砂浜は、もう砂浜じゃなかった。
そこは「幻ポケモンの集会所」になっていた。
ビクティニは勝利のポーズを決めてるし、シェイミは花を咲かせてるし、マナフィは波打ち際で遊んでるし、ディアンシーは宝石みたいな輝きを撒き散らしてる。
ミュウはと言うと――。
俺の頭の上で寝転がっていた。
……自由にも程がある。
俺は額に手を当て、深くため息をつく。
「……で、どうすんだこれ」
周囲には観光客がいた。
いや、いたはずだった。
だが今はもう、遠巻きに固まっている。
誰も近づけない。
近づいたら最後、人生が変わる。
そんな圧がある。
何人かはスマホで撮影している。
動画も回している。
絶対SNSに上げるだろう。
いやもう上がってる。
俺は現実逃避のようにスマホを開いた。
【#アローラで幻の祭り】
【#八雲零の正体】
【#チャンピオンよりヤバい】
【#ミュウが可愛い】
【#ミュウツー怒ってた】
【#しまキングどこ】
「……しまキング、ほんとにどこ行ったんだよ」
その時だった。
背後から、足音が聞こえた。
複数。
しかも結構急いでいる。
俺が振り返ると、そこには――
明らかに「関係者」っぽい人たちがいた。
スーツ。
無線機。
サングラス。
……いやアローラでサングラスは普通か。
でも雰囲気が違う。
完全に警備。
その中心にいる男が、俺の方を見て口を開いた。
「……八雲零さん、ですね?」
その瞬間、俺の背筋が凍った。
終わった。
ついに捕まった。
警察か?
しまキングの部下か?
国際警察か?
ウルトラビースト関連か?
俺は一歩下がった。
「え、あの、違います」
言い訳が雑すぎた。
男は無表情で続ける。
「あなたの身元は確認済みです。
“元カントーチャンピオン”、そして……」
俺は顔を引きつらせた。
やめろ。
その単語は言うな。
言ったら終わる。
男は淡々と言った。
「ポケモンリーグ代表取締役」
終わった。
完全に終わった。
観光客たちがざわつく。
「え?」「取締役?」「リーグの?」「チャンピオン?」「誰?」
俺は固まったまま、ゆっくり鞄に手を入れる。
そして――名刺を取り出した。
見せるしかない。
言い訳しても意味がない。
俺は観光客たちに向けて、名刺を差し出した。
「……まぁこういうものです」
名刺には、はっきりと書かれている。
【ポケモンリーグ代表取締役 八雲零】
沈黙。
そして次の瞬間。
ざわああああああ!!!!!
人が一斉にスマホを構えた。
写真を撮る。
動画を撮る。
勝手に拡散する。
俺は顔を覆った。
「……あー……」
ビクティニが俺の頭の上で叫ぶ。
「びぃーー!!」
なんか盛り上げるな!
シェイミが「しぇあ~♪」と鳴いて花を撒き散らす。
ディアンシーはキラキラしてる。
マナフィは波を跳ねさせる。
ミュウは俺の肩の上で「みゅっ♪」と鳴いた。
完全に祝福ムード。
……祝われたくない。
男――スーツの人が、俺に小さく頭を下げた。
「失礼しました。
我々はアローラポケモンリーグの関係者です」
「……あ、どうも」
俺の声が死んでいた。
男は続ける。
「この状況について、上層部が大変困惑しておりまして。
しまキングの方々からも問い合わせが……」
「でしょうね」
俺は即答した。
困惑してない方が怖い。
男は俺の周囲を見渡し、幻ポケモンたちを確認する。
表情が引きつる。
多分、人生で初めて幻ポケモンをこんな至近距離で見たのだろう。
「……その、そちらのポケモンたちは……」
俺は遠い目で答えた。
「俺もわかりません」
男は「ですよね」という顔をした。
その時、観光客の中から一人の女の子が叫んだ。
「ねぇ!!八雲零ってあの八雲零!?
元カントーでレッド倒したって噂の!?」
やめろ。
余計な情報を出すな。
別の男が叫ぶ。
「いやそれより、あいつシンオウでも見たぞ!」
「ホウエンでマグマ団とアクア団を同時に止めたってマジ!?」
「カロスでフラダリ倒したのもこいつじゃね!?」
「女癖悪いってやつ!?」
最後のやつ誰だ。
俺は観光客の方向を見て叫んだ。
「女癖悪くないです!!!!」
全力で否定した。
でも否定したところで、もう遅い。
情報は勝手に走る。
燃料が投下される。
炎上は止まらない。
俺は頭を抱えた。
その時、ミュウがふわりと飛び上がり、空中でくるくる回った。
「みゅー♪」
次の瞬間。
幻ポケモンたちが、一斉に俺の周りに集まった。
ビクティニが肩に乗る。
シェイミが足元にくっつく。
ディアンシーが横に浮く。
マナフィが袖を引っ張る。
ミュウが頭の上に戻る。
――完全に「俺の手持ち」みたいな絵面になった。
観光客が叫ぶ。
「やば!!幻ポケモンのハーレム!!」
「八雲零、何者!?」
「幻ポケモンって懐くの!?」
「俺も八雲零になりたい!!」
俺は叫んだ。
「なりたくないだろ!!!」
だがその声は、騒音に飲まれた。
スーツの男が、静かに俺に言う。
「……八雲さん。
ひとまず、こちらへ来ていただけますか」
俺は、観光客の視線を浴びながら頷いた。
「……はい」
俺は歩き出す。
幻ポケモンたちがついてくる。
まるで俺がリーダーみたいに。
違う。
俺はただの被害者だ。
歩きながら、俺はスマホを開いた。
通知が止まらない。
トレンドは完全に俺の名前で埋まっている。
【#八雲零】
【#幻ポケモンの王】
【#ポケモンリーグ取締役】
【#元カントーチャンピオン】
【#女癖】
最後のタグ消せ。
俺は虚無の表情で呟いた。
「……もうやだ」
ミュウが頭の上で鳴いた。
「みゅっ♪」
ビクティニが勝ち誇ったように鳴く。
「びぃー!」
シェイミが花を咲かせる。
「しぇあっ♪」
ディアンシーが微笑む。
マナフィが楽しそうに跳ねる。
俺は空を見上げて、乾いた笑いを漏らした。
「……俺、何でこんなことになってんだっけ」
答えは簡単だ。
アルセウスの趣味だ。
次回
「なんかチャンピオンやめたら誘われました」