チュートリアルお兄さん(呪い)   作:夜神桜

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第29話 あ、ちょうどあるよ?捕まえる?

空気が重い。

いや、重いとかいうレベルじゃない。

 

砂浜の上で、ミュウツーとミュウが向かい合っているだけで、周囲の自然が怯えている。

海は波を立てるのをやめ、風は止まり、空は妙に静かだった。

 

俺は、口を半開きにしてその光景を眺めていた。

――神話の衝突。

――世界の危機。

――アローラ消滅カウントダウン。

 

そんな単語が頭をよぎる。

 

そして俺は、震える手でスマホを見た。

通知が増えている。

 

【#アローラで星が爆発した】

【#しまキング困惑】

【#八雲零またやった】

【#謎のポケモン激怒】

【#ミュウかわいい】

 

「……ミュウかわいいじゃねぇよ」

思わずツッコミが漏れた。

 

俺は深呼吸する。

 

落ち着け。

俺はチュートリアルお兄さん……だったはずの男。

こういう時こそ冷静に、場を収めるべきだ。

 

俺は、鞄の中を探った。

モンスターボール。

ハイパーボール。

ダークボール。

 

そして――。

金属の光沢を放つ、少し特別なボール。

 

「……あ」

 

俺は手を止めた。

そこにあったのは。

ウルトラボール。

見覚えがある。

 

というか、これ。

いつからあったんだっけ?

いや、確か昔、レッドと旅してた時にアルセウスから貰って……。

 

でも今それはどうでもいい。

俺はゆっくりとそれを取り出した。

 

ミュウツーがこちらを見る。

ミュウもこちらを見る。

 

しまキングもいない。

観客もいない。

だが、世界が見ている気がする。

SNSが、俺の行動を逐一実況している気がする。

 

俺は、乾いた笑いを漏らした。

「……これ、もうどうしたらいいんだよ」

 

UBいないしな…。

 

ミュウがふわりと俺の前に降りてくる。

無邪気な顔。

まるで「遊ぼう?」とでも言うように。

 

ミュウツーは静かに浮かび、こちらを見下ろす。

その視線は鋭い。

怒りと、警戒と、ほんの少しの……興味。

 

俺はふと、思った。

ミュウツーは人間を嫌う。

だけど同時に、ずっと問い続けている。

 

――人間とは何か。

――自分とは何か。

その答えを、探している。

 

だからこそ、こんな場に立っている。

俺は、ウルトラボールを指で回した。

 

そして――。

とんでもないことを口にした。

 

「……あ、ちょうどあるよ?」

 

ミュウが首を傾げる。

「みゅ?」

 

ミュウツーが目を細める。

『……何をする気だ』

 

俺は、肩をすくめて言った。

「捕まえる?」

 

沈黙。

砂浜が静まり返る。

海の音すら聞こえない。

 

俺は自分の発言に、自分で驚いた。

……いや、なんでそんなこと言った?

 

完全に頭がおかしい。

炎上で脳が焼けたか?

 

ミュウは一瞬だけ驚いた顔をしたあと、楽しそうに笑った。

「みゅっ♪」

 

そして、わざわざボールの前に立った。

――いや、入る気かよ。

 

俺は慌てて叫んだ。

「待て待て待て!冗談だから!」

 

だがミュウは笑っている。

完全に「面白そうだからやろうぜ」って顔。

 

ミュウツーは、さらに冷たい声を響かせた。

『……人間。貴様は、幻すら道具にするのか』

 

「違う!そういう意味じゃない!」

 

俺は両手を振り回した。

「てか俺だって捕まえられると思ってないし!」

 

ミュウツーの目が、ほんの少し揺れた。

『……ならば、なぜ言った』

 

俺は詰まった。

 

正直に言うしかない。

「……場を収めるため?」

 

ミュウツーが黙る。

ミュウが楽しそうに鳴く。

「みゅー♪」

 

……この状況で笑うな。

 

俺はため息をつき、ウルトラボールを握り直した。

 

そして、静かに言う。

「なぁミュウ」

 

ミュウが振り返る。

目が、キラキラしている。

 

「俺、お前を捕まえたいわけじゃない」

 

ミュウは首を傾げる。

「みゅ?」

 

「ただ……お前が自由すぎて、俺の人生が燃えてる」

 

ミュウはにっこり笑った。

完全に悪びれてない。

 

俺は続ける。

「ミュウツーもさ。お前、怒るのはわかる」

 

