ほんの少し揺れた。
『……ならば、なぜ言った』
俺は詰まった。
正直に言うしかない。
「……場を収めるため?」
ミュウツーが黙る。
ミュウが楽しそうに鳴く。
「みゅー♪」
……この状況で笑うな。
俺はため息をつき、ウルトラボールを握り直した。
そして、静かに言う。
「なぁミュウ」
ミュウが振り返る。
目が、キラキラしている。
「俺、お前を捕まえたいわけじゃない」
ミュウは首を傾げる。
「みゅ?」
「ただ……お前が自由すぎて、俺の人生が燃えてる」
ミュウはにっこり笑った。
完全に悪びれてない。
俺は続ける。
「ミュウツーもさ。お前、怒るのはわかる」
ミュウツーの目が少しだけ細くなる。
「でも……ここで暴れたら、アローラが終わる」
ミュウツーは何も言わない。
だが、拳の力が少し抜けた。
俺は一歩前に出て、ウルトラボールを掲げた。
「だから、これ」
ミュウツーが警戒する。
『……それがどうした』
俺は、笑って言った。
「これを投げたら終わりにしよう」
ミュウツーの目が鋭くなる。
ミュウは嬉しそうに跳ねた。
俺は言葉を続けた。
「ミュウが入ったら、俺の勝ち」
「入らなかったら、俺の負け」
「勝っても負けても、ここで終わり」
沈黙。
ミュウツーが、ゆっくりと俺を見た。
『……貴様は、命を賭ける気か』
「……うん」
俺は頷いた。
「だって俺、もう炎上してるし」
ミュウツーは一瞬だけ黙り込んだ。
そして、静かに言った。
『……愚かだが、嫌いではない』
その言葉に、俺は少しだけ救われた気がした。
ミュウは、俺の目の前にふわりと浮かび直す。
そして、無邪気に鳴いた。
「みゅーっ♪」
まるで「やろうよ」と言うみたいに。
俺はウルトラボールを構えた。
汗が頬を伝う。
――頼む。
ここで、全部終わってくれ。
俺は叫ぶ。
「……行くぞ!」
そして、ボールを投げた。
ウルトラボールが空を切り、光を反射しながらミュウへ向かう。
ミュウは逃げない。
笑っている。
ボールが触れた瞬間――。
――吸い込まれる。
ミュウが、ボールの中に消えた。
ウルトラボールが砂浜に落ちる。
カチッ。
……揺れる。
カチッ。
……もう一度揺れる。
カチッ。
そして――。
静かに、止まった。
俺は、息を止めた。
ミュウツーも、動かない。
海も、風も、空も、全部止まったみたいだった。
俺は震える声で呟く。
「……え?」
ウルトラボールは、動かない。
つまり。
捕まった。
「……は?」
俺は思わず砂浜に膝をついた。
「……捕まった?」
ミュウツーが静かに俺を見下ろす。
怒りではない。
驚きと、理解できないものを見る目。
俺は叫んだ。
「いやいやいやいやいや!!!」
そしてすぐ、スマホの通知が爆発した。
【速報:ミュウ捕獲】
【#八雲零ガチで何者】
【#幻を捕まえる男】
【#しまキング仕事しろ】
【#アローラの危機回避】
【#ミュウかわいい】
俺は顔を覆った。
「……終わった」
ミュウツーが低い声で呟く。
『……貴様は、どこまで世界を壊すつもりだ』
俺は泣きそうになりながら答えた。
「壊してるのは俺じゃなくてミュウだろ……」
だが、その時。
ウルトラボールが、カタッと揺れた。
そして――。
パチン。
ボールが勝手に開いた。
ミュウが、ふわりと出てきた。
「みゅっ♪」
そして俺の頭の上に、当然のように乗った。
……捕まったのは一瞬だけだったらしい。
俺は無表情で空を見上げた。
「……だよな」
ミュウツーが、深く息を吐く。
『……やはり、そういう存在か』
ミュウは楽しそうに鳴く。
「みゅ~♪」
俺はもう笑うしかなかった。
「……お前さ」
「捕まる気ないのに、捕まったフリすんなよ」
ミュウは無邪気に笑った。
ミュウツーはゆっくりと背を向けた。
そして、最後に一言だけ残した。
『……次に会う時までに、人間としての答えを持ってこい』
その言葉と共に、ミュウツーは空へ消えた。
海風が戻る。
波の音が戻る。
世界が、息を吹き返した。
俺はその場に座り込み、頭の上のミュウを見上げた。
「……なぁミュウ」
ミュウが鳴く。
「みゅ?」
俺は真顔で言った。
「もうちょっと手加減してくれ」
ミュウは、笑った。
「みゅっ♪」
――絶対わかってない。
いや、わかっててやってる。
どっちにしても終わってる。
俺はスマホを見た。
通知が止まらない。
そして俺は、遠い目で呟いた。
「……俺、ほんとに日本に帰りたい」
次回
「…あ…やべ色々出てきたな」