ミュウツーが消えて、ようやく世界が落ち着きを取り戻した。
波の音が戻る。
潮の匂いが戻る。
空が青い。
普通のアローラの海。
……普通ってなんだっけ?
俺は砂浜に座り込んだまま、深く息を吐いた。
「……生きてる」
頭の上ではミュウが満足そうに揺れている。
「みゅ~♪」
「お前、ほんと自由すぎるだろ」
俺がそう呟くと、ミュウは「褒められた」とでも思ったのか、さらに嬉しそうにくるくる回った。
……いや褒めてない。
俺は立ち上がり、砂を払う。
そして鞄を開けた。
ボールを戻す。
ミュウツーは……戻った。
いや、戻ったというより戻せた。
というか、戻ったことにしておかないと俺の精神が崩壊する。
俺はウルトラボールを眺めてため息をついた。
「……捕獲判定、意味ないじゃん」
ミュウは肩に乗り直し、俺の耳元で鳴く。
「みゅっ」
「お前、絶対反省してないだろ」
「みゅ~♪」
「してないな」
俺は諦めた。
もういい。
考えるだけ無駄だ。
俺は鞄の中を整理しようと、ボールケースを開けた。
すると――。
カチッ。
何かのボールが、勝手に揺れた。
「……ん?」
俺は眉をひそめる。
いや、揺れたのは一つじゃない。
カチカチカチ、と連続で音がした。
まるで中から「出してくれ」と言わんばかりに。
俺は青ざめた。
「……待て」
嫌な予感しかしない。
ミュウが俺の肩の上で、妙にワクワクした顔をしている。
俺はその顔を見て確信した。
――こいつ、また何かやったな?
「おいミュウ……」
「みゅっ♪」
「その顔やめろ」
だが遅かった。
ボールケースの中のモンスターボールが、次々と震え始める。
そして。
――ポンッ!
一つ目が開いた。
光の中から現れたのは、小さくて丸くて、耳が大きい。
Vの字の耳。
勝利の象徴。
ビクティニだった。
「……え?」
ビクティニは空中にふわりと浮き、俺を見て笑った。
「びぃー!」
次の瞬間。
――ポンッ!
またボールが開く。
今度は白くて小さなポケモン。
緑の草のような毛。
花の香りが漂った。
シェイミ(ランドフォルム)だ。
「しぇあ~♪」
俺の脳内に警報が鳴る。
「いやいやいやいや」
まだ終わらない。
――ポンッ!
――ポンッ!
光が連続で弾けた。
ピンクの結晶のような宝石をまとったポケモン。
ディアンシー。
そして小さな青い妖精みたいなやつ。
マナフィ。
さらに草の冠をつけた白い幻。
シェイミ(スカイフォルム)に変化してる。
……いや、何で変化してんだよ。
俺は口を開けたまま固まった。
目の前に並ぶ、幻と幻と幻。
そして。
肩の上ではミュウが誇らしげに鳴いた。
「みゅー♪」
まるで「呼んどいたよ」みたいな顔で。
俺は震える声で呟いた。
「……あ……やべ……色々出てきたな」
ビクティニが俺の頭の上に飛び乗る。
「びぃ!」
「重い!重い重い!」
シェイミが俺の足元でころころ転がり、楽しそうに鳴く。
「しぇあっ♪」
ディアンシーは優雅に浮かび、俺に微笑んだ。
「……」
マナフィは俺の服を引っ張りながら、嬉しそうに鳴く。
「まなっ!」
俺は、完全に理解した。
――俺の周り、伝説の保育園になってる。
俺は頭を抱えた。
「待て待て待て待て待て待て!!!」
だがポケモンたちはお構いなし。
ビクティニは勝利のオーラを撒き散らし、
シェイミは花の匂いを振りまき、
ディアンシーはキラキラ輝き、
マナフィは水をちょっと出して砂浜を濡らし、
ミュウは空中でくるくる回っている。
……お前ら、自由すぎる。
俺は、空を見上げて叫んだ。
「アルセウスゥゥゥゥ!!!」
返事はない。
当然だ。
あいつは今頃、どこかで爆笑しているに違いない。
俺は震える手でスマホを取り出した。
SNSを見ないようにしていたのに、もう無理だ。
見ないといけない。
覚悟して画面を開く。
【速報:アローラの海に幻ポケモン大集合】
【#八雲零の周りだけ世界線違う】
【#ビクティニ出現】
【#シェイミ可愛い】
【#ディアンシー尊い】
【#マナフィもいる】
【#ミュウが元凶】
【#しまキング失業】
俺は、スマホを砂浜に落とした。
「……しまキング失業ってなんだよ」
その時、俺の足元に落ちていた一枚の紙が目に入った。
名刺。
いつの間にか、鞄のポケットから滑り落ちたらしい。
俺はそれを拾い上げた。
そこにはこう書かれていた。
【ポケモンリーグ代表取締役】
「……」
俺は真顔になった。
そして、目の前で戯れる幻たちを見て、悟る。
――これ、もう隠せない。
いや、隠す必要すらない。
俺はため息をつきながら、名刺を握りしめた。
ミュウが俺の前に降りてきて、鳴いた。
「みゅっ♪」
ビクティニが俺の頭の上で腕を広げる。
「びぃー!」
まるで「勝った!」と言っているようだった。
俺は、ゆっくりと笑った。
「……勝ってねぇよ」
だが。
この状況を見て、俺は確信した。
――アローラ地方。
ここから先は、旅じゃない。
災害だ。
俺は青い空を見上げ、遠い目で呟いた。
「……俺、絶対また炎上するわ」
ミュウが笑った。
「みゅ~♪」
……こいつがいる限り、絶対そうなる。
次回
「…まぁこういうものです。」