ミュウツーの目が少しだけ細くなる。

「でも……ここで暴れたら、アローラが終わる」

 

ミュウツーは何も言わない。

だが、拳の力が少し抜けた。

 

俺は一歩前に出て、ウルトラボールを掲げた。

「だから、これ」

 

ミュウツーが警戒する。

『……それがどうした』

 

俺は、笑って言った。

「これを投げたら終わりにしよう」

 

ミュウツーの目が鋭くなる。

ミュウは嬉しそうに跳ねた。

 

俺は言葉を続けた。

「ミュウが入ったら、俺の勝ち」

 

「入らなかったら、俺の負け」

 

「勝っても負けても、ここで終わり」

 

沈黙。

 

ミュウツーが、ゆっくりと俺を見た。

『……貴様は、命を賭ける気か』

 

「……うん」

 

俺は頷いた。

「だって俺、もう炎上してるし」

 

ミュウツーは一瞬だけ黙り込んだ。

そして、静かに言った。

『……愚かだが、嫌いではない』

 

その言葉に、俺は少しだけ救われた気がした。

ミュウは、俺の目の前にふわりと浮かび直す。

 

そして、無邪気に鳴いた。

「みゅーっ♪」

 

まるで「やろうよ」と言うみたいに。

俺はウルトラボールを構えた。

汗が頬を伝う。

 

――頼む。

ここで、全部終わってくれ。

 

俺は叫ぶ。

「……行くぞ!」

 

そして、ボールを投げた。

ウルトラボールが空を切り、光を反射しながらミュウへ向かう。

ミュウは逃げない。

笑っている。

 

ボールが触れた瞬間――。

――吸い込まれる。

 

ミュウが、ボールの中に消えた。

ウルトラボールが砂浜に落ちる。

 

カチッ。

……揺れる。

カチッ。

……もう一度揺れる。

カチッ。

 

そして――。

静かに、止まった。

 

俺は、息を止めた。

ミュウツーも、動かない。

海も、風も、空も、全部止まったみたいだった。

 

俺は震える声で呟く。

「……え?」

 

ウルトラボールは、動かない。

つまり。

捕まった。

 

「……は?」

 

俺は思わず砂浜に膝をついた。

「……捕まった?」

 

ミュウツーが静かに俺を見下ろす。

怒りではない。

驚きと、理解できないものを見る目。

 

俺は叫んだ。

「いやいやいやいやいや!!!」

 

そしてすぐ、スマホの通知が爆発した。

 

【速報:ミュウ捕獲】

【#八雲零ガチで何者】

【#幻を捕まえる男】

【#しまキング仕事しろ】

【#アローラの危機回避】

【#ミュウかわいい】

 

俺は顔を覆った。

「……終わった」

 

ミュウツーが低い声で呟く。

『……貴様は、どこまで世界を壊すつもりだ』

 

俺は泣きそうになりながら答えた。

「壊してるのは俺じゃなくてミュウだろ……」

 

だが、その時。

ウルトラボールが、カタッと揺れた。

そして――。

 

パチン。

ボールが勝手に開いた。

 

ミュウが、ふわりと出てきた。

「みゅっ♪」

 

そして俺の頭の上に、当然のように乗った。

……捕まったのは一瞬だけだったらしい。

 

俺は無表情で空を見上げた。

「……だよな」

 

ミュウツーが、深く息を吐く。

『……やはり、そういう存在か』

 

ミュウは楽しそうに鳴く。

「みゅ~♪」

 

俺はもう笑うしかなかった。

「……お前さ」

 

「捕まる気ないのに、捕まったフリすんなよ」

 

ミュウは無邪気に笑った。

ミュウツーはゆっくりと背を向けた。

 

そして、最後に一言だけ残した。

『……次に会う時までに、人間としての答えを持ってこい』

 

その言葉と共に、ミュウツーは空へ消えた。

海風が戻る。

波の音が戻る。

 

世界が、息を吹き返した。

俺はその場に座り込み、頭の上のミュウを見上げた。

 

「……なぁミュウ」

 

ミュウが鳴く。

「みゅ?」

 

俺は真顔で言った。

「もうちょっと手加減してくれ」

 

ミュウは、笑った。

「みゅっ♪」

 

――絶対わかってない。

いや、わかっててやってる。

どっちにしても終わってる。

 

俺はスマホを見た。

通知が止まらない。

 

そして俺は、遠い目で呟いた。

「……俺、ほんとに日本に帰りたい」

 

次回

「…あ…やべ色々出てきたな」

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